「忘れ物はないか?」
「おう。」
柳が鍵を閉めるのを、真田はぼんやりと眺める。
さっきから内心で渦を巻いているのは、千百合の事である。
『なんでそんな喧嘩腰なの!?』
『お互いを認め合えよw』
『千百合っちは頑張ってるよ!やろーとしてるもん!』
分かってる。
分かってるのだ、千百合が一方的に悪いわけじゃない事くらい。
でも嫌だ。
グレーゾーンという奴を認められない、そういう性格をしてるのだ、自分は。
世の中には正しい事というのがあって、それにそぐわない事は全部正しくないんだと思って生きてきたのに、千百合ときたら何時も自分に文句を言う。
そして二言目にはこう言うのだ。
『なんであんたは何時もそうなのよ!』
なんでって、これが自分だからだ。
だからそう言われる度に、自分が折れてしまったら、今迄の自分のやり方を全否定しなければいけないような気がする。
それが嫌だから絶対相手を認めるわけにはいかなくて、その所為で余計喧嘩が絶えないという負のループ。
せめて千百合がもっと素直な性格だったら、と真田は度々思っていた。
幸村や柳や、テニス部以外にしても紫希などと喧嘩にならないのは、皆が素直な性格だからだ。
自分の頭に血が上りそうな時、『うん、そうだね。』『それはそれで正しいと思う』とワンクッション置いてから『でも・・・』と続けてくれる。
千百合もそうしてくれたら良いのにと考えていた真田の心臓は、先日紀伊梨にグサリと射抜かれた。
『それって怠けてない?』
この際、はっきり言おう。
図星を刺された。
お前は相手に変わって貰う事ばかり考えていて、自分では指一本動かさないつもりだろうと言われた気がした。
その通りだと、あの時初めて気づいた。
でも、変わるという事は。
歩み寄るという事は、自分が正しくなかったと認める事に繋がるのではないだろうか。
「・・・・・・」
其処まで深く考えなくても良いだろう・・・と周りの人間なら言いそうな事を、真田はつらつらと考えながら皆の後ろを歩いていた。
「真田の奴、えらく悩んどるようじゃの。」
「あの2人、そんなに仲が悪かったのか?」
「さあ?俺もちょくちょく喧嘩する、ってくらいしか聞いてないだろい。」
「俺のデータでは、真田と黒崎の1日当たりの口喧嘩の平均回数は、凡そ3.27回だ。」
「1日3回・・・」
思わず、という風に桑原がげんなりした声を出した。
「其処までいくともう日課じゃな。」
「飽きないのかねー?」
「多分本人達が1番飽き飽きしてるんだろうけどね。でも、それでもやっちゃうのが友達との喧嘩ってものなんだよ。」
「あー!」
「分かるな・・・」
小学校の頃は、丸井と桑原もそこそこの頻度で喧嘩したものだ。
特に友達になったばかりの頃はお互いのカルチャーギャップに振り回されて、心底どうでも良いような事でわあわあ騒いでいた。
「その口振りからすると、幸村も幼少のみぎりは誰かと喧嘩をしていたのか?」
「そうだね、弦一郎とも何度かはあるけれど・・・自分の事とは違うけれど俺の周りで1番多かったのは、千百合と五十嵐の喧嘩かな。」
「ほう?五十嵐と黒崎?」
「意外じゃな。其処まで喧嘩しとったんか。」
「今はあんなに仲良しだけどね。小さい頃は、会う度にぶつかっていたんだよ。」
お互いにキャラが違う上に、千百合は今より輪をかけて意地張りな所があり、紀伊梨は紀伊梨で自分のやりたい事以外したがらなかった。
おかげで5人で遊ぶようになっても、1日に一度は喧嘩と仲直りをするような日々が2月は続いたのだった。
「毎日かよ!」
「真田より多いだろい。」
「ふふ、そうだね。」
「もう会いたくない、とどちらかが言い出したりはしなかったのか?」
「確かに、毎日喧嘩ならそうなってもおかしくないの。」
「それはなかったよ。2人とも、喧嘩はしていたけど同時にお互いを尊敬していたからね。」
お互いに、自分に無い物を持っている。
それは幼馴染5人がお互い初めて会った時から思っていた事だった。
だから喧嘩になっても、「もう会いたくない」とか、「もう関わりたくない」とかそんな風に思う事はなかった。
かなり矛盾した話だが、紀伊梨も千百合も、喧嘩になっていても「彼奴が別な性格になってくれたら良いのに」なんて思わなかった。
自分に合わせて欲しいんじゃない。
そのままの姿で仲良くなりたくて、でもどうすれば良いのか分からなかった。
「それは、千百合と弦一郎もきっと同じだと思うんだ。だから、俺は悲観は其処までしてないよ。きっといつか、2人とも仲の良い友達になるって信じてる。」
「ほう・・・」
「ただ、同じクラスだからって春日に負担がかかりっぱなしなのは良くないからね。もう少し話をしようかと思っていたけど。」
