Training camp – in Hyoutei gakuen -:Audience 2 - 5/5


静かだった。
前述したが、生徒会室は合宿に使われているエリアから離れている。200人に及ぶ部員は全て纏まって離れた所に今居るのであり、此処には可憐と跡部しか居ない。

日中煌々と点けられているライトは今消されていて、跡部のデスクにあるデスクトップライトが今オレンジの光を点けているきりだった。
でも、その薄暗さが今はかえってなんだか落ち着いた。

紅茶の香りいっぱいの中、跡部は湯気の立つ紅茶を可憐に出してくれる。

「ほらよ。」
「有難うっ!」
「落とすなとはお前に向かっては言わねえが、火傷には気をつけろよ。」
「どういう意味ですかっ!」

全く失礼な、という気持ちと。
後、そう言われたらなんだか却って落としてしまいそうな気がする・・・という気持ちを同時に抱えつつ、一口頂くと体に温かさが染みわたった。
今は夏だが、クーラーガンガンに効いているこの部屋はちょっと肌寒いくらいで、とてもホッとした。

「美味しいっ。」
「アーン?当然だろ、誰が淹れてると思ってるんだ?」
「あははっ!そうだねっ。」

当然だろと言いつつ跡部は自慢げで、可憐は思わず笑ってしまった。

落ち着く。

(ラッキーだったなあっ。こんな所に居させて貰えるなんて思わなかったよっ。)

考え事をしたいから居させて欲しい。
そう言った時、跡部は即OKを出してくれた。好きにしろと言ってくれた。

それが本当に有り難い。
こんな落ち着ける空間は、今学校中見渡しても他にないと思われた。

「此処って本当に静かだねっ。昼間が嘘みたいだよっ。」
「夜の学校なんざ静かなのが当たり前だしな。まあただ、休憩してるなら何かかけても良いが。ああだが、お前は考え事をするんだったな。音は邪魔か。」
「あ、ううんっ!それは別に全然良いんだけど・・・」

何かかける。
かけるってつまり、この場合、音楽をかけるという事になるが。

「跡部君って何聞くのっ?」
「そうだな、大体はワーグナーだ。もう十分今までに聞いたが、リラックスするには好きな音楽を聞くに限るからな。」
「ああ、そういう・・・」

跡部の聞くJPOPってなんだろうと思いながら尋ねた可憐だったが、そうだった。そもそも跡部はJPOPよりクラシックの方が馴染み深い方の人種だった。

目の前で跡部がCDをかけ始める。
とても馴染み深いとは言えない音楽が聞こえ始めるが、それが逆に新鮮かつ、この部屋が外界と隔離されている感を強くした。

(外界と隔離・・・)

「跡部君ってさっ。」
「おい、考え事は良いのか?」
「い、良いのっ!それより、跡部君って考え事とかする時どんな風にしてるのっ?」
「アーン?考え事にどんな風も何もねえだろ?」
「でも例えば私だったら、今は偶々合宿中だけど、普段は家に帰ればゆっくり考え事が出来たりするでしょっ?でも跡部君は、家に帰ってもやる事沢山だし・・・」

それこそ、本当にその気になれば、可憐は仮病を使ったり、授業をさぼったりする事だって出来る。実際この間は、自分から進んでそうしたわけではないとはいえ、保健室でぼーっとこれからを思い悩むというプチエスケープも出来た。

でも跡部は違う。
一介の中学生でしかない凡人の可憐(というか、跡部と比べると大概の人間は凡人に該当するが)と引き換え、跡部は実に様々な肩書を持っている。
それはつまり、跡部本人よりも周りの方が跡部を放っておかないという事でもある。学校で、家で、仕事の場で、社交界で。
そんなんじゃあ、一人になりたいゆっくりしたいと思ったところで、出来ないんじゃないかと可憐は思うのだ。

跡部は若干考えながら言った。

「・・・そうだな、確かに時間を作るのは簡単じゃねえが。」
「やっぱりっ?」
「ただ、いくら俺様でもプライベートな時間が0ってわけじゃねえ。こうして適宜自分で判断して休憩を入れているし、無理だと思った用事はキャンセルする事もある。仕事もあるとはいえ、俺様もまだ中学生だからな。いつもそんなにやる事に追われてるわけじゃねえよ。」
「そうなのっ?」
「それに、そういう時間がどれくらいの長さで必要なのかは個人で違うからな。俺様はそもそも、それほど長く一つの事に悩んだり考え込んだりしねえんだ。性格的にな。」
「ああ確かに、跡部君って即決即断型だよねっ。」

