Aurora festa - 5/7


「けーっきょく何食ってんのか聞けなかったじゃねーかよー!」
「やから、別に何も変わったもんは食うてへんて言うてたやん。」

基本跡部と一緒にいるから、人より良いものは食べてるかもしれないが。という一言を、賢明な忍足は黙っておいた。
この手合いはちょっと食いつきそうな事を言うと、すぐなんでなんで攻撃に移行するからだ。

安音をあしらう忍足の隣で、可憐はビードロズの話をしていた。

「じゃあやっぱり、詩なんて文字の羅列って言うのは・・・」
「十中八九木崎さんです・・・私に対する当てつけだと思います。私も詩を嗜んでいて、時々鳳君に見てもらうので。」
「・・・なんだか、聞けば聞くほどきつい子だなあ。」
「よくぞここまで全方面に隈なく喧嘩を売れますねって感じよ、ね。」

木崎に対して印象がリカバリー出来るような話を全く仕入れられないままに、6人は音楽室に向かう。

「神宮さん、確認やねんけど。」
「はい?」
「木崎さんはほんまに、音楽室にはおらへんねんな?」
「の、筈です。木崎さんは今の時間が担当なので。」
「わかったわ、おおきに。」

「別に居ても良いんじゃねーの?」
「そういうわけにいかないよっ!」
「そうよ、安音ちゃんはよく知らないからそう言えるけど、本当に沸点が低いんだから。友達と楽しくお喋りしてるところを邪魔されたなんて事になったら、どれだけ怒るかわからないわよ?」
「うう、想像しただけでしんどい・・・」

肩をぶるりと震わせる芹沢に、可憐は同情の念を禁じ得ない。
一方の安音は、ふーんそんなもんかねえ、位にしか思ってないけど。

「・・・あっ!ピアノの音だっ!」
「鳳君が弾いてるのかしら?」
「だと思います、この曲を引く予定なので。」
「言うことは、音楽室に居るのんはほぼ確定やな。」
「なあ、その鳳ってのどんな奴?」
「鳳君は、そうね・・・髪が灰色で、目は茶色で、」
「なんだ、白髪か!」
「白髪じゃないの!地毛が灰色なのであって、白髪交じりっていう意味じゃないから!」
「まあまあ・・神宮さん?だっけ?抑えて抑えて。」
「あ、ああ、すみません・・・ごほん。それからそうね、見た目の特徴としては、よく首からクロスを下げてるわ。」
「あっ!そうそう、前会った時も着けてたよっ!」
「クリスチャンなん?」
「っていうわけじゃないらしいです。ただなんとなくあると安心するというか、お守りみたいな物だって言ってました。」

などと言っている間に、とうとう音楽室の前に辿り着いた。

「先ずは詩織ちゃんが行くべきかしらん?」
「せやな。顔見知りが先に入った方がええわ。」
「分かりましーーーー」


「たーーーのもーーーー!」


なんて言って、バアン!と扉をいきなり開ける安音。
中にいた人間が、驚いて振り向く。

ピアノを弾く鳳。
ーーーーと、傍らに立つ木崎。

(・・・居るっ!?)

嘘。
居る。
なんで。

「・・・今、接客中なんじゃ、」

そう呟いた神宮の声を耳に入れて、呆気にとられていた木崎の顔がみるみる歪んでくる。

鳳に僅かに背を向ける位置に居るので鳳から見えていないだろうが、もしこの場に鳳が居なかったら、そこらじゅうにある楽器を全部ぶつけて、邪魔するな消えろと喚いたであろう。そんな顔だった。

「木崎さん?」

いっそ呑気な鳳の声が、音楽室に落ちた。
途端に、ぱっと変わる木崎の嬉しそうな顔。

あんな顔出来るんだ。
可憐と芹沢は、2人同時にそう思った。

「なあに、鳳君っ!」
「もしかして、今当番なの?」
「ううんっ!代わってもらってるから、大丈夫!」
「そうなの?それなら良いんだけど。」

嘘吐きなさいよ。
神宮の口が、声もなく形だけで動いた。

「それで、ええと。ちょっとびっくりしましたけど、皆さんはお揃いで何を?神宮さんに、先輩方に・・・そちらの方と、ええと・・・」
「俺は神崎安音だ!」
「神崎さんだね。どうしたの?何か、用事でも?」
「俺は用事ないけど、そこの男があるって!」
「男ーーー」
「芹沢ってんだ!」
「ちょ、ちょ、ちょっと、」

ぐい、と安音に手を引かれて、前に出てしまう芹沢。

(・・・こ、これどうしたら良いのっ!?止めるべきっ!?)
(いや・・・でも、ええ感じに話動かしてくれとると思うで。)
(確かに。良い悪いはちょっと安易に判断出来ないけれど、木崎さんも鳳君の手前、いつもの調子で癇癪は起こせなさそうだし、ね。)