なかなか良いタイミングで良い機会が来たものだ。
これでもう少し事態が良くなれば良いのだが。
そんな事を考えながら部活動専用のエリアを抜けようとした時だった。
「お前達!帰るのか?」
他部の生徒と話していた、立海ユニフォームの先輩が声をかけてきた。
「・・・む?なんだ?」
「はい、もう帰りますけれど・・・」
そう言うと、先輩は少し斜め下に目線を逸らした。
「・・・幸村、真田、柳。気をつけろ、特に幸村だ。」
「どういう事ですか?」
「・・・囲まれるぞ。」
ああ。
溜息に似たぼやきが全員の口から出た。
これは酷い。
それが今の4人の総意である。
「ねえ、あれ全部出待ちとか言わないわよね。」
「いや出待ちでしょw」
「ひょえーーー、いっぱいだー!」
「捕まってしまいますね・・・」
入口には運動部名物「レギュラー決定後の出待ち集団」が集まっていた。
なんだか暇な生徒が多いように思われるかもしれないが、立海大という中学校は生徒の数が出鱈目に多い。故に全体から見たら一握りの人数だったとしても、集まると結構な人集りになってしまうのだ。
「ゆっきー達出て来れるかなあ?」
「さあwどうやって出てくるかにもよるけどw」
「真田が蹴散らしてくれるんじゃない。」
「でも、女の子相手にあまり強くは言えないんじゃないでしょうか。人数もあれだけ居ますし・・・」
そう言う4人は、人だかりから少し離れたベンチのある場所に固まって居る。
ゼリーを開けるのだから、椅子とかは有った方が有難いし。
本当は出て来たら手でも振って気づいて貰うかと思っていたが、この有様ではそんな事は出来まい。
などと考えていたその時。
「あ、幸村君よ!」
きゃーーっ!と上がる歓声。
それを少し離れた所で見る4人は・・・いや3人は顔を痙攣らせた。
棗だけは笑っていた。
「おおう、すごいー!タレントみたいー!」
「どうしましょう・・・」
途方に暮れる紫希だったが、実際紀伊梨も千百合もどうしたら良いのかと言われると分からなかった。あまりにも数が多すぎる。
厳密に言うと今居る人間全員が幸村目当てではない。しかし出口が一箇所しかないから、テニス部員のファンなら、目当てが誰でも此処に集まるしかないのだ。
だから幸村に用事の無い人も出口から離れるわけにはいかなくて、余計混雑すると言う負のループ。
「おーし、おし。此処はアレで行こうw」
「何よアレって。」
「先ず紫希、お前は千百合にしがみつく。」
「え?」
「は?」
「ほら早く早くー。離さないよー。」
「な、なんだか良く分からないですけど・・・し、失礼します!」
ぎゅう、と千百合に抱き着く紫希。
離すなと言われたので、力は強めに。
「いや、紫希は良いけど、なんなのよあんたは。」
「あ、良いなー!ねーねー、私もぎゅうぎゅうしたいー!」
「あんたは良い、暑苦しい。」
「えええー!?」
「痛くありませんか、千百合ちゃん?」
「全然痛くない。いや、そうじゃなくて、」
「ゼリーは俺が持ってと。良し、紀伊梨仕上げだw」
「なーにー?あ!突っ込んで行けば良いでありますか隊長!」
「違うわwあのねー・・・」
ごにょごにょと何事か話す棗。
千百合は嫌な予感しかしないのだが。
「・・・出来る?」
「おおお!ナイスなっちん!おーし、任しとけい!」
すう、と息を吸う紀伊梨。
まずい、と千百合の心のアラームが急反応する。
「ちょ、」
「ゆっきーーーー!愛しの彼女は此処だぞーーーー!早く迎えに来んかーーー!」
千百合は大真面目に消えたいと思った。
自分達を囲む女子の中でも、紀伊梨の声はそれを全部抑えてしっかりがっちり届いた。
「あっはっはっはっはっは!ははははは!」
「ブン太、笑い過ぎだ・・・」
「くくくく・・・こりゃあ、早う行ってやらんと。」
「流石、ボーカルだ。声量はピカイチだな。」
(千百合・・・)
紀伊梨の声が聞こえた方向。
あっちだ。
あっちに千百合が居る。
自分を待ってる。
「千百合、」
人の波の薄い所を探す幸村の左手を、誰かが掴んだ。
「・・・弦一郎?」
「行くぞ、幸村!」
「急ごう。後に続かないと、此処から抜けるのが5分26秒遅くなってしまう。」
「ピヨ。」
「だーいじょうぶ大丈夫!殿は引き受けてくれるって。ジャッカルが。」
「俺かよ!」
真田が半ば強引に女子生徒の間を抜ける。
手を引かれている幸村がその直ぐ後ろを通り、それに続いて他のメンバーが続く。
お目当の大半は幸村だからと侮るなかれ。
ぐずぐずしていたら、その幸村の情報源として捕まえられてしまう。
お互いを見失わない様に必死になりながら、一同は人波をかき分け始めた。