Training camp – in Irupinet Hotel -:Disuguise 1 - 5/5


「ってわけで。」

昼休み。
昼食を取りながら、丸井はさっき考えた事を幸村に話した。

「どう?こないだの祭りの時みてえにさ、ほらあの時も時間的には3時間くらいだったろい?」
「・・・うん。」

幸村は苦笑した。

いや、丸井の提案は悪くない。
悪くないんだけど。

「ねえ、丸井。」
「ん?」
「そのプランを考えている時、誰を思い浮かべてた?」
「え?ビードロズじゃん?あいつ等へのお詫びなんだし。」
「・・・そう。」
「?」

本当かなあ。
違うと思うなあ。

と思いはすれど言いはしない。
今言ったって多分ピンと来ないだろうから。

?な丸井と、それはそれとして和やかにお礼を言う幸村の後ろで、別テーブルに居た仁王と柳生が腰を上げた。

「ああ、食うた食うた。」
「あれしきの量で、よく満腹になりますね。」
「満腹にはなっとらん。暑い中で腹いっぱいになると却って疲れるナリ。」
「そうですか・・・仁王君?どこへ行かれるので?」
「いや、手持ちが思うてたより心許ないんじゃ。下ろしてくるダニ。」
「ああ、ATMですか。では私も、散歩がてらご一緒しましょう。」

中学生の身でキャッシュカードを自由に使って良い身分とは珍しいが、仁王家ではそれは許されている。なんせ騙し合いが家族そろって信条。自分の金は自分で守りなさいね方式。

「ん。」
「おや、あれは・・・林さん。」
「あ!柳生君に、に、仁王君・・・!」

ホテルの廊下の真ん中できょろきょろしていたのは、マネージャーの林だった。
手に財布ーーー林のものではなく、部費が入っている共用財布を持っている。

「どうなさったんです?何か、お困りのようでしたが。」
「あ、いやあの!実は、ATMどこだかわかんなくなっちゃって。知ってる?」
「ああ、それでは一緒に行きましょうか。」
「えっ、本当?」
「ええ。丁度我々も行くところだったので。」
「やった、ありがとう!」

なんて請け負う柳生だが、仁王は内心そんなに乗り気じゃない。
林個人が好きとか嫌いとかいうより、林のように自分を注視してくるタイプの人間はイリュージョニストには邪魔なのだ。こっち見ないで、種がバレるでしょ。

「もうちょっと探してみて見当たらなかったら、フロントに聞いちゃうしかないかなーなんて思ってたよ~。」
「まあこういうのは大概フロントからそう離れとらん所にあるもんじゃないんか。」
「そうですね。大抵は支払いの場の近くにあるものですから。」

なんて会話しながら、多分こういう所にあるんじゃないかなーという目星をつけて歩いていたら。

「あ、あった・・・けど。」
「先客じゃな。」
「そうですね。あちらの方が終わったら使わせて頂きましょう。」

そう言って3人は先客の少女の後ろに並ぶ。

髪を下している。
ブラウスにロングヘアの、屋内なのに帽子を被った少女。


紀伊梨である。


(ひいいいいいいい~~~~~!)

ホテル内は重なっている行動範囲の中でもかなり高危険度の場所なので、特に用心するように。
そう言われては居たが、まさか本当にブッキングするなんて。

(どーしよどーしよどーしよどーしよ!え、後ろ見えてないけどやーぎゅとニオニオっしょ!?だよね!?)

紀伊梨は耳がいい。咄嗟のことであっても、友達の声に気づくなんて造作もないこと。
振り向いて視認したわけではなくても、紀伊梨は後ろにいるのが、気のせいとか勘違いとかではなく確かに仁王と柳生であるという確信があった。

問題は、自分だと名乗れないこの状況で如何にしてこの場を切り抜けるかだ。

ワンチャン仁王と柳生のみならもうバラしてしまっても良いのではと思わんでもないのだが、知らない女子の声も聞こえる。マネージャーだろう。
だめだ。これは名乗り出られない。

(どーしよどーしよどーしよー!えっと、えっと、こーゆー時は、えーっと、)

紀伊梨はスマホを出してメモを見る。

棗が書いてくれた、遭遇した時の心得だ。

(えーっと?顔を見られてはいけない・・・うん!これはおけ!次は・・・声を出してはいけない!よし!)

