「あ、残念。呼ばれちゃったね。」
「・・・!」
呼ばれた。
という事はこれからゼリーだ。
まずい、言わないと。
貴方の分のゼリーは別にあるって言わないと。
「行こうか、千百合。」
言わないと。
言わないと。
凄く言いづらいけど、向こうに行ってから皆の前で言う方が嫌だ。
「!・・・千百合?」
幸村は歩き出しかけた足を止めた。
服の裾を千百合が引っ張っている。
「・・・・・・」
「千百合。どうしたの?」
「・・・あ、の、」
「うん?」
再び千百合の側に戻って、少し顔を近づける。
ああ可愛い。
じゃなくて。
「ゆっくりで良いよ。」
「・・・ゼリー。」
「うん。」
「・・・精市の、分、」
「・・・?うん。」
「・・・紫希が作った奴じゃない。」
(・・・・え?え、え、え、)
真っ赤になって片手で顔を隠す千百合。
幸村は言われた事の処理がちょっと追いつかない。
自分の分。は。紫希が作った物ではない。
という事は自分の分はあるにはあるが、それは紫希の手製なわけではないのであって、じゃあ何処から出て来たものなのかというと。
「・・・作ってくれたの?」
僅かに、ほんの僅かに千百合の頭が縦に傾いだ。
「・・・・はあ。」
幸村はうっとり息を吐いた。
どうしてこの子はこんなに自分を喜ばせるのが上手いんだろうか。
「・・・何その溜息は。」
「だって、こうして幸せを逃がさないと、俺はそのうち嬉しすぎてどうにかなるよ。」
「・・・この位の事で。」
「俺にとっては全然「この位」の範囲に収まらないからね。」
幸村は服の裾を引っ張り続ける千百合の右手を、両手でそっと包んだ。
「行こう。」
「・・・ん。」
なかなか来ない2人をちらちらと横目で見ながら、他の面々は適当にベンチに座ったり、或いは立ったまま既にゼリーを食べ始めていた。
「声かけたのに来ないな。」
「何時もの事よw」
「もう1ラブラブしてるんですぜ、桑ちゃんの旦那☆」
「・・・桑ちゃんって俺か?」
「そう!嫌?」
「おまんは人に変なあだ名付けんと気が済まんのか?」
「えー!だって仲良くなるには手っ取り早いじゃーん!」
「ま、それは一理あるだろい。」
「あ!一理あるってこないだ教えて貰った!えーとね、えーとね、」
「・・・・・」
仲良く。
とか言われると、自分もそうした方が良いのだろうか・・・とか思ってしまう辺りが真田の生真面目すぎる所である。
「今真田が黒崎のあだ名を検討している確率、93.7%。」
「なっ・・・」
柳は悟りなのでは無いかと真田は時々思う。
「真田君。」
「・・・春日か。なんだ。」
「さっきのお話の続きなんですけど。すみません、笑ってしまって。」
「ああ・・・」
「でも私、真田君と千百合ちゃんは絶対仲良くなれると思うんです。」
「・・・そうだろうか。」
「だって真田君がさっき言っていた事、千百合ちゃんもこの前仰ってましたもの。仲良くしたいけど、どうしたら良いのかって。」
「・・・!」
驚く真田に、紫希は微笑んだ。
「お互い仲良くなろうと思ってるんですから、きっといつか上手く行きます。ですから、そんなに焦らないで下さい。」
「・・・そういうものか?」
「そういうものだと思いますよ。だって仕事でも義務でもなんでもないんですもの。真田君と千百合ちゃんが心でやろうとしている事ですから、急いでも上手く行きません。」
驚きから戸惑い顔になる真田に、柳も思わずクスと笑ってしまった。
「春日の言う通りだ。真田はもう少し、この件に関してゆったり構えた方が良い。」
「そうか・・・」
「人間同士の事だ。テニスと違って、がむしゃらにやるのが最善とも限らない。」
真田は観念したように息を吐いた。
「・・・・お前達2人がそう言うなら、そうなんだろうな。」
