「うにゅ!うにゅ!うん!はーい!」
紀伊梨は通話を切った。
紫希達4人を抜いた残りで一緒に居たのだが、親から電話がかかってきたため、一時会場を抜けたのだ。
ここはもう本当に入口を数m出たところである。
そしてそんな紀伊梨を遠くから見つけた者が一人。
「・・・ん?あ!おーい!」
「んお?」
「こっちやで、こっち!」
「ん?あ!えーと、えー・・・大阪の人!」
「一氏や、一氏ユウジ!」
「あ、そーだったそーだった、ヒト君!」
「はあ・・・まあええわ、丁度会えたし。ほら。」
「お?」
「差し入れ。皆で食べてや。演奏めっちゃ良かったで!ほんまに有難うな、ええもん見せてもろたわ。」
「あ、やったー!ありがとー!紀伊梨ちゃんお菓子だーいすき!」
一氏はちょっとほっとした。
取り敢えず女の子多いんだし、甘いものやったら間違いないんとちゃうか、なんて忍足と二人で決めたけど、もしかして嫌がられたらどうしようかと思った。
「今度は、俺らの文化祭の方も見に来てや!今日の事をちゃんと覚えて、腕に磨きをかけとくさかい。」
「あ、やったー!うれしー!紀伊梨ちゃん達も大阪行きたーい!」
「ええでええで。案内するわ。」
「よっしゃー!約束だかんねっ!」
「ああ、秋になったらまた連絡するわ・・・っちゅうか。」
「んお?」
「他の奴らはどこ行ったんや?」
「あのねー、紀伊梨ちゃんちょっとおかーさんから電話かかって来ちゃったんだよねー。」
「ああ、それで外出とったんか。まあ、中やかましいもんな。」
「うん!ヒト君は?謙ちゃんどこ行ったの?」
「いや、俺もな。さっき部活の奴からlINEがあってんけど、会場が混んでるさかい、立ち止まってスマホいじっとったら邪魔になるかもと、思っ、って・・・」
「・・・?」
「・・・・・・」
「おーい、ヒトくーん?」
「・・・ごめん五十嵐さん、ちょっと話聞いてくれへんやろか。誰かに話したいねんけど、あんまり近い奴には言いにくうて・・・・」
紀伊梨は勿論、良いよと言った。
「ん。」
「あんがとー!」
紀伊梨は遅れますの連絡を入れてから(勿論自分では忘れていたので、一氏が促してくれた)、一氏と一緒に会場に程近いベンチに座っていた。
相談料のコーラが美味しい。紀伊梨はこういう時、一切の遠慮をしないタイプだ。もらえるものには明るくお礼を言いつつばっちり頂く。
「そいで、お話ってなーにー?」
「・・・・その。」
「うん!」
「・・・五十嵐さんて、好きな奴とか居る?」
「・・・・ほえ?」
「あ!ちゃうねん、俺が五十嵐さんのこと好きやとかそういう話やないねんで!って、それも失礼やけど、えーとそのー・・・まあなんちゅうか・・・誰かを好きて、どういう感じなんやろかっちゅうことを聞きとうてやな・・・」
この話の流れ。
ここまでだと、如何にこの辺の話に明るくない紀伊梨でもわかる。
「ヒト君は好きな子居るのー?」
普段の一氏だったら、その辺が微妙やから聞いてみたいて言うてんねんや!とでも言い返す場面。
でも一氏は俯いた。
「・・・・ようわからへんねん。」
「お?」
「・・・こないだな。俺、同じ部活の奴と自転車で帰っとってんけど、」
そこから一氏はぽつぽつと語りだした。
自転車で二人乗りで帰ったこと。
ハンドルを相手に任せていたこと。
そしたら急にハンドルを激しく切って、二人とも放り出された事など。
「何やってんねん危ないやろ!って俺言うてん。そしたら相手、何て言うたと思う?てんとう虫やで。」
「てんとー虫?」
「てんとう虫が道に居ってんて。轢いてまうから避けなて思うてんて。」
おかしいやろ、と言う一氏の顔は笑っていた。
自嘲の笑みでもなければ、面白がってる笑みでもない。おかしいとか言ってるのに、笑顔から滲み出ているのは優しさだった。
だから。
「もう、二人してげらげら笑ってもうてん。ほんでーーー」
「ヒト君はさー。」
「ん?」
「その子の事好きなんだね!」
「ーーーーーーー!」
紀伊梨に他意はない。
ただ、一氏の笑い方がそうーーー幸村が千百合のことを話すときのそれにそっくりだった。
だから一氏はきっと好きな子の話をしてるんだなと感じたし、そう感じたからそう言った。