ぱし!と音を立てて紀伊梨は片手で自分の口を抑える。

「「「?」」」

(で?えーと最後に・・・さっさと用事を済ませてその場を離れるべし!)

そもそも紀伊梨は、小鳥遊に頼まれてカードの金を下そうとしていたのである。
暗証番号もスマホにメモして入れたし、次は金額を売ってお金を受け取るだけ。

(早く早く!えーと、5万?円?)

心の中で、いーち、じゅーう、ひゃーく、せーん、と数えながらえっちらおっちら0を押す紀伊梨。

を、後ろから見つつテニス部3人は内心何かこいつ馬鹿そうなオーラあるな・・・と思い始めていた。

(・・・別に特別急いどるっちゅうわけじゃないが。)
(時間かかるなあ・・・何してるんだろ?)
(まさか急かすわけにも行きません。他の所に移るにしても、結局このまま待った方が僅かに早そうです。)

そうこうしている内に金額を入れ終わった紀伊梨は、間もなく出てきた5万円を手に取ってカードと一緒に財布に入れた。

(おしゃ、おけ!任務かんりょー!)

後は帰るだけだ。ふう、と息を吐いて紀伊梨はホテルへの入り口に向かった。

一歩外に出ると、日差しが暑い。そして眩しい。

「ふいー!・・・って、あ!」

紀伊梨はバッと振り向いた。

忘れてた。
そもそもATMはついでだったのだ。本来の目的は、スマホの充電ケーブルを持って来る事。

(おおおう!まずいおまずいお、早く戻んにゃいと!えーと、ニオニオとやーぎゅは・・・うん!まだATMのとこ居るね!)

紀伊梨はさっと目を走らせると、エレベーターまで駆け寄って上のボタンを押した。

(ふいー・・・・あーん、でもつまんないよ難しいよー!紀伊梨ちゃんだって言いたいよー!お喋りしたいよー!)

もう、今すぐ変装も何もかも解いて全てを話してしまいたい。
出来る出来ないとは別に、紀伊梨は土台嘘とか隠し事に向いてないのだ。
特に今回のような、目的というか隠し事の理由が複雑な場合は猶更そう。友達の好きな人はバラしたらどうなるか想像できるから内緒に出来ても、今みたいにバラすデメリットがピンと来ていないと「もう良いんじゃない?」な思考がすぐ沸いて出てくる。

(ぐぬぬ黙ってるのってむつかしー・・・エレベーター早く来ないかなー!もー!)

そもそも紀伊梨は普段から一人で居ても独り言が多いのだ。
それすらも禁じられているこの状況はきつい。

早く、早く、と内心で叫んでいると、やっとエレベーターが到着した。

来た。これで後は、乗って自分達の部屋のあるフロアに行くだけ。

(えーと、6階6階、6・・・よしゃ!おけまるーーーー)

「あ!待って下さい、乗せて!」

林の声がした。
全てが済んで、仁王と柳生と林もエレベーターに乗ろうとしたのだ。

しかし、いつになくせかせか行ってしまおうとしていた紀伊梨の指は、林の制止を聞いた時にはもう「閉まる」のボタンを押してしまっていた。
プシュ・・・と閉まりきる扉の向こうから林の声が聞こえる。

