「ふう・・・・」
鳳は、舞台袖でホッと息を吐いた。
今しがた、合唱部の出番が終わったところだ。
とちらないで弾けて良かった。
「鳳君、有難う!」
「サンキュー鳳、助かったぜ!」
「ううん、こちらこそ。役に立てて、良かったよ。」
にこやかに挨拶をしながら、足は出口の方に向かう。
ちゃんと仕事をこなせると、やはり気分が軽やかだ。
いい感じで残りの時間を過ごせそう・・・なんて思って裏を通り、横の出口から講堂の外に出る。
と。
「そうじゃねーかよ、実際!」
「あああー!言ったわね、言ったわねあんた!もう許さないんだから、お母さんに言いつけてあんたの事を叱ってもr・・・」
「だ、駄目だよ木崎さん!に、神崎・・・さん!」
超揉めている2人に、鳳は慌てて間に入った。
「あ!え、え!?お、鳳、君・・・・」
「んだよ、鳳!邪魔すんな!」
「そういうわけにいかないよ!何があったんだか知らないけれど、喧嘩は良くないよ。落ち着いて・・・」
「俺は落ち着いてるんだよ!こいつがふっかけて来やがるんだ!」
「そうだとしても、何かわけがあるんだよ。木崎さんは、誰彼構わず喧嘩を売ったりするような人じゃない。俺は知ってるんだ。」
「・・・・・・」
木崎は流石に黙った。
多分、木崎に向かってこんな事を言ってくれるのは、学園中見渡しても鳳だけだろう。
いや。
学園中どころか、世界中探したって、或いは。
「・・・木崎さん。」
「えっ!は、はい!」
「神崎さんはこう言ってるけれど、どうなのかな?何が原因なのか、話してくれるかい?」
「・・・・その。」
「うん。」
「だからーーー」
「神崎さん、駄目だよ!人が話している時は、遮っちゃいけない。失礼だよ。」
「う・・・・」
「次にちゃんと話を聞くから。大丈夫、片方の言うことばっかり聞いたりしないよ。・・・それで?ごめんね木崎さん、続けてくれるかな?」
「・・・・あの、私、と、そこの・・・神崎、さん、が。さっきの舞台、見てて・・・」
「あ・・・そうなんだ。見ててくれてたんだね。有難う、でもちょっと恥ずかしいな・・・って!ごめんね、話を逸らしちゃって。続けて?」
「えっと、だから、見終わってーーーあ、演奏は凄く良かった、と、思うわ!ーーーーで、外に出て、鉢合わせて・・・そしたら、」
言いながら木崎は、また腹の底にしまっておいたムカムカが沸き起こってきたのを感じた。
「そいt・・・神崎、さん!が、鳳君の事、悪くいうから・・・」
「え?」
鳳はちょっと目を丸くした。
「・・・俺の事?」
「・・・そう。」
「悪くはねえだろ、本当の事言っただけじゃねえか!」
「ま、待って待って!兎に角もう言い合いはしないで・・・ええと、それで?神崎さんはなんて言ったの?」
「いや、ピアノ得意とか女みてえだなって。」
木崎はまた眉を釣り上げた。
こいつ、本人の前でまたしゃあしゃあと。
「・・・それは確かに、いかにも男らしい趣味とは俺も思わないけど、」
「だろ?だよなあ!ほら!」
「あんたーーー」
「ま、まあまあ!木崎さん!その・・・プロとかの世界なら兎も角、一般的にピアノを嗜んでる人には女の人が多いのは事実だから。俺の通ってるピアノ教室でも、7~8割は女の子だし。」
「ーーーそれ、は、そうかもしれないけど!」
「それに・・・上手く言えないけれど、木崎さんは俺のために怒ってくれたんだね。」
「へ?」
「そうだろう?だって、自分の事は何も言われてないのに・・・それなのに、俺が悪く言われてると思って、それで怒ってくれたんだよね。」
「それは・・・それは、まあ、うん・・・」
「有難う。」
鳳は柔らかな笑顔で言った。
「・・・・!」
「その・・・正直、俺はあんまり男らしい方じゃないと思うんだ。だから、言われたって仕方がない部分もあるだろうと思う。もっともっと、見るからに男らしかったら、ピアノをやっていても男らしくないなんて言われなかったのかな、と思うし。だから俺は気にしてないよ。それよりも、庇ってくれた事の方が、俺は嬉しいよ。有難う。」
丁重に礼を言ってにっこり笑う鳳は、本当に、大真面目に、純粋に100%混じりっ気なしで、心の底から木崎を良い人だと思っている。
勿論、そんな良い人じゃないよと言ってくる人が居るのは事実だし、良くない噂も聞こえてこないわけじゃない。鳳だって、そのくらいは知っている。
でもこういう事がある度に、やっぱり木崎は良い人だと思うし、噂よりも目の前に居る本人をないがしろにするようなもんじゃないな、と思うのだ。
「べ!別にその、そんな・・・私は、鳳君の事悪く言って欲しくなかった、だけで・・・」
「うん、その気持ちが嬉しいんだ。有難う。」
「・・・・・・」
「神崎さん。」
「・・・え、ああ。え、何?」
「そういうわけだから、俺は別に男らしくないって言われたことを否定しないよ。喧嘩になってしまった事は俺から謝るけど、今聞いたと思うけど木崎さんも俺への友情の気持ちで、ちょっと強いことを言い返してしまっただけなんだ。だから、これで手打ちにしてくれないかな?」
「・・・・・・」
男らしくないという発言は、その通りだと受け入れる。
木崎は自分の友達だから、悪く言われたと思ってきつい返しをしてしまっただけ。
謝罪は自分からする。
これで手打ちにして。
うん。
非常に筋が通っている。
安音としては、自分の言った事にはいその通りですと言ってもらったわけだし。
謝ってもらったのに許さないような性格してないし。
「・・・・良いよ。」
「そう、良かった!」
ホッとしたように笑う鳳の顔が、なんだか眩しかった。
「・・・・・・・・・・・」
その日の帰り道。
神崎安音は歩きながら長考していた。
なんだろう。この、胸に去来している何かーーーー強いて言うなら、敗北感が近いようなそれは。
そもそも自分は何も敗北していない筈なのだ。
さっきの喧嘩、確かに引き分けのような感じにはなったけど、主張はちゃんと通ったし。
どっちかというと自分の勝ち、な筈。
そもそも勝ち負け的な問題なのか?という突っ込みは誰もしてくれないけど。
「・・・・・」
ダメだ。
考えても考えてもわからない。
「・・・・あーあ!やめだやめ!」
やめよう。
考えたって仕方がない。出てこないものは出てこない。
きっと昼に模擬店で食べたアメリカンドッグ5本が胸焼けしてるのだ。
そうだ、きっとそうに違いない。
安音は気のせいとして片づけて、またいつもの調子で歩き出した。
やたら鮮明に脳裏に残った鳳の笑顔を、記憶の棚の奥の奥のほうにしまい込んで。