(埋め合わせ・・・)
紫希はコンビニでコピー機に並びながら棗の話を思い返していた。
埋め合わせ。
何か希望があれば強請ればと言われたけど。
(でも、そもそも幸村君達が悪いとかそういう話でもないのに・・・ああでも、こっちが窮屈なのも事実なんですよね・・・特に紀伊梨ちゃんは自由に外出出来ないのが堪えてて、可哀想です・・・)
どうしたものかなあ、なんて考えている間に前の人が立ち退いた。
紫希は今日、手書きで修正した譜面をコピーしに来たのである。
ホテルでは絶対出来ないからこうしてコンビニに来ているわけだが、勿論テニス部だってコンビニに用事があったりするだろう。早く出なければ。
(でも、私はライブの時も舞台に上がったりしませんでしたから。テニス部の中でも知り合いに会わない限り、真正面から顔を見られたとしても、即ビードロズだとはきっと思われ、な、い・・・!?)
紫希は思わず口を抑えて固まってしまった。
今しがた入ってきた客。
見間違えようもない、丸井と桑原である。
しかも、他に数人部員が居る。皆同じジャージなので一瞬で分かる。
(と・・・と、と!いけませんあまりあっちを見ては、落ち着いて、私は他人、私は他人・・・)
手早い動作で楽譜を裏返しにし、視線をコピー機に戻して自己暗示の作業にかかる。
自分は春日紫希じゃない、ここに住んでいる近所の男子だ。テニス部なんて関係ないし、丸井達の事なんて知らない知らない。
「あっちー。スポドリが幾らあっても足りねえだろい。」
「湿度が辛いよな・・・せめて乾いていたらもう少し汗も引くのにな。」
「・・・・・」
背を向けて、知らないふり知らないふり。
最近テニス部に会えてなかったし、本当は声をかけたいけれど、お互いのために我慢。
もうすぐコピーも終わる。
出ていけるようになるのは直だ。
(・・・よし!これで最後です、後は原稿を取って出ていくだけ・・・丸井君と桑原君は?)
一応位置確認だけしようと振り返ると、2人はドリンクのコーナーの前をゆっくり歩いて向こうに行った所だった。
いける。このまま出ていきたかった。
が。
(あ、)
目の前で、音もなく丸井の財布が落ちた。
本人は気づいていないようで、辺りを伺うこともなく普通に桑原と談笑して向こうへ行ってしまう。
(ま、待ってください待って待って、)
どうしたら良いんだ。
声を出してはいけないから、落としましたよと言うことも出来ない。
「あれ?おにぎり売り切れてる。」
「ああ、時間的にな。そろそろ飯系の商品は品切れが出てくるだろ。」
「どーすっかな、向こうのコンビニ行くか。」
「そうするか?まあ、歩いても4、5分だしな。」
いけない。
外へ出られたら見失うかもしれない。
流石に合宿で財布無しは痛すぎるだろう。
紫希は腹を決めた。
「・・・・・!」
「にしても夕方になっても暑・・・ん?」
人差し指で肩をつつくと、振り返った紫の瞳がこっちを捉える。
顔を見られないようにキャップを被った頭を更に下に向けた。
(あんまりこっちを見ないで下さい・・・)
普段だったらしっかり目を合わせて話をしてくる丸井の態度は好ましいくらいなのだが、今はそれが凄く怖い。
動悸がする。落ち着け。普通にしていろ。
紫希は無言で財布を差し出した。
「・・・・・・」
「え?俺の財布・・・あれ、ねえや。」
ドキドキする。
頼むからただ受け取って。質問してこないで。
「落としたんじゃないのか?さっき、ポケットに手突っ込んでただろ?」
「マジ?」
(桑原君・・・!)
本当に助かる。本気で。
察しの良い友人の有難味をひしと感じる。
「拾ってくれた感じ?サンキュ、助かったぜ!」
「・・・・・・・」
うん、と頷いて財布が受け取られる。
よし。OK。
(帰りましょう・・・!)
