Training camp – in Hyoutei gakuen -:Audience 1 - 4/4


昼が明けたとて別に事態は変わらない。
というか、寧ろなんだか人数増えて悪化している気がする。
お昼から行こうと思っていた者が合流したのだ。

因みに午前だけで引き上げる者はほぼ居ない。
というかそういう者もそれなりに居たのだが、実際に来て跡部を目の当たりにした事で、午後の予定とかどうでも良くなったのだった。恐ろしきかな跡部のカリスマ性。まあ、今それが裏目に出まくってるけども。

「はああ・・・・・」

空っぽの給水タンクを1個づつ両手に持って、人だかりを振り返る可憐。
これから水をこれに汲んで、その後またあそこを通って戻るのだ。
重いのはもう慣れたけど、行き来にこんな苦労するのは慣れてない。げんなりする。

「「あのー・・・」」

「へ?」

疲労感で俯いていた顔を上げると、知らない女子生徒2人組が可憐を見ていた。
どこの誰なのか、何年生なのか。というか、そもそも氷帝生なのかどうかもわからない。
氷帝は基準服はあっても制服は無いため、服装で判断が出来ないのだ。

「テニス部のマネージャーさんですよね?」
「は、はいっ!何でしょうかっ!」
「いえその、大変そうだなーって。今日暑いし、それも重そうだし。」
「あ、いいえっ!今はまだそんなに重くは、あ、でもこれから重くなるんですけどっ。・・・って!じゃなくてっ!ええと、何かご用事ですかっ!」

こっちも暇じゃないので、早く本題を言って欲しい。
何でしょうかってちゃんと最初に聞いたのに、暑いねとか重そうだねとか、世間話みたいな返しされても困るのだ。

「「・・・・・・」」
「・・・あのっ?」
「・・・大変そうだな、って思って。」
「ですからあの、私達手伝いますっ!」
「・・・・え、ええええっ!?」

嘘だろ。
そんな方向に話が行くのか。

いや、というか待て。
それはいけない。

「ま、待って待ってっ!そもそも人の手を借りるほど今困ってないからっ!」
「でも暑いし、これから水を汲むんでしょ?」
「そうだとしても、私はこれが本分なんだから、そんな簡単に他の人の手を借りるのはーーー」
「私達から言い出してるんだし、大丈夫ですよ!」
「そうそう!誰かに何か言われたら、ちゃんとマネジさんは悪くないって言いますんで!」
「そういう問題じゃなくてっ!っていうか、私そっちがどこの誰なのかも、」
「あ、私達隣町の・・・」
「井川中学の2年生でーす!」
「思いっきり部外者ですよねっ!?」

何とびっくり、氷帝生ですらない。
逆に氷帝生じゃないのによくここまでぐいぐいこれたものだと思う。

大体、タンクを運ぶのを手伝うと言っても、実際手伝わせたら部外者をテニス部に入れることになる。
以前GWにビードロズを入れたことがあったが、ダンボール2箱分のスポドリの粉+芥川という大量の荷物(敢えて荷物と言おう)を抱えていたあの時と違って、今、特に可憐は困ってるわけでも何でもない。

そんな何でもない時にいちいち部外者の手を借りていては、無駄にというか徒に他所の人間を関わらせてしまう結果にーーーーー

(・・・・もしかして、それが目的なのっ!?)

この人達。
氷帝生でないながらにどうにかテニス部に入ろうとしているんじゃないだろうか。手伝いの申し出は、親切心ではなく打算あっての事なのでは。

跡部に近づくために。

「・・・い、」
「「い?」」
「良いですっ!」
「え?」
「でも、」
「良いんですっ!大丈夫です、一人で行けますからお構いなくっ!」

もう振り切ろう。振り切ってしまおう。
走って行ってしまえば、流石に追ってまでは来ないはずだ。

なんて当初の目的を忘れて、振り切らないとという事で頭がパンパンの状態で走りだしたりするから。

「わ、と、と、きゃうっ!」
「あ!」
「大丈夫!」

ああもうバカバカ、こんな時に持ち前のドジなんて発揮して。
こんな状況で転んだりしたら、手伝いの口実をみすみす与えたも一緒なのに。
ほら、近づいて来られてしまった。

「立てる?」
「足とか捻ってない?」
「だ、大丈夫ですからっ!本当に大丈夫ですからっ!」
「無理は良くないよー?」
「そうそう、任せてくれて全然OK!」
「だからーーー」

そっちがOKでもこっちは何もOKじゃない。
早く逃れないとなんて、まるで目の前の女子がゾンビか何かのような事を考えながら立とうとすると、目の前で手放してしまったタンクに近づいて行かれるのが見える。

ああやめて、持っていかないで頼むからーーーー

「ほらこれーーー」

「おおきにな、有難う。」

落ち着いた声と共に、自然かつ素早い動作でタンクが拾われる。

「お、忍足君っ・・・!」
「可憐ちゃん、大丈夫?」

首がもげるくらい頷きながら、差し出された手を思い切り取る。
普段なら悪いなあ、もう私ドジなんだから、とか思う場面だが、今だけは地獄で仏すぎてそんな事を思う余裕もない。

「怪我してへん?」
「うんっ!うんっ!平気っ!」
「ほんなら行こか。俺も手伝うさかい。」
「あの、手伝いなら私たちが!」
「ここは任せてくれて大丈夫ですから。」
「それこそ大丈夫です。2人も居ったら。」
「でも部員の方ですよね?練習に戻られた方が良いんじゃないですか?」