「あー!行っちゃったー!」


「わー!ごみんなさいいい~!・・・って!」


バッ!と、自分しか居ないエレベーターで、両手で口を塞ぐ紀伊梨。

しまった。聞こえたかな、今。
自分だったらまず間違いなく聞こえた上で人物の断定まで出来る。普通の人は自分程聴力が良いわけじゃないらしいけど。

「・・・あり?バレた!?え、今のセーフ!?アウト!?紀伊梨ちゃんどーしたら良いの!?」

取り敢えず棗に連絡を取ろうとして、紀伊梨はスマホを出した。




一方その頃、エレベーターに乗りそびれた3人は、閉まった扉の前でポツン・・・と立っていた。

「・・・えと、乗りそびれちゃった、ね?」
「何やら、お急ぎのようでしたね。」

しかしそれよりも気になったことが。

「あの方の声が・・・」
「五十嵐じゃないんか、彼奴は。」

仁王が端的に纏めてくれた。
そう、それは3人全員思った。ほぼ会った事のない林でも、ライブのおかげで一方的に声を知っているのだ。

「しかし、五十嵐さんにしては不審な点も多いです。そもそも、私達に気づいていたであろう先ほどの状況で、声をかけて来ないというのが既に解せません。」
「まあそれもそうじゃが。」
「それに、服もなんだか違ったよね?私あんまりよく知らないけど、五十嵐さんってブラウスにロングスカートって趣味じゃなくない?」
「その点もその通りですね。」
「そうじゃな。ああいう恰好は五十嵐より、どっちかっちゅう、と・・・」

仁王は言葉を切った。

もしかしてそうなのか。いや、それにしても理由が全然わからないけど。

「・・・あ、あれ?仁王君?」
「仁王君。考えていても仕方がありません。」
「そうじゃな。まあ、どういう事情でも別に構わんと言えば構わんが。」

仁王はスマホのLINE画面を開いた。






「で、何が聞きたいんですw」

『お前さんらは今どこに居るんじゃ?』

「合宿地ですよw南の方w」

「幾らなんでもバレるのが早すぎじゃないかしら?」
「まあまだギリギリバレてないんじゃない。」
「いやー、タッチの差でなんとかセーフって感じ!うん!」
「まさかホテルで顔見知りに鉢合わせなんて・・・」
「誰も悪かないけど運がないなあこれはw」

今、紀伊梨を除く6人はホテルに程近いカフェで昼食と洒落込んでいた。

ところが食べている最中、棗のスマホに紀伊梨から「仁王と柳生に声を聞かれたかも」と一報が入り。
何がどうしてそうなったんだ、もうバレたの確定なのか、と大慌てで聞き出した所で今度は仁王から着信が入ったのだった。

『五十嵐は居るか?』

「彼奴今トイレw」

『春日は今日何を着とるんじゃ?』

「え、キャミにサマーニットに白いフレアのスカートですけどw」

『・・・・・・』

「何かw」

『・・・いや、もう良い。邪魔して悪かったの、合宿頑張りんしゃい。』

「お互いにねwじゃあばいばいw」

ピ、と音を立てて通話を切って、ふうと溜息。

「よくもまあ、そう淀みなく嘘吐けるわw」
「一応聞かれそうな事は予想してあったんすよw」
「写真くれとか言われたらやばくなかった?大丈夫なの?」
「そう来るかもと思って写真もあるんすよw去年の夏のですけど、まあ誤魔化せるっしょw」
「ああ、そうだったんですね。私の服そんなに細かく覚えてるんだ、ってちょっとびっくりしました。」
「バレるバレないは別としてキモくね、やってる事が。」
「まあねー。彼女でもないのに女の子の着てる服細かく覚えてるって、ちょっとあれよねー。」
「俺だって進んでやってるわけじゃないからね!?くっそ、流石にあいつ等鋭いわ・・・着眼点も良いし。」

そもそもイリュージョニストである仁王は、自分が日常的にそうしているから、人と服を入れ替えるという発想に辿り着きやすいのである。
テニス部の中でも特にバレやすい男の筆頭株に最初から当たったのは、いかにも不運だった。

「まだ始まったばっかりだってのに。」
「で、でも今回のはかなりアンラッキーなケースだと思いますから・・・逆にこれから先ここまでの不運はなかなか重ならないのでは、」
「まあねー。難所最初にやっちゃえば後は暫く楽っていうのはあるけど・・・」

しかし、それはそれとして後丸2日。
48時間乗り切れるだろうか。