基本、跡部は地頭が良い。機転が利いて賢い。そして物怖じしないし度胸がある。
だからそれほど時間をかけなくても、物事の最適解を出す事が出来る。実行力もある。

「良いなあ・・・」
「何がだ?」
「私も跡部君みたくなりたいなあって。なんていうか、テキパキしててしっかりしててっ。」
「向いてねえんだよ、辞めておけ。」
「う”・・・そうなんだけどっ。」

他の人ならそうはならないが、跡部から「お前には無理だ」と言われると、悔しさよりも納得が先に立って逆に腹も立たない。
ええ無理でしょうとも、貴方レベルになるなんて。出来る人間の方が圧倒的に少ないと思う。

「・・・でも。」
「?」
「跡部君レベルっていうのは無理って分かってるけど、それでももうちょっとマシになりたいな・・・」
「考え事とかいうのはそれか?」
「ち、違うけどっ!でも、それはそれとしてっていうか、それもちょくちょく思ってた事ではあって・・・こう、私も人並みに色々出来るようになりたいっていうか、部の役にたちたいっていうか・・・・」

そもそも自分はドジなのだ。あらゆる事にとは流石に言わないけど、色んなことに対して人並みを下回っていると思う。

今日だって網代の俯瞰的な思考を目の前で見て、同じ年で同じマネージャーなのにどうしてこうも違うんだろうかと落ち込んだところだ。
思わず、「自分は役に立っていると思うか」なんて馬鹿な質問を友達にしてしまうくらいには。

なんて表情を沈ませながらいう可憐に対し、跡部は眉一つ動かさず言った。

「くだらねえ。」
「くだらないっ!?」
「別に、誰に憧れようがどんな理想を目指そうが、好きにやれば良いがな。組織っていうのは、色んな人間が居るから上手く回るんだ。部の役に立ちたいとか言うが、今のお前じゃなくなればもっとテニス部に貢献出来ると思ったら大きな間違いだぜ。」
「でも、」
「勿論、お前が今の自分が嫌だと思うのは自由だ。なりたい自分の姿があるのなら、それに向かって自分を高めるのは構わねえ。おおいにやれば良い。ただ、その理由に部活を使うな。迷惑なんだよ。」
「そっ・・・そこまで言わなくても良いでしょっ!?私、今よりもっと色々しっかりしたくって、そうしたらきっと今より皆の役に立てるのに、それが迷惑だなんてーーー」

「良いか、俺は今のお前を買ったからテニス部に入れたんだ。お前の想像の中にしか居ない「今よりテキパキした桐生可憐」じゃなくてな。」

跡部は持ち前のカリスマ性で気づいていた。
可憐の言う羨ましいは、単なる自己向上を若干通り越して、あの人みたいになりたいーーーつまり、別人になりたい願望が僅かであっても入っている事を。

ただ、部の纏め役としても友人としても、それは跡部には却って困るのだ。
それは最早、自分が部に入れると決めた桐生可憐とは違う存在だから。

(跡部君・・・・)

「分かったら、部のためだの皆のためだの、他人を引き合いに出して悩むのを辞めろ。そんな暇があるんなら、冷めてまずくなる前に目の前の茶を飲め。」
「え?あっ!」

受け取ったときは確かに熱いくらい温かかった紅茶は、いつの間にかぬるいと言っていい温度になり始めていた。
慌てて飲むが、折角良い紅茶(確認をとったわけじゃないけど、良い品でない筈がない)なのに勿体ない・・・と思うのは庶民の性なんだろうか。

「もう一度淹れるか。俺様ももう一杯飲みたい気分だしな。」
「えっ!?跡部君いつ飲み終わったのっ!?」
「いつというか、ずっと飲んでたからな。」
「ずっと私と話してたでしょっ!?」

やっぱり自分は、もう少し色々気が付くようにした方が良いんじゃないだろうか。
慣れた手つきで2杯目を淹れ始める跡部の背中を見ながら、可憐はまた紅茶を一口飲んだ。

「それで?」
「えっ?」
「元々の考え事とやらは、結局どこに行ったんだ?」
「・・・・それは、2杯目を飲み終わったら考えようかなっ。」
「今考えないで良いのか?」
「だって、また冷ましちゃうの嫌なんだもんっ!」
「そうかよ。」
「笑わないでっ!」

声こそ出していないが、顔は思い切り笑っている跡部。

冷めにくいように、ちょっと熱めに出してやろうかな。でも紅茶は温度が狂うとその分味が落ちるし、熱すぎても火傷したり取り落としたりしそう。

なんて考えながら跡部が淹れてくれた2杯目を飲み終わる頃には、スピーカーから消灯のお知らせが鳴ってしまうことを可憐はまだ知らない。