可憐はーーーいや、可憐に限らず普通の神経をしている人間は、想定外の状況に放り込まれたり、険悪な空気を感じ取ると、一泊おかないと発言や行動に移れない。
しかし安音は違う。
自分のペースで話を進めるから、木崎の癇癪より先にアクションを起こせるのだ。

まあこれは一概に良いこととは言えないが、少なくとも今吉と出ていることには変わりない。

「芹沢さん、ですね?ご用事は何でしょうか?あっ!ひょっとして、俺じゃなくて、木崎さんの方に用事ですか?」
「い、いや良いです帰ります!」
「え?」
「おい、帰るなよ!お前が言ったんだろ、此奴に「わーっ!わーっ!わああああーっ!」

まさか言えない、木崎の目の前で。
木崎のご機嫌を取るにはどうすれば良いか、実際ご機嫌とれてる貴方に聞きに来たんですよ~、なんて。

それに。

「いやもう良い、良いから!」
「なんでだ、よ・・・?」
「良いんだ。もう、良いよ。」

芹沢は真剣な目をして言った。
安音はちょっとハッとして、黙った。

「・・・でも、良いのっ?」
「せやな。結局解決になってへんねやからーーーー」
「それもそうなんだけど、今わかったんだ・・・辛い現実だけど、俺には真似出来ないって。話を聞いても、何も変わらないよ。俺が俺である限り、解決になんてならないんだ。」
「・・・まあ、」
「それはそうかも、ね。」

結局のところ。

木崎の機嫌が鳳にかかると良くなるのは、鳳が何かしているからというより、何かしているのが鳳である、という面が大きいのだ。
例えそっくり同じことをしたって、それが鳳じゃないのなら木崎は喜ばない。
睨み付けて怒鳴りつけて、放っておいてよ邪魔よ消えてよと叫ぶだけでお終い。

芹沢は今、その事がよーーーくわかったのだった。

「帰るよ。皆、有難う。協力してくれたのに、ごめん。」
「で、でもっ!ええとその・・・大元の問題の方は、結局どうするのっ?」
「・・・仕方がないよ。出来るだけ我慢して・・・無理ならもう出ていくさ。」

ぴく、と木崎の指先が僅かに動いた。
誰もそれに気づかなかったが。

「・・・まあ、お前本人がそう言うんやったら。」
「まあ、ね。私達、外野だから。」
「それじゃあ・・・お邪魔しましーーー」

「待って!」

待ったをかけたのは鳳だった。

「え?」
「あの・・・その。事情はよくわかりませんけれど、何か困っているんじゃないですか?」
「いやまあ・・・困ってるけど、」
「それなら、俺に何か協力出来ませんか?もしかしたら何か、お手伝いが出来るかも。」
「ちょっとーーーその、鳳君がそこまでしなくても、」
「でも、困ってる人が目の前に居るのを見過ごせないよ。」

(((ははあー・・・)))

可憐、忍足、網代の3人は、ちょっと感嘆の気持ちで鳳を見た。

成程。
単なる優しい人を通り越した、聖人タイプなのだ彼は。
不幸な人には優しくしましょう、という小さいころの教えを忠実に守り抜いてここまでやってきた人柄。

(典型的なお坊ちゃん育ちやなあ。)
(シビアめの日吉君と仲が良さそうなのがますます意外だよっ。)

「それで、何に困ってるんですか?」
「いや・・・その、あの・・・」
「あ・・・もしかして、ここだと言いにくいですか?それなら・・・「なあなあ!」え?何?」

安音は話に割って入ると、鳳に手招きした。

「ふーん・・・」
「???」
「本当だ、白髪じゃねーな!」
「え!?白髪!?」
「グレーの髪の毛っつったら白髪じゃん?」
「あ、ああ、ロマンスグレーみたいな事?俺は違うよ、髪が灰色なん、だ・・・!」

言うが早いか、安音は自分のそれより少し高い位置にある鳳の頭をガッと掴んで引き寄せた。

「ほーん!なるほどなるほど、へー!」
「ちょ、ちょっと待って!あの、何を、」
「ちょっと、安音ちゃんっ!」
「ーーーーー、何してんのよあんたぁ!」

ドン、と、完全に突き飛ばす目的で、木崎は安音を押して鳳から剥がした。

いやしょうがないよ。これはしょうがないよ、と安音と鳳を除く全員が思った。
芹沢も神宮も、よもやこんな成り行きで木崎に初めて同情することになろうとは思いもよらなかった。

「いってえな、何すんだよ!」
「こっちのセリフよ!何よあんたいきなりこの、その、こんな、」
「何!」
「っ・・・兎に角辞めさいよ!」
「なんで!」
「なんでも!」

「鳳君、大丈夫っ?」
「だ、大丈夫です!ちょっとその、びっくりして・・・」

心臓が止まるかと思った。
育ちが良く人への気遣いを忘れないタイプの鳳は、こんな至近距離で人の顔を見た事など殆ど覚えがなかった。

ああ驚いた。なんとなく気恥ずかしいし。

「おい、鳳!そろそろリハだから・・・って、何これ。」

合唱部の男子が顔を覗かせた。

ああ。
時間切れ。