「ちゅうもーく!」
その後幸村から聞いたスケジュールを元に夕食の時間をずらし、そそくさと部屋に戻って入浴を済ませ。
やれやれと一息ついた所で、紀伊梨が片手をずびし!と上げた。
「・・・紀伊梨ちゃん?」
「何。」
「紀伊梨ちゃんは!外に!行きたいです!」
「ダメだっつったろ。」
「続きを聞いてー!ダメなのはわかってるのっ!なので!紀伊梨ちゃんは!別のお楽しみを考えました!」
「そうなんですか?」
「うん!ちょっと待ってね!」
「わあ・・・有難うございます。すみません紀伊梨ちゃんに任せっきりにしてしまって。」
「いや、紫希。蓋を開けるまで喜ぶの辞めようよ。」
楽しみを見つけることに関して切り替えと行動が素早いのは紀伊梨の長所である。
それは事実だが、それはそれとして紀伊梨にとっての楽しみとこっちにとっての楽しみはしばしばズレがあるのも事実なのだ。
「じゃじゃーん!」
紀伊梨は明らかに今日どこかで買ったらしきレジ袋の中から、大きな丸い缶を取り出した。
「それは・・・クッキーですか?」
「うん!パジャマパーティーしよ!」
「あ!それなら私、お茶を入れますね。確かあっちに備え付けのティーバッグがあったと思うので・・・」
「やったー!美味しくお願いしますぞ紫希ぴょん!」
「おい。おい待て。」
実にスムーズに話が進んでいるが、千百合はごめんである。
正確に言うとごめんというほどどーしても嫌!なわけじゃないけど、他にもっとないのか。
「ええと、紅茶がこれでミルクが・・・」
「ねえ紫希ってば。」
「ううん・・・ですけど千百合ちゃん、折角紀伊梨ちゃんが考えてくれたんですし。」
「でも、」
「それに紀伊梨ちゃん、今回の件はとってもフラストレーションが溜まってるんじゃないでしょうか?元々外出が好きなのに、こんなタイミングで制限されてしまってるわけですから。まして紀伊梨ちゃんは高校からは忙しくなって、こんな事もいつかおいそれと出来なくなってしまうのに・・・」
「まあ・・・」
元々出不精な千百合は外に出るなと言われても、元よりそのつもりだし大丈夫としか思わない。
しかし確かにこういう機会で紀伊梨は率先してあそこへ行こうとか探検しようとか言い出すタイプ。代わりにこうしようと言い出しているだけでも、紀伊梨的には十分我慢してるし、成長した振る舞いだ。
「お泊り会も、少なくとも夏の間は出来なくなってしまいましたから・・・だから少しでも合宿らしい事を楽しめるのなら、そうすべきだって私は思うんです。」
「・・・・・うん。」
「それに、パジャマパーティーというとどうしても恋愛の方向に話が行きがちですけど、そうじゃない話だってドンドンして良い筈ですから。千百合ちゃんがそういう話をお嫌いなのはわかっていますから、それは無しと言う上でお喋りしませんか?」
「・・・分かった。」
千百合が頷くと、紫希は有難うございますと言って穏やかに笑った。
千百合は納得いかない事に対して頷かない。それはよくわかっている。
「紫希ぴょん、お茶もう飲めるー?」
「あ、はい!紀伊梨ちゃん、お砂糖とミルクは要りますよね?」
「要る要るー!」
「・・・・・・・・」
いそいそとお茶とお菓子の準備を進める2人を見て、千百合はちょっと考えた。
どうしよう。
自分は絶対そういう事はやるまいと思っていたが。
「千百合っちってばー!早くー!お茶が冷めちゃいますぞ!」
「千百合ちゃん?どうかしましたか?」
「何でもない、今行く。」
ベッドの上にトランクを乗せて、更にその上にお菓子とお茶を置いた簡易テーブル。
その周りにパジャマ姿で座り込む紫希と紀伊梨を見て、千百合は小さく微笑んだ。
確かに、合宿っぽい。
パジャマパーティーというと夜更かしというイメージが強いが、ビードロズ女子3人組のパジャマパーティーに夜更かしはない。
そもそも3人ともあまり深夜起きに強い方ではなく、特に言い出しっぺの紀伊梨は21時を過ぎると、原則もううとうと来てしまう。
この日も例外ではなく、19:30辺りから始まったパジャマパーティーだったが、1時間半で紀伊梨は瞼が下がり始めた。
「そいでにぇ・・・その時のプリが・・・んにゅ・・・」
「そろそろ寝ますか?」
「もう21時だもんね。」
「!いやいや!紀伊梨ちゃんまだ起きてるお!超起きてる!うん!」
「まあまあ・・・明日もありますし、無理して起きていても楽しくないですから。千百合ちゃんもそう思いませんか・・・千百合ちゃん?」
千百合は黙りこくっていた。
話そうか迷っていた事があった。
どうしようかと決めきれない内に解散の流れになりつつある。
ぎゅ、と手を軽く握った。
「・・・・あの。」
「はい・・・?」
「んにゅ?」
「・・・聞いて欲しいことが、あって。」
改まって人に向かって「自分の話を聞いてほしい」と言うのは、結構緊張する。
まして自分のような性格の人間には特に。
それでも言う気になるのは、紫希も紀伊梨も茶化してきたりしないで大真面目に聞いてくれるからなんだけど。
「お?お?」
「・・・はい。何でも聞きますよ。」
「うん・・・あの。あの・・・」
「うん!」
「・・・実は私、精市に嫌われてるかもしれなくてさ。」
紫希も紀伊梨も顔が固まった。
己の耳が信じられない。
何て?もう一回言って?
