「はーあ!濡れ鼠だわw」
「お前はシャツを絞って来た方が良いのではないか?」
「やだよw今入り口に近寄ったって、吹き込んでくるのにまた濡れるだけじゃんw」
「む・・・それもそうか。」
「・・・・・」
「柳?どうした?」
「いや、一応人数確認と怪我人の確認をしていた。」
「そうか。全員無事か?」
「ああ。幸村と黒崎だけ少々遅れていたが、まあ問題はなさそうだ。怪我もしていないようだしな。」
その千百合は今バスタオルを鞄の奥から出していた。
既にプール上がりで体を拭いたせいで濡れているが、これでも手持ちでは一番乾いてるタオルだ。
「千百合、こっちを使った方が良いよ。俺のだけど、今日は未使用だし。全然濡れてないから。」
「え、いや良いよ。精市の分が無くなるじゃん。」
「大丈夫、2、3本持ってるからね。」
「なんで?」
そんなに要らんだろと思いつつ受け取ると、幸村はちょっと眉を下げて苦笑した。
「本当は、駅で解散したら弦一郎をテニスに誘おうかと思ってたんだ。だから、それ用にね。」
「え”」
「もう遅いから、お金を払うような場所は行けないけど。ストリートテニスコートなら空いてるから、と思って。」
「・・・もうプールで運動したのに?」
「ちょっとクタクタくらいの方がフォームの癖が分かったりするから。」
信じられない。
やっぱりこいつ等どっかおかしいんじゃないだろうか。少なくとも千百合はひっくり返ったってここまで出来そうにない。
「まあ・・・とは言ってももうこの雨だから、今日は。」
「ああそうか、諦めるしかないわけね。」
「うん。だから遠慮なく使ってくれて良いよ。」
人数分は流石にないから、と小さく言いながら幸村はタオルを広げてくれる。
ハンドタオルと言いつつ、割と大きめなそれを頭からばさっと被せられると、全身湿ってる中で久しぶりの乾いた感触にほっと安堵の溜息が漏れた。
ああ気持ちいい。安心する。
(ふう・・・・)
「・・・・・・」
千百合。
聞こえるか聞こえないかくらいの声で呼ばれた気がして、千百合はタオルを被ったまま目の前の幸村を見上げた。
「何。何か言った。」
それにはいともいいえとも答える前に。
幸村の両手に肩を掴まれて、
引き寄せられて、
その端正な顔が近づいて、
唇がーーーー
「・・・・ごめん。」
一瞬見えなかったくらい近かった幸村の顔はもう離れていた。
千百合はわけがわからなかった。
いや、わかった。
だから分からない。
「幸村!」
恋人の名を呼ぶ兄の声が割って入ってきた。
「なんだい?」
「お前これからどうすんの?俺達、親父がこの駅の近くに来てるからここでバイバイなんだが。」
「ああ、最寄り駅に迎えに来てくれるって連絡があったから。」
「そっか、じゃあ紀伊梨と紫希は一緒だな。お守りよろしくw」
「はは、まあ良いけど。春日と五十嵐は?迎えは来るのかい?」
「一応来るらしいw時間差はありそうだけどw」
「そう。まあこの雨だと車も混むだろうしね。」
目の前の会話が聞こえていても、頭に入ってこない。
全然意識をそっちに集中できない。
ただぼうっと見ているだけ。
「おい、もうすぐ来るけど帰れる?」
帰る。
もうすぐ。
ああそう。
「は?」
ああそう、の部分だけ口から零した千百合に、棗はわけわからないという顔をした。
そりゃそうだろう。帰る準備できてるか?と聞いたのに返事はああそうですか、だったんだから。
変なこと言ってるって分かってる。
でも、悪いけど今はどんなに大事な話でも後にしてほしい。
ちゃんと聞けない。
だって、一瞬過ぎてる間にほら、もうさっきの記憶すらも早くも曖昧でーーーー
~~~♪
「はい!あ、もう着いた?はいはい、行くから。おい妹、行くぞ!・・・おーい、どうした!」
「え、」
「行くぞって!ほら、親父来てるから!待たすと駅で騒ぎ出すぞ、早く!」
目の前で棗がさっと自分の荷物と腕を取る。
ここまでされても、千百合はまだ現実に対する他人事感が抜けなかった。
「じゃあ皆、悪いけど一足お先に!また今度!」
友人たちから口々に聞こえる、バイバイ、またな、風邪ひくなよ、の言葉。
それらに対して、緩く手を振るしか出来ないまま、千百合は車へと引っ張っていかれた。