そんな事は露知らず、青木はまだ保健室で待っていた。
「どうだ?誰か来てくれそうか?」
「ううん、既読がつかない・・・」
「そうか・・・うーん、参ったなー。」
「あの、さっきも言ったけど帰ってくれて良いよっ?もう大分平気だしっ。」
「いや、平気そうだなっていうのは俺も思う!けど、これもさっき言ったけど、俺忍足に怒られるの嫌だもん。此処に居る!」
「・・・そんなに忍足君って怖い人じゃないと思うけどなあ・・・」
どうも青木は忍足のことを過剰に恐れている感じがするが、可憐にとってはとても違和感。
しかし青木は、いいや!と言って譲らない。
「だって彼奴すごいせっかちだぞ?お前も・・・って、そうか、お前は倒れてたからまともに聞こえてなかったなきっと。」
「?」
「彼奴さ、いきなり俺の事指さして名指ししてきてさ、すげー早口であれやっとけこれやっとけってわーっと指示出すんだぞ?」
「へ、へえ?そうなのっ?」
「そうそう!しかも俺が戸惑ってたら、使えないやつだ、もう良い他に頼むよ役立たずとか言うしさー。めっちゃ怖いじゃん彼奴ー。俺ああいう厳しいやつ苦手なんだよー。」
「ええっ!?お、忍足君がそんな・・・」
勿論朦朧としていた可憐は、青木が大げさに話を盛っていることに気づかない。
「いや、確かに一瞬おろおろしたのは事実だぞ?それは本当だけど・・・・あれ?」
「・・・・・」
「あれ。おーい、桐生さんとやらー。おーい。」
使えない役立たず。
もしかしてもしかしたらまさか。
(わ・・・私も実は内心でそんな風に思われてたりするっ!?)
だって、そう思われる心当たりが多すぎる。
もう何度も何度も大小様々な事で助けて貰ってるし、この合宿の間だけ取り上げても、停電したら迎えに来てもらって、熱中症になったら介抱して貰って。
青木が役立たずなら、自分は何だというのか。
(で、でもっ!忍足君はそんな人じゃないとも思うし・・・)
これも本当。今まで忍足は迷惑そうにした事なんか一度もない。
言葉にして迷惑だとか言ったことがないのは勿論、溜息を吐いたりだとか大儀そうにしたりだとか、そういう面倒くさそうなオーラを感じた事がない。
迷惑をかけているのは事実だけど、今までずっとずっと優しさだけを感じていたのも事実。どっちも本当なので混乱していく可憐の頭。
嘘に事実を混ぜると、ばれにくい高度な嘘になるという良い例。
「な・・・なんだ?]
(何か急に考え込みだしてしまったけど、俺はこれどうしたら良いんだ?)
完全にこの場合青木自身が原因なのだが、そもそもこの青木二葉という男。というか、姉の青木一葉も含めて双子だが。は、話を盛ったり軽い嘘を吹いたりするのが日常茶飯事過ぎて、自分の嘘のせいかとかそういう発想にならないのだ。
(うーん・・・あ!そうだ、それはそれとしてー、っと・・・)
丁度いいや。
今時間がある(締め出されそうという意味ではないが)し、可憐が大分元気になって今上体を起こしているため、今ちょっと一枚撮らせてもらおう。
(活動してる時の写真とはちょっと言い難いけど、思い悩むマネージャーの写真っていうのは記事にしやすいからな・・・部活のことで思い悩んでるのかどうかもわからないけど、まあ被写体が何に悩んでるかなんてどうせ写真には写らないし、その辺は適当にぼかしとこう。)
そういう態度だからいまいち青木は新聞部でも人柄に関して賛否両論なのだが、本人は全然気づいていない。というか、気にしていない。
カメラを構えて、ピントを合わせて、なるべく保健室だということがばれないように被写体をアップにして・・・と、そこまで来たところで、可憐は自分にレンズが向けられているのに気づいた。
「ちょ、ちょっとっ!何々、何で私撮られてるのっ!?」
「げ、バレた!いやいや、まだ撮ってないから!な?」
「な?じゃなくてっ!どうして撮るの、っていうか私撮って良いなんて言ってないよっ!」
「いやほら、テニス部の記事のためにちょいと、物憂げな眼差しのマネージャーさんの図をな?」
「私じゃなくて、今度試合に来た時の皆を撮ってよっ!」
「いや、それも撮るし書くよ!ただ、それはそれとして今書きたい記事があるし、今写真が欲しいんだよ、分かるか?」
「分からないよっ!兎に角辞めてっ!それから、うちの記事を書くんだったら新聞部として発行する前に目を通させてっ!」
「ぐ!な、何故そこまで厳重に警戒を・・・」
何故そこまでと言われると、偏に都大会で小鳥遊に会った時の経験からである。可憐はあの時の事から、記事というやつは書く側が好き勝手書こうと思えばいくらでも書けることを知った。図らずも青木は、同業者に足を引っ張られた形になったわけだ。
「分かったらカメラしまってっ!」
「えー、そんなあ!付き添い料としてだな、一枚くらい・・・」
「それとこれとは別なのっ!うちの部に関わる事だからっ!」
「頼む!」
「駄目!」
「お願いだ!」
「無理なの!」
「そこをなんとかー!」
「嫌だってーーーー」
「「桐生!」」
宍戸と向日の声と、保健室の扉が開く音と、バシ!という音がしたのは、3つ全部ほぼ同時であった。
あれ、向日君に宍戸君。と、思った次の瞬間には、隣の青木の頭が傾いでいた。
「大丈夫か!?」
「・・・え?うん、え?だ、大丈夫だけど・・・」
自分は大丈夫だ。自分は。
「・・・ってええなああ!」
靴の跡があるほっぺを抑えながら青木が言う。
可憐の身に危険が迫っていると踏んだ宍戸が、咄嗟に自分の上履きを投げつけ、それがクリーンヒットしたのだ。
「大丈夫じゃないのは俺だろ、何すんだ!お前ら誰だ!」
「煩い、隠し撮り野郎!」
「な、何故それを・・・って!いや、してないしてない!まだ!」
「ほら、「まだ」っつったろ今!」
「つう事は?放っといたらその内やるわけだな?」
「う・・・い、いやだから、許可をくれればだなあ!」
「許可あ!?」
「許可なんか降りるわけないだろ、普通に考えろ!誰が風呂入ってる所なんか撮っていいとか言うんだよ!」
「「え?」」
これには可憐も目を丸くした。
風呂。
何故風呂が出てくる。
「・・・青木君っ?」
「撮らないよ!誰が入浴シーンなんか撮ろうとするんだよ、馬鹿なの!?よしんば撮るとしても、もっとセンセーショナルな人のを撮るわ!網代茉奈花とか!」
「茉奈花ちゃんなら撮るのっ!?」
「目的はそっちか!」
「って、違う違う!今のは言葉のあやというか、仮定の話をだな!」
「もう、取りあえずそのカメラこっちに寄越せ!言い訳はそれから聞いてやる!」
「言い訳って何!?っていうか辞めろ!これは俺の愛機、あーーー!」
揉み合っているうちに、スポーン!と青木の手から投げ出されるカメラ。
実に綺麗な放物線を描き、描き、描き・・・
ボス、という柔らかい音と共に、保健室の入口に居た物の手の中に着地した。
「・・・忍足君っ!」
「お疲れさん、可憐ちゃん。」