First order 3 - 1/7



「ふう・・・・」

ロッカールームで幸村はゆっくり息を吐いた。

部活が終わって、制服姿になると、今日がとうとう過ぎたのだという実感が湧く。

終わった。
レギュラー選抜が終わった。

自分は勝った。

(自信はあったけれど・・・やっぱり、結果がキチンと出るまでは、多少気を張るね。)

「幸村。」
「ん?ああ、弦一郎に柳。」

真田も柳も、すっかりジャージから着替えて、帰宅モードである。

「・・・通ったな。」
「そうだね。今俺もそれを考えていたよ。」

そうだ、レギュラーなのだ。
自分達3人は、この立海の代表として戦う。

「全力を尽くそう。俺達の力で立海を、全国で1番の高みへ導くんだ。」
「うむ。」
「ああ。」

そう。
その為に自分は此処へ来た。
そして真田も。
柳の存在は嬉しい誤算という奴だが、いずれにしろこの3人ならきっとやれる。

「すげえでかい事言ってんのに、出来る気がすんのが尚更すげえだろい。」
「全くだ・・・」

という会話を目敏く・・・いや耳敏く聞く真田。

「丸井、桑原!気がする、ではない、俺達はやるのだ!」
「わーかってる、分かってるよ!」
「真田、丸井達は何も俺達の実力を疑って言っているわけではない。」
「ああ。お前達が全国レベルで見ても強いのは、俺とブン太だけじゃなくて此処に居る全員わかってるさ。」

この立海に於いて、1年生の時点で3年の部長を片手で遇らうようなゲームが出来るのだ。
そんな奴の実力を疑うなんて、まるっきりテニスを知らない奴か、馬鹿のする事だろう。

「2人とも、油断は大敵だっていう意味合いで考えてるんだよ。俺達は確かにそれなりにはやれるけれど、全国の壁は決して薄くないんだから。そうだろう?」
「む・・・そうか。」

それなりにやれるというのはいっそ嫌味な位の謙遜だが、全国の壁が分厚いのは本当の事である。

だからこそ真田としては、「やれる気がする」とかいう物言いが弱腰に聞こえてしまうのだろう。
こういう所で千百合と衝突してしまうんだなあ・・・と思うと、幸村としては苦笑を禁じ得ない。

「あ、仁王!ちょっと待ってくれ。」

普通に制服に着替えて、普通に身支度して。
さて、じゃあ帰りますかと出口に歩きかけた仁王を、幸村が呼び止めた。

「もう帰るのかい?急ぎの用事?」
「いや?別に、ただ帰ろうとしただけじゃが・・・なんぞあるんか?」
「うん。一緒にゼリーを食べない?」

幸村がにっこり笑って言った。
その台詞にサッと丸井が反応する。

「そうそう、ゼリー!」
「・・・ゼリー?」
「うん。丸井の試合の時に聞こえてなかったかな。勝ったらゼリーあるよ、って。」

仁王は珍しくも目をまん丸にした。

確かに聞こえてた。
聞こえてたけど。

「あれは丸井の分じゃ・・・」
「皆の分があるよ。さっきメールも来てたんだ。」
「・・・俺のもか?」
「勿論、桑原の分もあるよ。一緒に食べよう。柳もどうだい?春日のお菓子だから、味は保証するよ。」
「嬉しいが、なんだか悪いな。パイの時と言い、貰いっぱなしだ。」
「ふふ。そうだね、春日はこっちがお礼する前にドンドン作ってしまうから。今日みたいな日は、運動後だからって、水分多めのお菓子をいつもくれるんだ。弦一郎もくるよね?」
「む!?いや、俺は、」
「来ないの?」
「む・・・」

違う。
ゼリーは良い。普通に食べたい。

ただ、そうなると絶対千百合に会う事になる。流石に今日まで喧嘩したくはないのだが、それが出来るかが不安なのだ。

「弦一郎が何を考えてるかは、大体分かるよ。だから呼んでるんだ。」
「・・・?」
「春日のお菓子はね。こういう時に、凄く良く助けてくれるから。」

懐かしい。
小学校の時もそうだった。

ノスタルジアを通して真田に微笑む幸村に、真田本人は「?」でいっぱいだが、今は良い。じきに分かる。

「なあ、行こうぜ!ゼリー!」
「ふふふ。焦らなくても、ゼリーは逃げないよ。」
「五十嵐が食っちまうかも知れねえだろい?」
「千百合がさせないよ、そんな事。」

千百合。
その名前に、桑原の頭に今日の試合の時の記憶が過った。

「なあ、聞いても良いか?」
「ん?」
「千百合って、黒崎千百合だよな?うちのクラスの黒崎の。」
「そう。双子の妹だよ。桑原は会った事なかったかい?」
「ああ。じゃあ、もう1人の・・・」
「飛び跳ねてた方が俺のクラスの五十嵐だろい。」
「ふうん。そうか、彼奴が黒崎の妹か・・・」

しみじみ言う桑原。

「・・・千百合がどうかしたかい?」
「ん?あ、いや。少し意外だっただけだ。」
「意外とは、どういう意味だ?」
「ブン太から聞いてたんだ、妹の方はちょっと無愛想だけど、常識あってクールなタイプだって。だから、今日の応援の時、あの状況であんな大声出すと思ってなくてな。」
「ああ、あれな!俺もびっくりした。」

今日の、幸村対佐川の試合。

皆が皆固唾を飲んで見ていた場面で、臆せず静寂を切り裂いた千百合の声援は、全員の耳に響き渡った。

「彼奴ら4人共、なかなか根性座っとるのう。」
「五十嵐もかよ?」
「五十嵐は、あれはあれで言う時がある。」
「そうなのか・・・?」

丸井が柳を懐疑的な目で見ているのを幸村は微笑ましく見守るが、ついつい思考が逸れてしまうのは避けられない。

(・・・千百合。)

自分もあの時、大層吃驚した。

見ていてくれるとは思ってた。
でも、あの状況で千百合が声を出すとは本当に思っていなかった。




『頑張れ!』




(あああ、駄目だ。)

抑えようと思っていたのに、話題に上がってしまった所為でリフレインする。

顔が緩む。
本当に嬉しい。

掛け声とか声援とか苦手な千百合が、あんな人の目を引かざるを得ない状況で、自分の為に応援してくれたのだ。
自分の為にだぞ。
自分の為に。
他の誰でもない、幸村精市の為に。

言っていた通り、1番前で。
誰より近くで見ていてくれた。

「幸村。」
「・・・ん?ああごめん、なんだい柳?」
「言いづらいんだがそういう、まるで黒崎が今此処に居るかのような顔は、見ている方が気恥ずかしいから後にして貰えないか。」
「あれ?俺そんな顔してるかな?」
「「「「してる。」」」」

そうなのか。
困った。
千百合に怒られる。

とか考えてしまう幸村は、やっぱりまだまだ元の顔に戻れない。

「・・・・・・」

それを真田は、黙って見ていた。