思考が働かなかった。
落合が気づいてくれたのも知っている。
忍足が運んでくれたのも知っている。
知っているけれど、それを元に何かを考えることが出来ない。
目の前で起きている事を認識するだけでもう精一杯。意識はあっても脳みそは全然回っていない。
しかもちょくちょく視覚と聴覚が遮断される。
見聞きしていることが、今のことなのかさっきの事の反芻なのかもよくわからない。
そんな状態のまま横抱きにされて保健室に移動して、ベッドに寝かされたり靴を脱がされたり保冷材で体を冷やされたりしている内に、段々ぼんやりしていた頭が元に戻ってきた。
「・・・・あ!お、おい、目が覚めてんじゃんか!なあ忍足、これどうしたら・・・居ねえ!あ、あのー・・・ええと、大丈夫?か?」
「・・・・・・ぅ、ん・・・・」
頭ははっきりしてきても、体はまだぼんやりとしか動かない。
誰だっけこの人は。知らない人ーーーいや。
(・・・青木、って忍足君が呼んでた、ような・・・)
確か、保健室の扉を開けておけと言われてた人じゃなかっただろうか。
あんまりよく覚えていないけど、今ここに居るということは、多分そうしてくれたのだろう。
「おお、返事した!よ、よし、ちょっと元気になってきたくさいな・・・えー、じゃあポカリはどうだ?飲める?ほれ、吸い飲みあるぞ。起きなくて良いんだぞ。」
起きなくて良い。それなら飲めそうだ。
頷くと青木はそろりそろりと吸い飲みを近づけてくれた。
ご丁寧にも中に氷まで入ってるそれを一口飲むと、体の中がすっと冷えていく感じがした。
そして同時に、ここにきて初めて自分が喉が乾いていたことに気付いた。
「おお、結構飲むな・・・おかわり要るか?」
「欲しいです・・・」
「そ、そうか!よし待ってろよ、入れてきてやるからじっとしてるんだぞ!」
わざわざしてろと言われなくても、動ける気なんてしない。
ああでも、今のでちょっとカラカラに張り付いていた喉が潤って、声が出やすくなった。
「・・・あ、の、」
「ほらおかわり・・・なんだ!?どうした!?痛いか!?苦しいか!?」
「あの・・・おし、たり、君は・・・」
「おしたり・・・?ああ、忍足な。彼奴は先生・・・あ、お前らの顧問じゃないぞ!保健室の先生の方な!を、探しに行ってるぞ。」
(そっか・・・)
そういえば先生が見当たらない。
そんな事にも今初めて気づいた。
また迷惑かけてるなあ・・・と思っていると、青木があー、うー、と変な声を出した。
「だ、大丈夫だ!すぐ戻ってくるよ、すぐだすぐ!そんな不安がるなよ、な!」
「へ・・・・?」
どうやら自責の念から沈んだ可憐の表情を、青木は不安からと勘違いしたようだった。
そういうあれじゃないですよと言いたいが、まだ人に何かを説明できる感じではないので、取りあえず可憐は大丈夫アピールの為に頑張って笑って見せた。
するとそれが功を奏したのか、青木はほっとした顔になった。
「まあそりゃそうだよな。折角助けて欲しい人に助けてもらったってのに、気づいたら知らない男子が代わりに居たんじゃ、ぬか喜びだよな。」
・・・・へ?
「・・・・助けて、欲しい・・・人って・・・」
「え?だってお前、忍足に助けて欲しかったんだろ?」
「・・・・どうし、て・・・」
「だって、ちょいちょい言ってたもん。忍足君、助けてって。」
もし可憐の体が今通常通りに動ける状態だったなら、目をまんまるに見開いて、半開きどころか口を全開にしてポカン顔になっていただろう。
(・・・・私、そんな事言ってたっ!?)
