「はーあ、つっかれた。」
千百合は両手をぶらぶらさせながら言った。
紫希が抜け、棗も抜け、紀伊梨も電話で居なくなると、元々面倒がりの上に疲れている千百合は動きたくなくなる。
なので一同は今、会場の人のいない一角で停止して誰か戻るのを待っていた。
「一曲しか弾いとらんではないか。」
「その一曲が消耗すんのが本番なんだよ。」
「まあ、その辺りはテニスと同じだね。俺達も、部内で練習試合するのと大会での試合は疲労感が違うから。」
なんて軽い会話をしている所に、近づいてくる男が居るのに最初に気づいたのは柳だった。
「・・・おい。」
「ん?」
「あれは誰かの知り合いか?」
「私知らない。あんたらの知り合い?」
「俺は知らんぜよ。」
「私も存じません。」
「スタッフの人でもなさそうだね。Yシャツ姿だし。」
まさか外回りの営業のサラリーマンが仕事さぼりにふらっと寄ったとかそういうわけでもなし。
何なんだろうと思って見ていると、男はスタスタとこっちに来て立ち止まった。
「こんにちは。皆で居る所ごめんね、ビードロズの・・・あれ?」
「あー。ビードロズの、って話だったらちょっと。今人散っちゃってて居ないんで。」
「そうなのか・・・参ったな、すぐ戻ってくる?」
「か、どうかもちょっと。」
「そう・・・まあ良いや。もしかしたら話の途中で戻ってくるかもしれないしね。はい。」
「?」
男は名刺を出した。
「関根晶・・・Angels、プロダクション。」
「む?どこかで聞いた覚えがあるな。」
「先月の七夕だ。イベントに行ったときに歌っていた女子高生アイドルの所属事務所だ。」
「神無月亜佐美が居ったところじゃな。」
仁王は特によくよく覚えている。あの濃くて宣伝が下手なマネージャーとセットで。
多分丸井と紫希も覚えているだろう。
一方の関根は、内心で「げえ」と呟いていた。
はっきり言って、亜佐美は売れてない。そして、売れてないアイドルが所属しているという点を知られていると困るのだ。イメージダウンになりこそすれ、アップには絶対なるまい。
「よ、よく知っているね。そうそう、そうなんだよ。僕はそこのチーフマネージャーをやっているんだ。」
「チーフ?」
「ああ、ええと・・・取りまとめ役って感じで。」
マネージャー。
の、取りまとめ役。
「・・・こういった言い方は不躾ですが、それなりに上の役職という事になるんでしょうか?」
「ああ・・・まあ、うちは役員が殆ど居ないプロダクションだから。実質、No.2的な位置かな?」
「へえ・・・・で?」
「え?」
「用件は何ですか?」
関根は息を吸った。
ここが正念場だ。
「単刀直入に言おう。」
「はあ。」
「君達をうちのプロダクションにスカウトさせて欲しいんだ。」
「スカウト・・・」
「マジかよw」
口に手を当てて驚く紫希や棗と正反対に、紀伊梨は俄然目を輝かせている。
「やったーーーー!」
「いやでもまあ、断ったわよ。」
「えー!?なんでー!?」
「いやだから、私らは別にバンドで食っていけるようになる気はないんだってば。」
「えー!そんなこと言わないでさー、一緒にデビューしよーよー!」
「不服そうですね。」
「まあ、五十嵐からしてみたら全員纏めてデビューは一番の好条件じゃろうな。」
「しかし、それはあくまで五十嵐の都合ではないのか?」
「そうだよ。だから千百合は断ってるんだ。アイドル志望なのはあくまで五十嵐であって、ビードロズじゃないからね。」
「でも・・・なんていうか、こう、面と向かって言われるとな・・・ちょっと・・・」
「もったいねえんじゃねえ?って感じもするよなー。」
「まあ、その当たりは心理戦の面もある。人間というのは、ただで手に入るはずのものが無くなるのを惜しいと思うものだからな。」