用事が済んだらさっさと退散だ。
くる、と背を向けて、コンビニの出口までさあ急げ、と踏み出しかけた途端。
「あ、待って。」
「・・・・!」
手を捕まえられて声が出そうになった。
何だ。
自分は一刻も早くここから出たいのだが、ボロが出ない内に。
(と言いますか、それ以前にもしかしてもうバレて・・・)
「・・・・・」
「・・・なあ。お前、どっかで会った?」
「・・・!」
まだ、バレてない。
でもバレる一歩手前まで来てる。
紫希は首を横に振った。オーバーリアクションは却って怪しいと言われたから、ちょっとだけ。
「・・・・・」
「そお?」
「おい、ブン太・・・」
「何?」
「何じゃなくてだな、お前わざわざ男にそんなナンパ紛いの事を、」
「そういうつもりじゃねえよ。っつうかそもそも、」
「あ、居た居たカズくーん!」
探したよ、と言われて肩を軽く叩かれた。
ああ天の助け。
「あれ?」
「あれもしかして、ブン太君じゃない?久しぶりだねー!」
軽く片手を上げて軽快に挨拶する小口は、流石に大人というか非常にポーカーフェイスが上手い。元々居たのを知っていたなんて微塵も感じさせない自然さ。
「誰だ?」
「ああ、前に春日とテニスした時相手してくれた通りすがりの人。」
「どうもwそっちの子はお友達なの?お揃いジャージなんだ、仲良しだね。」
これは非常にクレバーな返しだった。
これにより、合宿のことなど微塵も知りません感がぐんと強くなる。
「あ、いや、俺達は・・・」
「友達ですけど、それとは別で。今、合宿に来てるんですよ。これは部活ジャージ。」
「あ、そういう話?じゃあ彼もテニス部なんだー。確かに、よく見たら他にも同じジャージの子が居るわw」
「そ。小口さんは?」
「俺はね、小旅行。大学の同期・・・まあ塩飽と後1人とね。そんでついでに、この子は親戚の子。遠出ついでに連れてきたってわけ。」
「へえ・・・」
言いながらまた丸井の視線が小口から自分に移ったのを感じる。
びく、と肩がちょっと揺れた。
「小口さん。」
「ん?」
「此奴、女子ですよね?」
「「え?」」
これには小口も声が出た。
「・・・・!」
「え。違う?マジで?」
「いや、明らかにそうだろ!」
「この子男だよ、見てよこの恰好w」
「そうですけど、なんとなく女子っぽいなーと思って。でも違うんだよな?悪い。」
「・・・・・・」
怖い。
超怖い。
早く此処から退散したい。
「いや、ごめんねこの子無愛想でさwところで、時間大丈夫?合宿だと、時間とか制限あるんじゃない?」
「え?・・・・あ!おい、もう行かないとまずいぞ!」
「マジ?しょうがねえな、ジャッカル飯分けて。」
「俺かよ!」
「ははは!じゃあ小口さん、俺達行くんで。」
「はい、ばいばいw気を付けてねw」
手を振って、二人がコンビニから出ていく。
後を追うようにコンビニから出て、迎えに来てくれた小口の運転する車に乗る。
「「・・・・・~~~~~~っ、はああああああ~!」」
どっと息を吐く二人。
「有難うございます小口さん、私一人だったら絶対に切り抜けられませんでした・・・」
「いや俺もやばかったからね・・・っていうか、ブン太君のあれは何?勘が良すぎない?テニスしてても勘良いなって思ったけどさ。」
「私、どこで女子だって判断されたんでしょうか・・・」
「いや、こっちに落ち度ないよ!現に隣の坊主頭君は男子だって騙されてくれてたしなあ。」
「うう、ですけどそれじゃ対策が・・・・」
「まあまあ、結局バレなかったしさ。そうそう会うこともないと思うし、結果オーライって事でw」
そう言ってエンジンをかけて車が発進する。
一応帽子は帰るまで脱がない。
(そうそう会うこともない・・・)
そうかなあ。
どうもまた似たような目に合うような気がするんだけど、それは自分の悪いほうへ考えがちな癖故だろうか。
「・・・・・」
それはそれとして、普通に話したかったな。
帽子のつばの陰からそっと流れる景色を伺いながら、紫希は思った。