「・・・・・・・・・」
「・・・やられちゃったね。」
伊東は苦笑して、ステージに向かって目を眇める板谷を見た。
「凄いですね。思ってたのの5倍は仕上がってましたよ。」
「うん。どこをとっても申し分ない・・・中学生じゃ、今のところぶっちぎりじゃないかな。」
後続がちょっと可哀想、という伊東の呟きには松岡も同意した。あれの後にやれって、相当の心理的負荷をかけられる。
「ツクヨミってとこも、僕はいい感じだと思ったんですけど。」
「俺もそれは思ったよ。競るならあそことになるだろうし、演奏技術の点だけとって話をするならーーー・・・」
なんて伊東と松岡が話している傍ら、板谷はただステージをじっと見ていた。
演奏は素晴らしかった。文句なく素晴らしかった、それは間違いない。
ただ、板谷は途中から飲まれていたのだ。
ーーーー羨ましい。
どうして自分はこんな所に立ってるんだろう。
どうしてあそこに行けないんだろう。
どうして。どうして。どうして。
・・・今更になって気づくなんて。
「・・・捨てちまったものは、でかかったな。」
本当は捨てたくなんてなかったけど。
でも根が真面目な板谷は自分の振る舞いをして、捨てなかった人間の行動とは言えなかった。
本当に捨てたくなかったのなら、もっとしがみつけてたんじゃないか?心のどこかで、自分も諦めてたんじゃないのか?
心の奥の方にしまい込んで蓋を糊付けして、絶対に見ないようにしていたその感情が、今ビードロズの演奏によって糊を剥がされて心の其処ら中に散らかされてしまった。
もう。もう大学4年なのに。
内定も貰ってるのに。伊東はもう働いてるのに。
いよいよ時間が無くなっていくという今になって、こんな目に遭うなんて。
ステージを睨み続ける板谷に、伊東と松岡は顔を見合わせた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
今板谷が何考えてるのかくらいわかる。長い付き合いだもん。
でもそれに対して、自分たちが何が言えるのか。
伊藤と松岡にはそれがわからなかった。
「やばい・・・・」
「かっこいい・・・やばい・・・・」
その頃謙也と一氏は、正に語彙力を失くした状態となってステージをぼーっと見つめていた。
「ほんまに出来るんか、俺らがあんなん・・・」
「いや、あれは無理やろ。あれは今までの練習あっての事なのであって、俺らみたいなズブの素人がなんぼ気合い入れて練習しても、数か月であれに持っていくんは無理や。」
テニスや漫才と同じ。
上手くなるには時間がいる。その時間が自分たちには足りない。もう半年もしないうちに、文化祭はやってくる。
でも、完成形が見えた。
全くの手探りだった状態から視界が開けて、ゴールが見えた。後は時間の限りそこへ向かって走っていくだけ。それがわかっただけでも収穫は大きい。
が。
それはそれとして。
「・・・バンドのステージ見に来といて、こんなん言うのもなんなんやけど。」
「・・・テニスしたない?」
「したい!わかるで、今めっちゃテニスしたいわ!」
「俺もや!」
これを正しく、触発されたとでも言うのだろう。
同学年の友達が、今まさに花開いてひのき舞台で立派にやっているその姿。
自分も。自分だって。そういう気持ちが心の奥からふつふつと沸いてくる。
「・・・こんなにテニスしたいて思うのんが、そもそも俺は久しぶりかもしれへん。」
「さ、さよか!それはほんまに良かったわ、俺も嬉しいで!」
明るい笑顔の中にホッとした安堵の色が混じっているのを感じて、一氏は苦笑した。
「堪忍な、忍足。ほんまに最近、何や気遣わせてもうて。」
「何言うてんねん、ええんやで!そんなんチームメイトやねんから、当たり前っちゅー話や!な!」
ばしばし背中を叩いてくる謙也。
チームメイト。その単語の響きも実は今の一氏にはちょっと別な意味の響きを持って聞こえているが、それでも気持ちが沈まない程度には一氏は明るくなってきていた。
「よし、ほんなら差し入れ今度こそ渡しに行こか!」
「せやな。どっち居るんやろ、あっち?か?」
「まあ取りあえず行ったらわかるわ!」
立ち止まって考えるのは性に合わない。
謙也は一氏を引っ張って歩き出した。