「マジ?そういうテク?」
「まあ、あっちがわかっていてそういう真似をしているのかは別だが。」
わあわあと、スカウトに来た当事者の自分そっちのけで盛り上がる中学生達に、関根は複雑な溜息を吐いた。
もうこの際はっきり言おう。
関根は、一も二もなく飛びついて来ると信じて疑わなかったのだ。
はっきり言って、中学生の段階でプロダクションのオファーとか、喉から手が出るほど欲しい学生は山と居る。まして普通の中学生なら兎も角、音楽を志していてこんな場にまで出てきているグループなら尚更だ。
だから、スカウトはOKして貰えるとして話はその後ーーー大人の説得をどうするかが悩ましいところだと踏んでいたら、まさかのお断り。
少なくとも4人の内の一人は。
「・・・・・・・あの、因みに。」
「「「「はい?」」」」
「スカウト、OKの人は?」
「はーいっ!」
びし!と良い返事の紀伊梨。
「・・・NOの人は?」
「「「はい。」」」
「3人ともなの!?なんで!?」
「なんでと言われましてもw」
「だから私らそういうつもりじゃないんだって。」
「それにあの・・・・もし芸能界に入ったりしたら、バンドの基本活動方針に反しそうでというか・・・」
「基本活動方針?」
「うちは「楽しくやろう」が唯一にして絶対のルールなの。芸能界でそれが出来るわけ?」
「出来るよ!ね!」
「え、いや・・・」
「え、出来ないの!?」
「そりゃ出来ないよw普通は出来ないよw」
「えー!」
「実際の所はどうなのだ?やはり出来んのか?」
「そうだね、まあ・・・現実の話をするなら、やっぱり人気と知名度によりけりかな。スカウトされている立場だから、他の人よりは多少融通が効くかもしれないけど。」
「しかし、それを差し引いてもビードロズは現時点では「良く出来た中学生バンド」以上でも以下でもない。金を作れるような存在ではない以上、仕事を選ぶ余地はない。」
「ふむ・・・まあ労働とはそういうものだな。少々意に沿わない事があったとしても、都度断っていてはどうにもなるまい。」
「それこそ金の生る木になれば、話も変わってくるんじゃろうがの。」
「いや、そんなのなれる保証もないのに・・・よしんばなれるとしても、大分時間がかかるだろ。」
「まあな。しかも、4人のうち3人やる気がないってなると尚更だろい。」
「抜きつ抜かれつの世界ですからねえ。気が乗らないなどと言ってる場合でもないでしょうね。」
そんな状態でデビュー候補生になっても、絶対デビューなんか出来っこない。
紀伊梨以外の3人はそれを冷静に考えるだけの頭があった。
それは徒に時間を食い潰すだけに終わるだろうという事も。
関根は内心で焦り始めた。
どうしよう。
中学生のくせに勢いに身を任せないなんて予想外。
(くっそ・・・でも、逃すのは惜しい!天下を取れるポテンシャルがあるのに!社長が居てくれたら・・・って!いやいや、何考えてるんだ!社長には頼れないんだ、俺が一人でやらないと!)
取りあえずだ。
今一番最悪なのは、社長の安形に見つけられる事。
ビードロズがスカウトを蹴ったという事実を知られる事だ。
それならスカウト失敗しても、元々声なんてかけてなかった体を繕える方がまだ良い。
自分が怠け者と思われるのはまだしも、ビードロズ側にその気がないと知られるのが一番辛い。
何せ社長はさっきーーーー
「関根。」
(おああああああ・・・・・!)
神よ、我を守りたまえ。
「お前、こんなところで何を・・・お?」
Angelsプロダクション社長、安形一と、立海一同はこの時初めて面と向かって顔を合わせた。
そしてお互いを指さす。
「ビードロズーーーー「プールに居たセクハラのおっちゃんだーーー!」
辺りに居た全員が振り向いたのは言うまでもない。