そのままぼうっとした状態で、家に帰ってきて風呂に入れられて。
ふと気づくと、千百合は電気もついてない自室で部屋着のままベッドに腰かけていた。
「・・・・・・」
いつ帰って来たんだっけ。
なんだか記憶が曖昧だ。
正確には覚えているんだけど、どうも映画を見てた時のような感じがする。
自分の記憶として認識出来てないというか。
(・・・取りあえず電気点けよ・・・危ない人だわ、私・・・)
ふらりと立ち上がって、夕暮れの薄暗い部屋の中を壁のスイッチへと進む。
夏のある日。まだ夜じゃない。
でも雨の日の夕暮れ。
明るいわけでもない。
そんな中で、千百合の指がパチッと電灯を点けた。
「・・・・・!」
パチン!
と音を立ててすぐ消した。
なんだろうか。
今、部屋が一気に明るくなった瞬間、部屋と一緒に自分のぐちゃぐちゃな心にまで急にライトを当てられたような気がして。
瞬間的に感じたあまりの居心地の悪さにすぐ消してしまったが、もう一度点ける気になれなかった。
「・・・・・」
ゆっくりとベッドに戻る。
結局薄暗いままだけど、丁度良い。
あんなに明るかったら、簡単に見つかってしまう。
何が誰にと言われると大分難しい問題だけど。
自分の気持か。
考えを巡らせてしまう事か。
今日の記憶か。
家族にか。
友人にか。
自分にか。
幸村精市にか。
「・・・・・・」
ベッドに横になる。
そしてのろのろとスマホを引き寄せる。
誰からもLINE無し。
電話も無し。
幸村からも。
いやまあ。
自分もしていないのだが。
連絡と言って何を連絡すれば良いのかよくわからないし。
よくわからないし。
「・・・・・・」
スマホから手を離して、でも目は離さないでうつ伏せになる。
(・・・なんだったんだろう、結局・・・)
あの時。
間違いなく幸村は、自分にキスをしようとしていた、と思う。
でも、しなかった。
傍目から見たらどう考えてもキスしてるようにしか見えないくらいの距離まで来たのに、幸村は寸前の所で止まって、それ以上進まなかった。
それだけじゃない。
『・・・ごめん。』
そう。
謝られたのだ。
結局何もしなかったのに何故謝罪が出たのか。
そもそもどうして謝ったのか?それすらも千百合はよくわからない。
”よくわからない”
結局、この一言に尽きる気がした。
あの時、何を考えていたんだろうか。
どうしてそうしようと思ったんだろうか。
自分はどうすれば良かったんだろうか。
どういう反応を求められていたんだろうか。
これから、どうすれば良い?
そうやって答えを探るには、あの時の事はあまりにも一瞬過ぎて全然考えを纏められない。
でも、無視しようとしたってそれも出来ない。
結果的にはキスに至らなかったんだから、何もなかったという事で良いじゃないか。
というには、幸村のあの謝罪と、あの時の苦しそうな顔が心に焼き付いている。
『・・・ごめん。』
考えるまいとしてもリフレインする幸村のあの姿。
あの時。
ああ自分はキスをされるんだな、と心のどこかでそれがわかって、混乱の中に甘い思いを感じた。
でも結局、唇を重ねられる事はなかった。
出来る状況だったけど、幸村がそれを止めたのだ。幸村の意思で。
あの時に跳ね上がった鼓動と、苦しそうなごめんという声音が両方一度に千百合の心に渦を巻いて、混乱を大きくしていく。
どうして。
どうして。
誰かに聞きたい。
でも誰にも聞けない。
こんな時いつも助けてくれるのは幸村なのに。
「・・・・・・」
取りあえず、今は夏休みだから学校がない。
だから、身の振り方を考える時間はある。
少なくとも頭がぐちゃぐちゃしてる真っ最中に、強制的に顔を合わせなくちゃいけないという状況にはならない。
「・・・・・ん、」
ぎゅうっと目を瞑って、千百合は思考の海に深く沈んでいった。