Training camp – in Hyoutei gakuen -:Audience 2 - 2/5


「ちょっと良いかしら?」
「・・・網代さん。」
「あら、私の事知ってるの、ね?」
「勿論よ。私は誰よりも貴方に言いたい事があるの。」
「あら?そうなの?じゃあ良いわ、お先にどうぞ?」

「怠慢もいい加減にしたらどうなの。」

今までよりもずっと冷えた声音で雨見が言った。

しかし網代は目を丸くするばかりで、別に堪えた様子はない。

「怠慢?私が?」
「しらばっくれないで。見てわからないの、この状況を。誰より部員を守らなければいけないマネージャーの、その代表なのに何もしないなんて、貴方何を考えてるの。」
「そう、ね。それを言いに来たのよ。」
「何ですって?」

「雨見さん、意味の無い事はしないで頂戴。」

網代は真剣な顔でそう言った。

「・・・何ですって?」
「聞こえなかった?貴方のやってる事は無駄な事なのよ。逆効果とまでは言わないけれど、意味がないの。」
「何をーーーー」
「雨見さん、貴方の言うことは正しいのよ?でもね、正しいこととすべき事とは別の話なの。」
「・・・・どういう事?」
「はっきり言うけれど、こんな事にいちいちこっちはかかずらっていられないの。ギャラリーはこっちの邪魔になるものだし、増えていくものなのよ。うちの部の方針として、目立つのを厭わないで派手に活動しているんだもの。ファンに紛れ込んだ敵がこの場に見当たらないだけ御の字よ。」

跡部は、注目を浴びるという事に対して無頓着なのだ。
誰かを魅せる事も、喧嘩を売る事も日常茶飯事。ファンに取り囲まれることも、敵に煽られることも日常茶飯事。
そんなノリでずっと生きているし、その空気を部にも蔓延させているから、氷帝テニス部というグループそのものが今や各種大会で注目をいかんなく浴びるようになってきている。

ある意味では懐が深いというか、ファンでもアンチでも来るものは拒まない跡部の方針上、いつかこんな風になるだろうとは網代は予測がついていた。(網代以外にも何人かは想定の範囲内だ。)

「この場は今の貴方のおかげで収まるかもしれないわね。でもじゃあ次はどうするつもり?」
「次って・・・」
「明日は?明後日は?部活は毎日あるし、大会だってこれからもあるわ。その度にきっとこんな風に囲まれるでしょうけど、貴方はその都度今みたいに一席ぶって大人しくさせるつもりなの?」
「・・・・・・・」
「出来ないでしょう?言い方がキツくて申し訳ないけど、それが無駄なのよ。キリがないの。いたちごっこよ。賭けても良いけれど、貴方が身を挺して取り戻してくれたこの場の静けさは、後1時間もしない内にまた元に戻っているわよ。」

雨見は無言で顔を赤くしている。
羞恥というよりは、おそらく憤りで。

「・・・だからって、何もしないつもりなの。」
「こう見えて、何もしてないわけじゃないのよ、ね。少しづつメニューを組み替えてなるべく行き来の数を減らしたりしているし、マネージャーの数人で交代して入り口を見張っているわ。取り囲まれるのは容認できるけど、流石に不特定多数の部外者に気軽に出入りされたら面倒で仕方がないし。水際ながら最低限食い止める算段はついているのよ、これでも。」
「でも最低限でしか何も出来てないんじゃーーーー」
「そうだけど、それより他にしようがないし、それで良いの。うちはテニス部なの。テニスが本分なのであって、部長様のファンの処理の為に皆此処にいるわけじゃないわ。これ以上この件に人員も注意も割かなくて良いし、割かれたくないのよ。そんな暇はないから。」

雨見は黙った。
ギャラリーも黙った。
それより他にどうしようも無かった。

今網代が語った事は、ギャラリーに対する許容でも叱責でもない。
「勝手にやっといて」という事である。
関わる気がないのだ。そんな時間ないから。

跡部景吾という存在を内包してやっていくなら、この手のトラブルは避けられない。
その事は、跡部自身でさえ己に対してそう思っていた。

というか、こういう事は今に始まった事じゃないのだ。跡部にとっては。




「・・・・・・・・」
「何だ?何か言いたそうじゃねーの。」
「・・・跡部君は、茉奈花ちゃんが今言った事を最初から考えてたのっ?だから、何も大げさに特別な事しなくっても、みたいな・・・」
「ああ。対応は最低限で良いと考えていた。」

やっぱり。
そうだったんだ。

「・・・・・・・」
「元々対策を仰がれたら今の対応を行うように指示しようと思っていたが、今回は言うまでもなく網代がそうしようと思うと言い出してくれたからな。意見が一致していて楽が出来たぜ。」
「・・・そっか。」

可憐はこういう時、どうしようもなく実感する事がある。

網代と、自分の差。

物事を見ているレベルが違う。
自分はあんな風に俯瞰的に物事が見られないし、跡部と提案が一致する事なんて殆どない。

常に目の前のことの解決でいっぱいいっぱいで、ミクロな視点からしか部に貢献できない自分と比べて、網代はやはりリーダーたる資格があると思う。

そしてそんな時、可憐はいつも頼もしいと思うと同時に、自分がちっぽけな存在であるという感覚に襲われるのだ。
なまじ友達で近い存在であるがゆえに余計にそう思うのかもしれないが。

「・・・・・・・・・・・」

『忍足君って元々好きなタイプ聞かれた時に頭の回転早い子が良いとか言ってたし。』

一昨日聞いた声がリフレインする。
何故リフレインするのかも、今の可憐には分からなかった。

というか、考えられなかった。
それをするだけの精神的な余力が、今はなかった。