何なら、好きな子居るのかよくわからないとさっき言われた事さえ忘れていた。
あまりにも自然に優しく笑っているから、紀伊梨の中でもう、一氏の話においてその自転車の子が好きなんだと言う事は前提レベルの話でしかないと思ったくらいだ。
「そいで?そいで?」
「・・・・・・・」
「続きはー?」
「・・・・俺、やっぱりそいつの事好きなんやろか。」
「ほえ?違うにょ?」
「いやだって!だってやな!いくらなんでもそんなん・・・ないやろ!」
「どして?」
「どうしてってお前・・・その・・・・わからんか!?」
「うん!わかんにゃい!」
「えええええ!?」
これは珍しくも、一氏側に非のあるパターンだった。
一氏は「部活の奴」としか言わない。だから紀伊梨は当然のように、部活の「マネージャー」だと思っていた。
まさか選手側だとは思いもしない。その発想がない。
ただ例え真実を知っていたとしても、紀伊梨がじゃあ辞めときなと言うかと言われるとそれも微妙だが。
だって一氏の目はもう、紀伊梨には見慣れた恋をしている人間のそれでしかないから。
「そうか・・・そうなんか、マジか・・・・ええのんか、それは・・・」
「なんで駄目?あ!もしかしてあれ!?あのー、部活の中の人同士で恋愛禁止ー!みたいな奴!?って事!?」
「え、あ、いや!うちの部活そういうのんは、ない、けど・・・」
けど、もしいざそうなったらどうしたら良いんだろうか。
退部とか言われるのかな。皆遠巻きにしてくるのかな。それこそ大人が何て言うか、とか一瞬考えたが。
(・・・いや、オサムちゃんはOK出すな多分。うん。オサムちゃんそういうところあるし・・・なんやったら、最初に一心同体少女隊作戦を言うてきたんはオサムちゃんの方やし・・・)
そう考えると、一氏の体は俄かに軽さを感じるようになってきた。
なんか、顧問は良いって言ってくれる気がするし。
顧問が良いって言うなら、部員も受け入れざるを得ない気がするし。
というか、改めて考えてみたら同じ部員の「男」を好きになったとカミングアウトした所で、遠巻きにするような奴はうちの部には居ないような気がする。皆良い奴だもん。
「・・・・ええ、かな。ええか。ええか、別に!好きでおっても!」
「うん!良いよ良いよ!」
知らないというのもあって、実に力強く良いよ良いよとか言っちゃう紀伊梨。
何が良いんだよと突っ込んでくれる人も居ない・・・というかそれ以前に、一氏本人がスッキリした&勢いづいている。
最早誰も止められない。
恋に目覚めた中学生男子はもう、向かうところ敵なし。
「うん・・・五十嵐さん、ほんまにおおきにな!俺なんや、目が覚めたような気がするわ。っちゅうか、何て言うんやろ、こう・・・」
「お?すっきりしやしたかっ!」
「せや!すっきりしたわ、ほんまに!」
こうなってしまうと、なんであんなに頑なに認めるのを拒んでいたんだろうとさえ思う。灯台下暗しとはこの事か。
「ああ・・・何か、あれやなあ。」
「んお?」
「世界が今までと違うてみえるわ・・・恋ってええもんやねんな。」
「・・・・・・・」
全てが色鮮やかにきらきら輝いて見えるなんて、漫画やなんかでよくある大げさな表現に過ぎないと思っていたけど、こうして現実になってみるとわかる。
あれは本当だったのだ。自分が知らなかっただけの話。
今まで閉じていた人生の新しい扉を開いた一氏を、紀伊梨は羨望と尊敬を以て眺めた。
良いなあ。
楽しそうだなあ。
こういう事があるとやはり、恋って楽しいものなんだなと紀伊梨は思うというか、裏付けが取れたみたいな感じがする。
そして、未だに自分には訪れないことに対して良いなあ羨ましいなあと思うのだ。
楽しいことは好きだ。だから自分も味わってみたい。
ただそれだけのシンプルな願いが叶えられない事は、紀伊梨にとって数少ない慢性的な不満の種であった。
皆口を揃えて、いずれわかるよ、必ずそういう日が来るよと言うが、結局未だにそういう日とやらは紀伊梨に訪れない。
いつまで待てば良いんだろう。
隣の紀伊梨がもう何度も抱いた疑問を内心で呟いている事など知らないで、一氏は目を輝かせ続ける。