「・・・・へ!?」
「あの・・・え?嫌われてると言いますと、」
「ごめん。嫌われてるっていうか、その・・・細かく言うと、好きか嫌いかで嫌いの方に入ってるとかそういうわけじゃなくて。えー・・・こう、なんていうか・・・もうそこまで私の事好きじゃないのかもみたいな、」
「「そんなわけない!」」
信じられない。
紫希も紀伊梨もそう思うし、その気持ちがありありと顔に出ている。
「いやその、私もさ。自分のことながら信じられないって感覚はわかるわけよ。今まで私ずっと、こう・・・」
「ずーっとラブラブだったもんねー!ゆっきー千百合っちの事大好きだし!」
「・・・・・・」
「え、ええと、大事にされていますよね!幸村君は特に、思ってることをまめに言葉とか行動に出してくれるタイプですから・・・」
そう。
そこなのだ。
「そーだよ!絶対ゆっきーは千百合っちの事大好きだよ!こないだだってーーー」
「ま、まあまあまあ!でも、千百合ちゃんがそう言うという事は、何か理由がおありなんですよね?もしかしたら・・・って思う何かがあっての事なんでしょう?」
「そーなの!?何!?どれ!?」
「・・・・・・・」
「もしかして、喧嘩とかして叩かれたりしたの!?」
「ええええ!?」
「いや、流石にねえわ。どこのDV男よ。」
「DVD男・・・?」
「DVです。ええと・・・・簡単に言うと家族や恋人に対して、暴力をよく振るうという意味です。」
「え!?嘘、ゆっきーそんな事しないよ!」
「だからしねえって言ってんだろ、話聞け!」
はあ、と溜息を吐く千百合だが、なんだか久しぶりに大声を出したらちょっとすっきりした。心なしか話しやすくなった気がする。
「・・・理由の方なんだけど。まあその・・・あんまり細かく言いたくないんだけど、ざっくり言うと「私が好きならそれはしなくね?」みたいな事をされたというか。」
「えー?何それ、何されたのー?」
「まあまあ、あまり細かくは・・・でも、そういう事なら幸村君の側にも何か理由があっての事じゃないでしょうか?」
「・・・・・えー。」
何かって何が理由だと言うんだろうか。
今流石にぼかしたけど、千百合が言いたかった事は無論あのキス未遂の話である。
キスを未遂で終わらす理由って、相手に対して萎える以外で何があるんだろうか。
考えられる代表格としては、人前だということを思い出したとか、土壇場で勇気が挫けたとか気恥ずかしさに負けたとか。
でも、それはあり得ないのだ。他の誰かならいざ知らず、幸村精市にとっては。
「・・・思い当りませんか?」
「うん。」
「ねーねー、何されたのか教えてよー!そこちゃんと言ってくれないと、何にもわかんないよー!」
「それは嫌。」
「えー!」
「まあまあ・・・言い難いこともありますから、」
「むー・・・」
「いや、私も全部言わないと本当の意味で相談になってないとは思うんだけどさ。」
「それもそうですけど、それでもやっぱり大元としては2人の問題ですから。聞いてほしいっていう気持ちとは別に、あんまり細かく言いたくない気持ちはあって当然ですよ。幸村君の問題でもありますしね。」
「・・・・うん。」
「そーいうもんなの?」
「多分・・・私も誰かとお付き合いしてるわけではないので、想像ですけど。」
「ふーん・・・」
正直紀伊梨にはさっきからピンと来ないことのオンパレードなのだが、この辺の事に疎い自覚はある。周りからも散々お前はわかってないんだよ的な事を言われるし。
だから紫希と千百合がそう言ってるんならそうなのかという方向で、納得する事にした。
「でもさー、じゃあどーするの?」
「そうですね。解決っていう意味では・・・現状出来そうなのは、やっぱり幸村君に直接聞くことですけど・・・」
「それはしたくない。」
「ですよね・・・」
「何で!?」
さっき納得しようとしたばかりなのにもうそれを覆す紀伊梨だが。
いやこれはもうしょうがないだろ。
「それしないと何にもわかんなくない!?え、どーして聞かないのー!?」
「いや、そこはわかれよ。」
「何だか、強請ってるみたいなんですよね。私が好きならこんな風にしてよ、みたいな・・・本来相手はやる気がないのに、無理やりさせてもというか・・・」
「そう。それ。」
「え、でもさでもさ!紀伊梨ちゃん普段から、ゆっきーにも他の友達にも沢山おねだりしてるよ!」
「それは逆じゃない。」
「友達だから頼めることって、沢山ありますよね。」
「そんな事ってあるー!?」
「お付き合いってそういうものですから・・・」
「・・・・まあ。どっちかが嫌になった時点で即破綻だよね。」
「はた?」
「ええと、壊れるというか・・・この場合、別れるしかないよね、っていう事です。」
「え、別れるの!?別れないよね!?」
「わ、別れませんよ勿論!どちらかが嫌になったらというもしもの話なのであって、別に今そうだっていうわけじゃ・・・そうですよね?」
「・・・・・・多分。」
「多分なの!?」
「ま、待ってください待ってください!兎に角結論を急ぐのは辞めましょう、」
最後の最後に爆弾が落ちたパジャマパーティーは、思いがけず延長戦に入ることになった。