記憶にない。いつだ、いつ言った。
いつというか、そもそもここに来るまでの記憶も自分じゃはっきりしない。
ここに運び込まれて、どれだけ経ったのかもわからないし。
「あ、あ、の!」
「ああほら!じっとしてろよ、起き上がるなって!そんな心配しなくても、本当に多分もうすぐ帰ってくるから!」
そうじゃないんだよ。
というか、その気の使い方はやめてほしい。親切のつもりなのだろうが、余計に恥ずかしい。
そう思っているとそれすらも顔に出だして、じわじわ顔が赤くなってきた。
そしてそれを見て、また青木が慌てる。
「お、おい!何か顔色がまた戻ってきちまってるぞ、どうした!?熱いのか!?冷房もっときつくするか!?」
「い、要らない、」
「いや要るだろ・・・ってあ!おい、布団なんか被るな!何考えてるんだよ、お前やっぱりまだ熱さで朦朧としてるんだな!?そうなんだな!?」
その方がまだ幾らか救われたかもしれない。
寧ろ段々冷静さを取り戻してきているからこそ狼狽えているのだ。
もう恥ずかしいわ情けないわ。しかもおそらく青木が聞いているということは、忍足本人も聞いているだろう。
とか思っている時だった。カラリと軽い音がして、保健室の扉が開いたのは。
「あ、忍足!」
やはりというか、顔を覗かせたのは忍足だった。
「あれ?お前一人か?先生は?」
「ああ、先生は今日はもう帰ってもうたみたい・・・!可憐ちゃん、起きたんやな。気分はどないや?くらくらしたりとか、戻しそうやとかあらへん?」
「大、丈夫、です・・・」
「いや大丈夫じゃないだろ、そんな赤い顔して!」
(青木君っ!そういう事は言わないでおいて下さいっ!)
もう頼むから、青木にしろ忍足にしろ放っておいて欲しい。
と思っても、そんな事2人に通じるわけもなく。
「・・・いや、でも今は平熱やな。」
「え?そうなの?」
「カーテン閉めよか。冷房効いてても、夏の直射日光はきついし。」
「あ!そうか、そうだな!閉めておけば良かったな!」
全然違うんです実にすみません。
と思いはしたが、言わない。日光のせいと思ってくれてるなら、その方が良い。
「そうか、日差しが強かったんだな。すまん、気が効かなくて・・・」
「ほんまにな。」
「・・・お前、根に持ってるだろ?最初に保健室開けてって言われた時、俺が渋ってグダったのを根に持ってるな?」
「そら持つわ、あの会話の分要らん時間かかったんやし。」
「だから悪かったって!なんていうか、部外者意識というかだな・・・お鉢が回ってくると思ってなかったっていうか・・・というか!ほんの数分だろ、許してくれよ!そこまでいうほど大した失敗じゃない、」
「熱中症で危険水域に入る所要時間は5分からやで。」
「・・・・・・・」
「数分がなんて?」
「ごめんなさい・・・」
(・・・忍足君、何か怒ってるっ?)
表情とかはいつもと変わらないけど、なんとなく声音が冷たい。ような気がする。
「・・・あ、」
「どないしたん?」
「あの・・・忍足君、時間・・・」
「ん?ああ、もうこないな時間か。」
今日は合宿最終日ということで、切り上げの時間から逆算してラスト3時間は、グループ分けを辞めて全員ゴリゴリの試合形式練習をする。
いわば合宿の総仕上げみたいなものなので、可憐は是非忍足に練習に戻って欲しかった。
「行って。もう大分落ち着いたし、横になってれば大丈夫と思うから・・・」
「・・・ほんまに大丈夫なん?先生も何や用事とかで、結局来られへんみたいやねんけど。」
「あ!ならさならさ、俺が残るよ!」
青木がビッ!と威勢よく手を挙げた。
「ここ最近張り付いてたから知ってるんだぞ!練習は18時までだろ?それまでだったらギリギリ居られるからさ!な?」
「・・・・・・・」
「な、なんだよその顔は・・・」
「どうも任さへん方がええ気がすんねんけど。」
「し、失敬な!心配しなくても、今度何かあったらすぐ連絡入れるし、指示にもすぐ従うって!」
本当だよ、本当!と言い募られれば言い募られるほど、何だか却って胡散臭く見えて、忍足は退室を躊躇う。
しかし、自分も練習行かないとというのは本当だし。
非常に癪だが、他に誰も頼る当てがないというのも事実だし。
「・・・ほんまに、何かあったらすぐ言うてや。」
「言うよ!言う言う!」
「大した事になってから、大した事ないと思うて・・・とか辞めてや。」
「ちょーっとでも変と思ったら連絡するから!」
そんな心配しなくても・・・と思いはすれど、口には出さない。
倒れておいてそんな事言ったって、説得力0な自覚はある。
「・・・ほんなら、俺は戻るわ。」
「うんっ。そうして下さいっ。」
「見張りは任せておけ!」
ビシ!と敬礼する青木にやっぱり一抹の不安を覚えつつ、忍足は保健室を後にした。