「分かったら食べろ。まだ蓋も開いてないぞ。」
「あ、あの、お嫌なら無理にとは、」
「いや!この事を考えていただけで、別にそういうわけでは、」
「ごめんね、待たせて。」
穏やかな声が割って入って来た。
「何時もの事だよw」
「お疲れ様ゆっきー!」
「有難う、五十嵐。転んでたけど、怪我してないかい?」
「見ていた・・・だと・・・?」
「だーから、お前は挙動が派手なんだよ。クラスでも何処でも。」
にこにこと会話に混じる幸村からスッと離れて、千百合は紫希達の方にそっと近づく。
「・・・幸村君に渡さないんですか?」
「勝手に取ってって言ってある。」
「此処まで来たんですから、渡しても良かったのでは・・・」
「無理。あんな外人な奴にこれ以上何も出来ない。」
紫希は苦笑した。
千百合が「外人」という時は、幸村が外人並みにストレートな表現を連発する時に使う、お決まりの言い回しである。
「そうですか?では、お疲れ様です。ゼリー、千百合ちゃんの分です。」
「ああ。有難う・・・」
「?」
「・・・・・」
千百合は受け取って。
そして真田とゼリーをちろっと見比べた。
「・・・なんだ、言いたい事があるならはっきり言え。」
(だからどうしてそういう言い方になるんだ真田。)
傍らの柳は不思議で仕方がない。
どうしてよりにもよってそういう棘のある言い方をわざわざチョイスするのか。
「あるわよ。」
でもその前に、千百合はゼリーの蓋を開けておく。
「・・・なんだ。」
「・・・精市の事連れてきてくれて有難う。」
真田が手を引いて来てくれたのを、千百合はちゃんと見ていた。
もう紫希辺りが礼は言ったかもしれないけど。
でもきっと、真田は自分の為にも幸村を連れてきてくれたのだと思う。
「それだけ。」
言い終わったら、千百合は蓋を開けてゼリーを一口。
(・・・どうしたら良いんだ、)
何か返事しないと、と思うのだが、今皆で良い空気で居るんだから下手な事は言えないと思うと、真田は言葉選びに苦心してしまう。
「真田っち、食え!」
いつの間にか傍まで来ていた紀伊梨が、真田からサッとゼリーを取り上げて、
半開きの口に一口放り込んだ。
「むぐ、な、何をする五十嵐!」
「美味しいっしょー?」
「美味いとかそういう問題では、」
「美味しくなーい?」
「・・・・美味い。」
美味しい。
確かに美味しいし、何故だか知らないが、
にこにことこっちを眺める紀伊梨の笑顔を見ながらオレンジ味を噛みしめていると、どうも和いでしまう。
「うん!よろしい!」
紀伊梨はそれは満足そうな顔をして、真田にゼリーを返すと元居た場所に戻って行った。
「・・・・」
運動した後のゼリーは美味い。
口の中で味わってから嚥下すると、ゼリーは爽やかな後味を残して喉の奥に溶けて行った。
そして、飲み込んだゼリーと入れ替わりに、スッと出てきた言葉。
「・・・黒崎千百合、先の話だが。」
「うん?」
「礼には及ばない。友人が友人に会いたがったのを、手伝っただけだ。」
不思議だ。
なんだか急に要らない力が抜けた気がする。
原理はよく分からないけれど、今全然喧嘩になる気がしない。
「そう。」
「ああ。」
「でも良いの。結構上級生も居たし、して貰っといてアレだけど、あの抜け出し方は煙たがられるかもしれないわよ。」
本当に真田は不思議でならなかった。
多分さっきこう言われていたら、自分がその位で怯むと思ってるんだろうかと感じただろう。
でも今はなんとなく分かる。
これが千百合なりの心配だ。
「構わん。迷惑なのは向こうの方だからな。」
「まあ迷惑なのは言えてるかもだけど。」
「此方は堂々としていれば良いのだ。譲る義理等無い。」
「そっか。」
なんでもない会話。
ああそうだ。
自分達にはずっとずっと、これが欠けていたのだ。