ああ言えばこう言う。
まさか忍足に限って押し切られるとは思わないが、ちょっと不安に思いつつ忍足を見上げると、忍足は小さく小さくんん、と口の中で呟いた。

「申し出は有り難いんですけど、うちのテニス部忙しいんです。」
「それなら尚更ーーーー」
「休みの日とかも殆どあらへんし。」
「はい、だから、」

「せやから、こういう隙にデートしとかへんとあかんので。」

え、と可憐は2発目のドジとしてうっかり声に出してしまった。
ただまあ、運良く何も起きなかった。何せ、相手の女子生徒もぽかーんとしてしまって可憐の呟きを拾えなかったので。

「ほんなら行こか。」
「・・・え?ああ、え?う、うん・・・・?」

わけが分からない内に手を取られて引かれて、さっきまでの勢いが完全に消えている女子2人の前を可憐は悠々と通る事が出来た。

棒立ちの女子コンビは追ってくる素振りも見せず、ぼーっと眼だけで忍足と可憐を見送る。
そんな2人の表情がそろそろ伺えなくなってきたくらいの距離を歩いた辺りで、可憐はやっと我に返った。

「お、忍足君っ!」
「ん?」
「あの、デートって、」
「堪忍な。ただ、ああ言うておいたら流石について来おへんやろと思うて。」

それは確かにそうかもしれない・・・というか実際にそうなっているわけだが。
思惑ありきの事とはいえ、男子からデートだのなんだのと言われるのは気恥ずかしくて駄目だ。おまけに手まで繋いでる。

「!そ、そうだ、忍足君、手っ!」
「これは悪いねんけどもうちょっと我慢したって。」
「どうしてっ!?」
「声はもう聞こえへんけど、この距離やったらまだこっちの視認は出来ると思うねん。大丈夫やとは思うねんけど、一応念のために。」

結構食い下がってくるタイプに見えたし、という忍足の感想には同意見ではあるけど。

でも、こんなにずっと男子と手を繋ぐのは恥ずかしい。
意識がそっちにばっかり向かってしまってしょうがない。
ああ、ただでさえ暑いのに。

また、忍足自身は涼しい顔をしているのが余計に恥ずかしい。
自分ばっかり妙なことを考えてるみたいだ。これはあの女子達を撒くための作戦なのに。

(そ、そうだよっ!作戦なんだから、目的があってしょうがなくやってることなんだからっ!)

だから意識する方が変なんだ、と、可憐は努めて他の事を考える事にした。

「ええと・・・ええと・・・あのっ!有難うね、忍足君っ!」
「何が?」
「あの女の子達っ!私、振り切ろうと思ったんだけど転んじゃってっ!もうちょっとでついて来られちゃう所だったよっ!」
「ああ、その話。気にせんでええで、可憐ちゃんが悪いわけやあらへんし。それに、可哀想やけど「おおきに有難う」てお世話になってもうたら、えらい事になるしな。」
「・・・あのっ、やっぱりさっきの人達って、お手伝いが目的って言うよりーーー」
「建前やと思うで、それは。本題いうか、主目的はテニス部に入る言い訳やろな。」

やはりそうだったか。

自分だけなら考えすぎの線もあったかなと可憐は思っていたが、忍足も同意見というならこれはもうほぼ確定としてしまって良いだろう。

「あの人ら、氷帝の人やないんとちゃう?」
「あ、うんっ!井川中学?って所の人だってっ。」
「せやろな。氷帝生やったらなんだかんだ跡部に近づく機会は多いやろけど、他校生てなったらフェンスの外から眺めるんが精一杯やろし。」

その上で跡部にもっと接触をと思うなら、どうにかして独自に関わりを作るしかないのだ。
さっきのように。例え多少とかいうレベルを超えて強引だったとしても。

「可憐ちゃんも、よう持ち堪えたな。お疲れさん。」
「あ、ううんっ!私なんて、一人で切り抜けようと思ったのに結局出来なかったしっ!来て貰えて本当に助かったよ・・・」

そう。
本当に助かった。

忍足はいつもそう。
助けて欲しい時に助けてくれる。

(・・・あれっ?)

何だっけ。
助けて欲しい時に助けてくれる、というこのフレーズに何だか覚えがある気がするんだけど。どこで聞いたんだっけ。どういう風に誰から聞いたんだっけ。

(どこだったかなーーーー)

考えていた時だった。
不意に左手が涼しくなって、そちらに目をやると繋いでいた手が離されていた。

「流石にもう見えへんやろ。」
「え?あ、ああ、うん・・・」

後ろを振り返ると、話しながら歩く内にあの2人はもうすっかり影も形も見えなくなっていた。

体温の離れた可憐の左手。
涼しいを通り越して冷たくなるのは、すぐの事だった。






そして、そんな2人を遠目で見る者が居た。
体育館の2階に居た、雨見である。

別に雨見は殊更マークしようとしていたわけではない。
ただいつもの癖で、2階に上りついでに片思いの男の子が居るテニス部の方を見たら、偶々事のあらましを見てしまったのだ。

流石に声までは聞こえないが、昼に聞いた事と照らし合わせて一連の流れを見ると、何があったのかは大体何となくわかる。

「・・・・・・・・」

雨見は暫く無言だったが、やがて踵を返した。
もうすぐ休憩だ。