Summer greetings - 6/7


「ただいま。」

幸村が帰宅すると、松のお帰りなさい!という可愛らしい声が聞こえた。

「お兄ちゃん!あのね、お部屋に良いものがあるの!」
「良いもの?」
「そう!何でしょうかー?」
「ふふっ!さあ、何だろう。俺の部屋にあるの?」
「うん!机にあるよ!」

机にある。

そう言われた時点で、ちょっとだけあれかもという心当たりがよぎった。

そのまま2階に上り、自分の部屋へ向かう。
その間も、可愛い妹はずっと後をついてくる。

それから扉を開けて、机の上。

ああやっぱり。

「・・・・・・」
「それ千百合お姉ちゃんからでしょ?良かったね、お兄ちゃん!」

松は無邪気な笑顔。
兄はきっと喜ぶに違いないと、信じて疑っていない顔だ。

幸村は苦笑した。
嬉しくないかと言われたら、流石にそんな事はないけど。

「・・・そうだね、嬉しいよ。」
「だよね!後で、何て書いてあったか教えてね!」

そう言うと、松は部屋を出て行った。
幼いながらにしつこくしすぎない行儀の良い妹は、こういう時凄く助かる。

「さて・・・」

幸村精市様。

間違いなく千百合の筆跡で書かれたそれは、それ以外何にも書いていない。
自分の名前さえも。

幸村精市なんて自分の名前なんだから生まれてこの方何度も見てきたのに、恋人に書かれるとどうしてこんなに特別に見えるんだろうか。
とか考えながら表を向けると、暑中見舞い申し上げます、という印字。
PCで刷ったのであろう、夏の縁側のイラスト。

「・・・・だけ、か。」

そう。
それだけだった。

千百合は結局悩みに悩んだ末、一切のメッセージを書かずに出すという選択をしたのだった。

如何に愛想のない千百合といえど、流石に暑中見舞いに自分の言葉を一言も書かないという事は今まで一度もなかった。
まして、どうでも良い人にお義理で送るならともかく、幸村に対してそんな事はした事がない。

貴方に言える言葉が見当たりません。
でも、関わりたくないと思ってるわけではありません。

この無地のハガキは、ある意味とても正確に今の千百合の心情を説明しているのだった。

「・・・・・・」

幸村ははがきを見つめながらベッドに腰を下した。


はっきり言おう。
幸村の内心では、彼にしては滅多に起こらない「矛盾」という感情があの日からずっと居座り続けていた。


柳ほどとはいわないが、幸村だって自己分析には長けている方だ。

だからわかる。
人間、矛盾した事を考えている時というのは、要するに自己のコントロールがなっていない時なのだ。

これをどうにかするには千百合が目の前に居てくれなくては始まらないのに、テニス部の多忙なスケジュールは、電話やLINEは許してもじっくり会う事を許してはくれなかった。

今日だって、幸村は部員が解散しても、柳がメニューを組むためのデータ取りのために真田と残っていた。
明日だって、自分達三強は誰より早く集まって、打ち合わせをしなければいけない。

自ら進んでそうしている部分が大きいのだし、こうなるとわかっていた事でもある。
あるなら何故という気もするけど、こういう所が我ながら矛盾してるのだ。

今は各々それぞれの事に尽力しなくてはいけない。
分かってるし、そうしたいという気持だってちゃんとある。


でも、今千百合に会いたい。
会って抱き締めて、それから伝えたいことを伝えたい。
それも同じくらい強い気持ちだった。


言葉が見えたって声が聞けたって、ビデオ通話で顔が見えたってそれじゃ十分じゃない。
それが大事な時だってあるけど、今は何の足しにもなってくれない。

兎に角何か言わなければと思って、徒に焦って不用意に連絡を取ると多分却って意に沿わない結果が出てくる。

幸村はそれだけはするまいと思った。
自分はさておき、千百合を傷つけるような真似は出来ない。それだけは決してやってはいけない。

もっとも、黙っているのもそれはそれで決して良いこととは言えないが。
長引くと余計に。

(・・・もしかして今千百合は、俺に放っておかれてる、とか思っているのかな。)

幸村はそう考えた直後、ちょっと自嘲した。

放っておかれてる、だって。
随分自分に都合の良い考えだ。完全に寂しがってくれてる事を前提にした思考。

もしかしたら、現在進行形で蛇蝎のごとく忌み嫌われているかもしれないのに。


「精市!ご飯よ!」


「ああ・・・はい!」

今行く、と階下の母に聞こえるように大きめの声で返事をする幸村。

ハガキは引き出しにしまう。
裏に幸村精市様と書かれている以外、ほぼ新品と言って差支えない綺麗なままの暑中見舞いを大事に。

決して、なくさないように。