Training camp – in Hyoutei gakuen -:Extream heat 2 - 5/5


運んでもらった夕食と、同室のマネージャーの女子に待機して貰ってのシャワーを終え、寝室に戻ってひと段落した頃、LINEに連絡が入った。

発信者は忍足で、もしも体が大丈夫そうなら少し出てこれないかという。

「ごめん、私ちょっと出てくるねっ。」
「え、どこに?」
「一人?すぐ帰ってくる?」
「忍足君に呼ばれたのっ!ちょっと、どこにとどれくらいかはわかんないんだけどっ。」
「あ、忍足君居るんだ?」
「まあそれなら倒れても大丈夫でしょ!行ってらー。」
「も、もう倒れないよっ!」
「いやあどうかなー?」
「本当だもんっ!」

部屋を後にしつつ、可憐は自分で言ってて今のは説得力がないなと思った。実際、今日倒れたのは事実なので。

情けないなあ、と軽くため息を吐きながら廊下を少し進むと、向こうからやって来た忍足と鉢合わせた。

「忍足君っ。」
「お疲れさん。部屋居って良かったのに。迎えに行ったで。」
「そんな、悪いよっ。」
「悪い言うより、もしふらついてまた倒れたら大変やから。」
「う・・・それを言われると立つ瀬がないんだけどっ!」

もうさっきからこんなのばっかり。
可憐がちょっとしょげると、忍足は苦笑した。

「まあ、それを言うんやったらそもそも連れ出すなていう話なんやけど。」
「あっ!そうだ、結局どこへ何しに行くのっ?」

LINEでは時間があるか、出られるかとしか聞かれなかった。
何目的で何処へ行くのか分からないまま、忍足の行く方へ従っているだけ。
可憐が尋ねると、忍足はピッと人差し指を立てた。

「・・・えっ?」
「上。」




此処は2階なんだけど、上って3階なのか4階なのか。というか此処の上って、何の教室が入っていたんだっけ。
と思いながらついていくと、忍足は4階を通り過ぎて扉を開けた。

「足元気つけてな。」
「わあ・・・!」

連れて来られたのは屋上だった。
此処の屋上はいつも封鎖されている為、可憐は初めて入る。

誰もいない。
ただ夏の星空と明るい月が、2人を見下ろしているだけ。

「凄いねっ!夜だし風が気持ちいいなあっ。」
「せやな。今日は気温もここ最近にしては低いし、丁度ええわ。」

勿論夜の今でも暑いといえば暑いのだが、今日の昼の暑さを思えば雲泥の差だ。太陽というやつが如何に暑いのか、思い知らされた気がする。

「ええと、それでっ?私、ここにどうして連れてこられたのっ?」
「それは色々幾つかあんねんけど、一応主目的としては静かやから。」
「?」
「誰も居らへんし。」
「うん・・・?」
「せやから、考え事するのんにどうかと思うて。」
「・・・・あっ!」

そうだった。その件を相談してたんだった、そういえば。

「もしかしたらもうええ所見つけて解決してるんかもしれへんねんけど。」
「あ、ううんっ!してない!してませんでしたっ!」
「そうなん。まああと、それはそれとして息抜きがてら。」
「息抜きっ?」
「今日倒れたやろ?気温のせいが大半やろうけど、もしかしたらちょっと疲れてたんとちゃうやろかと思うて。」
「忍足君・・・」

そんな事まで考えてくれてたのか。
やっぱり忍足は優しい、と思うと同時に、今日の保健室で聞いた、青木に役立たずとか言う冷たい忍足の図がやっぱり想像つかない。

「それから、これは余計言うたら余計やねんけど。」
「?」
「可憐ちゃん、ほんまに隠し撮りとかされてへん?」
「それは大丈夫ですっ!」

向日と宍戸に変態疑惑をかけられた青木は、あの後忍足からフォローを貰い誤解を解いた。

というか忍足は風呂がどうのと聞いた時点でちょっと思っていたのだが、やはり青木が風呂を隠し撮りする変態だという噂は、合宿初日に風呂を覗きたいとぼやいて騒動になった渋谷が発端だった。
要は、渋谷の話と青木の話が混じって1つの妙な噂になり、それがテニス部の中で駆け回っていたのだ。
また、新聞部であるが故に、カメラを実際持っていたのがリアリティに無駄な拍車をかけてしまった。テニス部に張り付いていたのも本当だし。

