「イ~ギ~リ~ス~!」
昼食を食べながら金町は歯ぎしりした。
「しつこいわねえ、無理なもんは無理なんだから諦めなさいよ。」
「諦められるか!イギリスだよ、イギリス!くう~、この多忙な中で海外行くチャンスだったのに・・・!」
「まあ残念な気持ちはわかるわ。」
「そうだよねっ、皆行きたくなかったかって言われたら行きたかったと思うしっ。」
さりとて仕方がないことだって皆わかっている。
天候だけはもう人間の力ではいかんともし難いのだ。
「まあ代替案が今回はあるんだから良しとしましょ?ね?」
「いつも通ってる学校が!イギリスの代わりになんかならないよ!」
「ロケーションに拘ってるだけでしょ?もー嫌ねえ、これだからミーハーは。」
「真理恵は残念じゃないのっ?」
「残念じゃないわけじゃないけど~。ほら、日本から出るってちょっと気持ち的になんていうかほら。嫌じゃない、その・・・彼と離れるみたいでさ。」
「うわ、怖。」
「は?」
「いや、何「彼」て・・・自分のものみたいにさ、片思いの分際で・・・引くわ。」
「あんたに引かれたくないわよミーハー女!」
「ストーカーよりマシですー!」
「誰がストーカーですって!?」
(入れ込んでるなあ真理恵・・・)
いやまあ、事の経緯を見ていた可憐としては分からんでもないのだが。
あんな風に助けてもらったらそりゃあクラッとくるだろう。
ただ、いつかはなんというかひと時の夢扱いになるかなと思っていたが、意外や意外、今でも真理恵は黒羽への恋心を抱き続けている。いや寧ろ、拗らせているような気さえする。
「というか、真理。私聞いてみたかったんだけど。」
「何?」
「その黒羽君ってフリーなの?」
「へ?」
「彼女が居ないか確かめたの?」
「・・・・・・」
「・・・え、まさか。」
「い、いや!だってそんなの、初対面でしかもあんな状態で聞けるわけ・・・」
「馬鹿!」
流石に金町のこの「馬鹿」発言は新城も言い返せないのだろう。実に悔しそうにぐっと押し黙った。
「可憐ちゃんも知らないの?」
「うんっ、それどころじゃなかったしっ!」
「まあそうよねえ、そんな場合じゃないわよ、ね。チームメイトが熱中症で救急車に乗ってるって時に。」
「え、もうそんなの絶対彼女居る感じじゃん!馬鹿お前!本当馬鹿な!」
「馬鹿馬鹿言うな!」
「言うよ!そんなのさあ、こないだから真理恵がいかにその黒羽君とやらがかっこいいか語って来てたけどさあ、それって裏を返せばそれだけ彼女居る率高いって事じゃん!そんなかっこいい人周りの女子が放っておくわけないじゃん!はーあ、詰んだなこれは。」
やれやれと芝居がかった様子で頭に手をやる金町。
何か言い返そうと、新城はぐ、ぐ、と口を開け閉めする。
「・・・で!でも、わかんないじゃん!」
「だから、」
「かっこいいからって彼女持ちとは限らないでしょ!ほら、うちの部員だってもてる人沢山居るけど、実際彼女居る人はあんまり居ないじゃん!」
「あっ!確かに、そう言われればそうだねっ。」
「まあ、ね。実際、忙しいから。」
そう。
モテる云々置いておいて、皆多忙なのである。
特に昨今、中学テニス界は優れた選手が数多く出ていて注目を集めており、それに伴って中学テニス界全体の実力が底上げされて行っている。
うかうかしていたらあっという間に置いて行かれるこの抜きつ抜かれつの競争の中で、軽い気持ちで彼女なんて作っても何をする暇もないのだ。
「六角中の事はよく知らないけど、きっと忙しいよねっ。」
「そうね、そうだと思うわ。惜しくも関東では敗退したけれど、実力は本物だもの。練習も忙しいはずよ。ましてマネージャーも向こうには居ないんだし、ね。」
「ほら!茉奈花もこう言ってるし!」
「えー。」
「あ、でもね真理。こう言っておいてなんだけど、だからってうかうかしていて良いっていう話じゃないのよ?今フリーだからってこれから先ずっとフリーって決まってるわけでもないんだし、周りだって本人だって、真理の告白を待ってくれる義理も何もないんだし、ね。」
「う・・・」
(耳が痛いなあっ・・・!)
今フリーだからってこの先ずっとそうだと確約されてるわけじゃない。
周りが自分の片思いを慮って待ってくれるなんて、そんな義理は誰にもない。
それは確かに正論であって、且つ誰にも当てはまることである。
勿論忍足にもだ。
ああ気が重い。
「・・・あっ!そうだ、皆っ!ちょっと聞いてほしいんだけどっ!」
「「「?」」」
「あのう、関東大会の時に言ってた話覚えてるっ?テニスの話じゃなくてあの、立海の友達にお菓子を監督してもらうっていう・・・」
「OKが出たの!?」
「茉奈花・・・」
「う、うんっ!紫希ちゃんは良いですよ、って・・・」
「「やったー!」」
ハイタッチする網代と新城。
いや、可憐も勿論嬉しいけれど、そんなに喜ばしいだろうか。
「真理恵は兎も角として・・・茉奈花ちゃん、そんなにお菓子好きだっけっ?」
「よくぞ聞いてくれたわ可憐ちゃん。今まで言ったことがなかったけれど、私・・・」
「「「?」」」
「・・・実は、お菓子作りが死ぬほど下手くそなのよ。」
「「「えっ!」」」
初めて聞いた。
いや、それ以上にその事実そのものが意外であった。
大体のことはなんでもスッとこなす網代だから、お菓子作りもその例に漏れないと思い込んでいたのだが。
「あれ?でもさ、茉奈花家庭科じゃ・・・」
「ご飯はOKなの!お菓子がダメ!ダメなのよ私、あの細かい計測!理科の実験みたいで!材料を量るでしょ?焼いたり冷やしたりの時間を計るでしょ?そのくせメレンゲは角が立つまでとかあやふやな事も同時に言ってくるし、もーーー!だめ!」
「へー!そうなんだ知らなかったな。」
「ねっ!私もてっきり出来る方だと・・・」
「可憐はどう?」
「私っ?私はそのう・・・それ以前にっていうか、砂糖と塩を間違えるのを辞めなくちゃ・・・」
「ああ、まあ・・・」
「料理のドジとしてはありがちだよね・・・」
「そういうあかりだって、よく焼きすぎて焦がすじゃない。スポンジケーキとかは大して膨らまないしさ。」
「火通さなさ過ぎの生焼け、生煮え人間に言われたくない。膨らまないどころか、固まらなさ過ぎてムースをソースに変える名人のくせに。」
「「なんですってー!」」
「ま、まあまあっ!今回は助っ人が居るんだしっ!」
「そうよ!そういう初歩的な失敗をしない為に、監督が居てくれるのよ!目標!食べられる甘いものを作ること!頑張るわよー!」
「「「おおー!」」」
えらく低い目標を高らかに叫ぶ4人を、周りの部員たちは昼食を食べつつ「?」な顔で見ていた。