夕方。
暫くプリズムにて弾いて歌った後、解散して紀伊梨は自転車を漕いでいた。
「あぢー・・・あ!ローソン見っけ!」
行く予定はなかったが、あまりの暑さに紀伊梨はコンビニに寄る事にした。
アイス食べながら帰ろう、とか思ってる紀伊梨は、何度溶かしたアイスをスカートに零しても学習しない。
「ふぁみふぁみふぁみー♪ふぁみふぁみまー♪あ!違ったローソンだった・・・あ!」
「げ、」
「いっちーだー!」
コンビニには、偶々居合わせた郁が居た。
あからさまに嫌な顔をする郁に対して、そんな事全然気にしてない・・・というか気づいていない紀伊梨は、遠慮なく近づいていく。
「やっほー、元気してたー?」
「ああまあ・・・そこそこは元気だったよ・・・」
「そっかー!紀伊梨ちゃんはね、きのーはちょっとお腹出して寝たから寒かったんだよ!・・・お?」
「・・・何だい。」
「それ知ってるー!最近出たやつだよね!」
郁が手に持っていたのは、この夏に出てきたレモンフレーバーのスナック菓子の小袋だった。
「紀伊梨ちゃんも欲しいなー!食べたことないけどCMも超良い感じだし、きっとおいしーよね!」
「ああそうなのかい・・・」
「お金どれくらい要るのー?足りるかなー?紀伊梨ちゃんアイスも欲しいなー!いっちーもアイス買う?」
「あ、いや。僕は良いよ。」
紀伊梨って本当に楽だと郁は思う。
黙ってても一人で勝手に会話を進めてくれるから。
一人で勝手にフリーザーの方へ行く紀伊梨を見送って、ああやれやれとホッとしたのも束の間。
「あー!これブンブンが美味しーって言ってたやつー!」
心臓が跳ね上がった。
「ねーねーいっちー、こっち来て来てー!」
「・・・何なんだ、一体。」
「これねー、ブンブンが好きって言ってたんだけどどー思うー?美味しそーだよねー!」
赤色の苺味のアイスを指差して、楽しそうな紀伊梨。
キラキラ。
日を受けて輝く、あの赤い髪と同じ色。
「・・・僕は嫌いだ。」
「えー?そーおー?んでも紀伊梨ちゃんは買おっかなー?あ!でもこっちのも美味しそー!」
もう他に興味が移った紀伊梨は、隣のフリーザーに移動する。
それを横目で見やりつつ、郁の意識はさっきの苺のアイスに引っ張られる。
(・・・バカバカしい、帰ろう。)
帰ろう、帰ろう。
そもそもは、通販の支払いにコンビニに立ち寄っただけなんだ。
「五十嵐さん、僕はそろそろーーー」
「五十嵐!」
そろそろ失礼する。
と言いかけた口が止まった。
「あ、ブンブンだー!やほやほー!お疲りー!」
「おう!お前またアイス食おうとしてんの?」
「うん!暑いじゃん!」
「また零すんだろい?」
「こんどはやらないもーん!」
「どうだか・・・あれ?一条!お前も居たんだ?」
よ!と言って笑って片手を挙げる丸井。
郁はさっと目を逸らす。
そしてわざとらしく振り返って、逆方向に歩き出すのだ。
緩い歩調ーーーそう、丸井がしゃくしゃく余裕で捕まえられるくらいのスピードで。
「どこ行くんだよ?」
「・・・もう帰るんだよ。見て分からないのか君は。」
「あり?いっちー、あのお菓子買わにゃいのー?」
ああ言われてしまった。
いや、ちょっとこうなる気はしてたけど。
「お菓子?何だ、お前もお菓子買う?」
「買わない。見てただけだ。」
「でも美味しそーだったよねー!いっちー本当に買わないのー?あ!ほら、今買ったらおまけついてくるって書いてあるお!」
そう言って、紀伊梨は親切のつもりでさっきのスナック菓子を取ってくる。
あ。という丸井の声。ああくそ。気づかれた。
「それ、こないだ俺がLINEで勧めたやつ?」
そうだよ。
だから見てたんだ。
「・・・さあ。覚えてないよ。」
「覚えてないってお前、3日前の話だろい?」
「知らない。というかさっさと離せ、僕は家に帰るんだ!」
思わぬところで会えたから、これでもう気が済んだみたいな所のある郁は、気兼ねなく大きめの声を出す。
気が済んだって何がだよという自問自答の声に聞こえない振りをするのも、もう慣れた。
「お前さあ。」
「何だよ!」
「いや、何でもないけど。」
「ああそうかい、じゃあ離してくれ。」
「ぷはっ!はいはい。」
「何がはいはいだ、離せ!」
丸井は気づいている。
離せという郁だが、その実腕には殆ど力が入っていない。
口で言うほど嫌がってはいないんだろう。
そのくらいは分かる。
(こうして見ると、此奴分かりやすいよなー。行動パターンとしては。)
「何を笑ってるんださっきから!」
「いや、お前って結構可愛いよなと思って。」
「は・・・・」
思わず手を引っ張るふりも辞めてしまう。
何て言った今。
可愛いって?
自分を?
「あ、わかるー!いっちーって可愛いよねー!こないだの私服もおしゃれだったしー!」
「いやそこじゃ・・・っつうか、お前は誰にでも可愛いって言うじゃん?」
「えー、ブンブンもそーじゃん!」
「俺は選んでるっての。」
郁は心が忙しかった。
丸井は誰にでも可愛いと言う。
という紀伊梨の言葉は、実に説得力があった。確かに言いそう。
しかしそれはそれとして、本人は選んでると言った。
もし選ばれているのなら。
(い・・・いや!だめだだめだ騙されるな!これが作戦なんだよ!そうだ、こういう奴は大体どんな女子にでもこうやって甘いことを言っておいて、振り回して馬鹿にしてるんだ!)
自分はみすみす振り回されてなんてやらない。
絶対、絶対にだ。
「・・・兎に角、僕は帰るんだ。離せ。」
「えー?いっちーお菓子買わにゃいのー?」
「元々僕は通販の支払いをしに寄っただけなんだ!君達も、お菓子を買うなら買うでさっさと買って帰れ!」
「わかったわかった。」
本当は紀伊梨や丸井が買わないでうだうだ話していようがどうしようがどうでも良いのだが、どうでも良いことをはずみで言ってしまう程度には郁は混乱している。
丸井はそれを察して手を離した。
あまりぐいぐい行き過ぎても良くない。引き際が肝心。
「わ、分かれば良いんだ・・・じゃあ僕はこれで、」
「あー!待って待って!一緒に帰ろーよー!すぐ選ぶからー!」
「なんで僕が待たなきゃいけないんだ・・・」
「まあまあ、こういう奴なんだよ。諦めーーー」
丸井は不意に言葉を切った。
文房具コーナーのポップ。
『レジにて、かもめーる販売中!』
「・・・・・・」
「・・・何だ?はがきがどうかしたのかい?」
「・・・いや、何でも?」
丸井は無意識に、そっと右手を持っていた鞄に添えた。