「そんなら良かったわ。庇ったはええけど、ほんまに庇って良かったんやろかてちょっと思うててん。」
「私、平気だよっ!写真は撮られそうになっちゃったけど、あれは記事用だったしっ。無理に撮られそうになったのは、ちょっと困っちゃったけどっ。」
「まあ、おかげで公認の記者になったからええんとちゃう。本人は結果オーライやと思うで。」
「うん、まあ・・・うん、そう、かな・・・」

そう、今回の件で名前が跡部の耳に入った青木は、テニス部の公認新聞部員として出入りを許される事になった。
ただ。
引き換えに、丁度合宿で全員居るから都合が良いじゃんと言われ、「自分は隠し撮りなんてしません誤解です」という宣言を、青木はテニス部全員の前でさせられる事になった。
別に悪いことはしていないのだけど、それはそれとしてさらしものっぽくて恥ずかしいから全員の前での弁明はちょっと・・・という青木の申し出は、目立つことを悪いなどと一かけらも思っていない跡部によって、さっくり却下された。青木の得たものは大きいが、同時に彼は何かを失った気もする。

「まあ、何もあらへんかったなら良かったわ。」
「うんっ、有難うっ。」
「ほんなら、俺は邪魔になったらあかんから外すわ。また帰るときは念のため呼びにーーー」
「あああっ!ちょ、ちょっと待って忍足君っ!」

はし!と、背を向けた忍足の服の裾を掴むと、忍足はちょっと目を見開いて振り返った。

「私、忍足君に聞きたい事がっ!」
「・・・どないしたん?ああ、考え事の相談?」
「じゃ、じゃなくてっ!前言ってた考え事とは別件で・・・」
「そうなん?でも、考え事の方はええのん?」
「そ、そっちもあるんだけどっ!でも、今はこっちのが気になっちゃってっ!」
「そうなん。まあ俺は別にええけど。」

それで何?と聞き返してくる忍足。
うう、言いづらい。でも凄く凄く気になるから、聞いてしまおう。

「・・・お、忍足君は!」
「はい。」
「私の事使えない役立たずだと思ってますかっ!」
「・・・・え?」

何で。
どうしてそんな事を。
忍足の顔は、そう書いてあるかのようだった。

「あ、あのっ!青木君がっ!」
「青木?」
「あの、私を運んでくれる時に、青木君がちょっともたついたって聞いたのっ。それでその時に、使えないとか役立たずとかって言われたって・・・」
「言うてへん。」
「えっ?」
「俺、言うてへんでそんなん。」
「・・・・えええっ!?」

(彼奴、話盛りよったな。)

確かに、やってくれないのならお前はもう良い的な事は言った。それは認める。
でも使えないとか役立たずとか、そんなこと言ってない。絶対言ってない。
今まで生きてきて、そんなこと人に言ったことあるかどうか。あの従兄弟にさえもそこまで言ったことはないと思う。

彼奴はほんまに・・・と呆れの溜息を吐く忍足に対し、可憐はホッと安堵の溜息を吐いた。

「良かったあ~・・・」
「怖がらせてしもたな。堪忍な・・・ていうても、俺が謝るのんも何や妙な話やけど。」
「そうだよねっ!青木君が嘘言ったって事になるもんね。青木君ったら、なんでこんな・・・」

多分青木はどうしてとか考えてはいるまい。
ただ、話は大げさな方が面白かろうくらいの軽い気持ちだったのだろう。
まあ、こっちはいい迷惑なので、今度ちゃんと釘は刺させて貰うけど。

「でも本当に良かったっ。私も役立たずとかって内心思われたりしてるのかな、って思わず考え込んじゃったよっ。」
「俺、そんなん思うた事あらへんで。」
「・・・・・・」
「可憐ちゃん?」
「あ、ううんっ。あのう・・・忍足君の事疑ってるわけじゃないけどっ。でも、正直思うくらいは皆一度はした事あるんじゃないかなあ、って。」

忍足はちょっと目を見開いた。

「・・・可憐ちゃんの中の俺のイメージて、いまいちわからへんわ。」
「えっ!?あ、違うんだよっ!別に忍足君が冷たい人だとか言いたいんじゃなくて、」
「いや、そうやのうて。寧ろ逆ていうか。」
「あれっ?」
「可憐ちゃん、俺の事優しい人やとか思うてへん?」
「えええっ!?お、思ってるよ、勿論だよそんなのっ!」
「俺、別に優しい人やあらへんで。」

