可憐は今、職員室への道を榊と歩いている。
書類を渡したところ、榊側からも跡部に渡しておいてほしい書類があるということで、職員室にあるから一緒に来てくれと言われたのだ。
「・・・・・・・あのっ。」
「なんだね?」
「先生、ずっと音楽室に居たんですかっ?」
「ああ。会話も聞いていた。」
(そうなんだ・・・)
「万一手が出るような喧嘩に発展したら割って入ろうと思っていたが、そうでないなら教師は極力ああいった事には口を出さない方が良いのでな。」
「・・・そうっ?何ですかっ?」
・・・そうか?そうかな。
寧ろ逆に、ああいった場合は教師が出て行った方が場が丸く納まるのではーーー
「私が出て行った方が場が丸く納まっただろうに。そう考えているかね?」
「!」
ずばりを言い当てられて、可憐はちょっと肩を揺らした。
「・・・はいっ。」
「そうだな、確かにその通りだ。」
「じゃあ、」
「桐生君、場が「丸く納まる」という事はどういう事かわかるかね?」
「・・・えっ?」
「私が説得する事は簡単だ。しかし、彼らは説得はされても納得はしない。教師が言えるのは正論だけだ。そして、正論では人は黙ることはしても納得はしないものなのだ。勿論時にはそちらが必要な事もあるが。それは君も、先の関東大会でわかった筈だ。」
「あ・・・・・」
可憐の脳裏に蘇る、関東大会での事。負けた選手に容赦のないレギュラー落ちの宣告をする榊の姿。
榊はちゃんと分かっていたのだ。
部員が納得していないことも。それも含めての氷の掟であることも。
「人が何かに納得するのに必要なのは、正論ではない。それと向き合う時間であったり、ああやって意見の対立する者とやり取りしあう事だ。そして、納得がいかないまま物分かりがいいふりをしていても、本当の解決にはなっていない。」
「・・・・・」
「勿論桐生君の立場としては、テニス部が責められているのを黙って見ているのは居心地が悪いという気持ちもあるだろう。監督である私が表立って味方しなかった、という気持ちも。」
「・・・・はい。」
「しかし残念だが、これは私が味方してもどうにもならない。人は存在している限り誰かしらから嫌われるものだ。ぶつかりあいになるし、罵りあいになるし、分かり合えない。そういう生き物だ。」
「そんなーーー」
「しかし同時に、存在している限り誰かしらから愛される存在でもある。」
「えっ?」
「笑い合えるし、手を取り合えるし、仲間になる事が出来る。そういう生き物でもある。結局は自分の行動次第だ。そして、それは自分自身にしか出来ないことだ。教師が長々ああしろこうしろと説教したところで、左程意味はない。」
職員室に着いた。
中にはほぼ誰も居らず、かなり遠いところに一人座っているのが見えるきり。
「さっきの彼も彼女も、聞いていた君もお互いにまだ言いたいことはあるだろう。お互いに正しい部分もあるとわかっているし、自分が間違っている部分もある。それを分かっていれば、それだけで良い。教師の出る幕などなくても、どこかで自分なりにまた行動を決めるだろう。その一連の流れこそが生きる上で重要なのだ。遠回りでも無駄でも良い。自分で考えて決めてこそ、失敗も成功も身についていく。そういうものだ。」
榊はファイルを可憐に手渡した。
「跡部と皆に、よろしく言っておいてくれ。行って良し。」
「・・・はい。」