忍足は今まで人に優しい人なんて言われた事がないし、それに対してまあそうだろうなとも思っている。
殊更人に冷たいとは言わないけど、そもそも土台親しみやすいタイプでもないし。

「・・・・・」
「せやから、役立たずと思うた人に向かって手伝うたり、そういう事するタイプやあらへん・・・可憐ちゃん?」

可憐は実に微妙な表情になっていた。
不満と、釈然としない感じが混じったような顔。実際、可憐は顔だけでなく、内心までまさにそういう感じになっていた。

「異議ありですっ!」
「て、言われても。」
「だって忍足君、そんな事言ってるけど、実際そんな人が居たらお手伝いするタイプだよっ!」
「せえへんて。」
「するよっ!ええと・・・うんと・・・しゃあない、なあ?とかって言いながら、助けちゃうと思うよっ。忍足君って、面倒見良いもんっ!」
「そんなん、生まれて初めて言われたわ。」

寧ろその台詞は、肉親含む親戚から、もっとずっと言ってくれて良いのにと忍足はずっと思っていた。あの度が過ぎたせっかちの従兄弟のフォローをするのも結構難しいんだぞ。と、思っていたら、皆揃って「あんたらその辺は似たり寄ったりやん」と返される。解せない。

いやまあ、それは今は良いんだ。
それよりも、どうやら自分は可憐に優しくて面倒見が良い人と認識されているらしい。

「別に面倒見たってるとか、人に対してさして思わへんけど。」
「そういうのを面倒見が良いって言うんだよっ!」

そうかなあ?な顔をする忍足だが、可憐からしてみればどうして本人が納得してくれないのか不思議で仕方がない。
大体、忍足の周りには網代や跡部のように有能な者も多い反面、自分や向日のように世話をかける側の人間も多いのだ。これが本人の人柄ゆえでなくて何であろうかと可憐は思う。

「それはそれとして、青木君はいけないよねっ!人を悪く言う感じの嘘は辞めて貰わなくっちゃっ!」
「ああ、それ。言うのん忘れとったわ。」
「へっ?」
「可憐ちゃん、青木に釘刺しといてくれたんやろ?記事は載せる前にちゃんと見せえって。」
「あ、うんっ!それは言ったっ!」
「言うといてくれて良かったて跡部も言うてたわ。よお気ついたな。」
「・・・・・!」
「可憐ちゃん?」
「そんな事初めて言われた・・・!」

よく気が付く、だって。
今まで生きてきてそんな事一度も言われたことなかったし、これから言ってもらえる事も望めそうにないと本気で思っていた。

感動が目の輝きに現れている可憐に、忍足は何ともいえない気持ちで小さく笑った。
喜ぶ様は可愛いけれど、そこまで意外そのものみたいな反応しなくても良いのに。

「そこまで感動せえへんでも。」
「だって、本当に言われたことないんだもんっ!こういう褒め言葉は、ほらっ。茉奈花ちゃんみたいな子が言われるべきだしっ。」
「確かに茉奈花ちゃんは気つく子やけど。」
「そうでしょっ?だからーーー」

「でも、それと可憐ちゃんがどういう子かとは関係あらへんからな。」

忍足のこの言葉は可憐の心に、音もたてず手ごたえもなくスッと突き刺さった。

「せやから、別にお世辞言うてるとか思わんでーーー」


『男子テニス部に連絡です。間もなく消灯、消灯です。各自自室に戻り、休息を取ってください。繰り返します、間もなく消灯・・・』

「「あ。」」

消灯の知らせが鳴った。
タイムオーバー。時間切れである。

「堪忍な。何や長々話してもうて。」
「ううんっ!こっちこそごめんね、折角良い場所見つけて貰ったのにっ!」

とは言いつつ。
忍足にすまないと思う気持ちも本当だが、同じくらい自分のあやふやな考え事を詰めるより、もっとずっと良い時間を過ごせたと思うのも本当だった。

色んな話が出来たし、そのせいかわからないけど、なんだか今はとても心が落ち着いてる感じがする。

「・・・えへへっ!」
「?」
「忍足君、有難うっ!」

何もしてへんけど。
大真面目な顔でそう返す忍足は、やっぱり面倒見が良いと可憐は思うのだった。

合宿最終日。
長いようで、でももう終わりを迎えてしまった夏の詰めを終えた2人を、星達が見ていた。