First RAINBOW FESTA:You are not - 2/6


Angelsプロダクションの2人が去り。
本当はフェスの終わりまでステージを見て過ごす予定だったのだが、ちょっと考えたいと紀伊梨が言い出して、一同は今散会していた。

紫希は紀伊梨の傍で待とうという結論を出したが、それはそれとしてお茶が欲しいと思い、今屋台の辺りをうろついていた。

「ええと・・・」
「まだ先?」
「はい、もう少しあっちです。」
「しかし、暑いな・・・」
「今の時分は、一番気温が高い時間帯ですからね。」

屋外フェスのデメリットだが、特に夏とか冬とかそういう時は、どうしても観客のムードが気温に左右されがち。おかげでステージ前は今、流石にちょっと暑くて辛いと思う観客が掃けて、若干人が減っていた。
それを横目に見つつ、紫希達は歩く。

「あ、ありました・・・」
「え、お茶・・・ってあれか?」
「お茶じゃん?」
「いや、お茶だけど・・・」
「これはまた、こういうところでは変わった趣向ですね。」

紫希が目指していたのは、今日の露店で唯一の「本格的なちゃんとした紅茶」を売っていた。屋台というより、販売用ワゴン車である。
色んなフレーバーが抽出されて辺りには良い紅茶の香りが漂い、それがプラスチックカップに氷と共に入れられて売られている。

そこそこ人が並んでいて待つことになりそうで、桑原はこういう場でも意外に需要あるんだなあ・・・などと思ったりした。

「すげえ紅茶の匂い、カフェでもねえのに。」
「きちんと淹れると、紅茶はやはり段違いに濃い香りになりますね。」
「・・・春日は、そんなに紅茶飲みたかったのか?」
「そうですね、ちょっと興味はありましたけど・・・紀伊梨ちゃんに飲んで欲しくって。」
「五十嵐?」
「はい。飲んで欲しいというか、正確に言うとおやつをお腹に入れて欲しいんです。お昼以来、何にも食べてないので・・・お菓子はもう、頂いた差し入れがありますから。」

今は15時近い。
ライブの後でもあるし、いつもなら確実に紀伊梨はお腹空いた空いたおやつ食べたいと言ってる時間帯だ。
でもそうはならないのは、空腹の事が頭から吹っ飛んでいるのが半分。
それから、空腹が気にならないーーー俗にいう、食べる気分じゃないという状態になっているのが半分だと紫希は踏んでいた。

だから何か香りの強いものが欲しかった。
それによって食欲を突かないといけないと思った。
そして考えた末に一番よかろうと思ったのが、差し入れのフルーツゼリーと焼き菓子と良く合って、ペットボトル飲料なんかより断然香りの強いここの紅茶だったのだ。

「そういうわけでしたか。」
「おやつで励ましか・・・まあ五十嵐にはぴったりだろうな。」
「ううん、励まし・・・励ましと言うか・・・」
「励ましじゃねえの?」
「励ますためっていう気持ちはあんまりないです。起こすためって言えば良いんでしょうか・・・なんというか、今の紀伊梨ちゃんは、多分ガソリンが切れてるんです。疲れてお腹が空いているのに、さっきの話に気を取られてそれに気づいてないんだと思って・・・逆に、特に励まさなくても紀伊梨ちゃんはエネルギーがあれば、自分で考えて結論が出せると思うんです。」
「そお?」
「ふふふっ。出来ますよ、紀伊梨ちゃんはしっかりしてますから。今はちょっと、お腹も空いていて疲れている所にあんな事を言われたので、考えが下を向いてしまってるだけだと思います。」

だから逆に、考えが上向きに・・・いつもの紀伊梨の調子で物を考えれば、きっと紀伊梨は程なく結論を出すだろう。
勿論相談に乗る用意はあるが、相談に乗るまでいくまいというのが紫希の見立て。

大丈夫。
ここでぽっきり折れるほど、紀伊梨は弱くもないし不真面目に音楽もやってない。

残り3人は、そうかなあ・・・・な心境にどうしてもなってしまうのだが。

「次の方、どうぞー。」

「注文決めとく?そろそろ順番だろい。」
「そうですね。では、私はアイスのダージリンを。」
「ええと・・・よくわからないし、俺もそれにしとく。」
「おや、桑原君は明るくないのですか?よろしければ説明いたしますが。」
「い、いや良い!」
「なんで?教えてもらったら良いじゃん?」
「いや本当に、悪いけど興味があんまりなくて覚えられないから・・・」

注文を決める友人を前に、今後ろに誰も居ないのも相まって紫希はおおいに悩んでいた。
紀伊梨の分はアールグレイにしようと思う。お菓子を進めるのなら、フレーバーがくっついているよりこっちのが良い。
ただ、それはそれとして自分の分はどうしよう。

(暑くって食欲が湧いてきませんし、私はお菓子は今要らないのでフレーバーティーでも・・・でも、フレーバーも沢山あるんですよね・・・オレンジ、アップル、カモミールにジンジャー、ああ、選べない・・・・!)

選択肢が多すぎて逆に困る、の典型例。
それでもどうにか頭の中で急いで絞る。

(ハイビスカスか、アプリコット・・・ハイビスカスの方が珍しそうですから、そっちにしましょう。)

「お次のお客様どうぞー。」
「アイスのダージリンを2つ。と・・・」
「春日さんはどうなされますか?五十嵐さんの分はお決まりで?」
「あ・・・ええと、紀伊梨ちゃんにアールグレイで。と、自分用にハイビスカスを・・・」

あ。
と小さい小さい、声未満みたいな声が後ろから聞こえた気がした。

「え?」
「あ、いや。別に。」
「ブン太はどうするんだ?」
「ああ俺、アプリコット。」

(あ。)

それ、欲しかったやつ。
と思うと、連鎖的に「ちょっとだけ貰えないかな」と内心で過ってしまうのはもうしょうがない。

(い、いえダメですよ!丸井君が買ったんですから、それをくれなんてそんな事は・・・)

不思議な話だが、自分が持っているものをくれと言われても全然なんとも思わないのに、自分がくれと言う側に回ると急にすごくダメなことをしようとしているような気がする。
はしたないというか、迷惑だみたいな。
人に対してはそんな事感じないのに。

さりとて開き直ってくれと言える性格もしていないので、紫希はすぐその考えを振り払った。

「お待たせいたしましたー。」
「どうも・・・なんていうか本当に、香りが強いな。」
「美味しそうですね。こんな所でこんな良いアイスティーが飲めるとは思いもよりませんでしたよ。」

桑原と柳生が受け取り、アールグレイです、の声で紫希が片手を出すと、本当に良いアールグレイの香りが広がって紫希は嬉しくなった。
うん。これなら紀伊梨も飲む気になってくれると思う。

「と・・・ハイビスカスでーす。」
「はい、有難うございます・・・わ、」

赤いそれを受け取ると、ふわっと甘い香りがした。

「それ、香りは甘いですけど味はちょっと酸っぱい系統なんで気を付けて下さいね。」
「え、あ、はい!」

そうなんだ。
それはそれでちょっと面白いというか、ますます興味をそそられる。酸っぱいのは好きな方だし。

どうも、と言って丸井に順番を移る瞬間、アプリコットの香りがした。

ああ、やっぱりあっちも美味しそう。

(もし次があったら、今度はアプリコットの方にしましょう・・・・)

しかしそれはそれとして、別にハイビスカスだって欲しくて選んだのだから、これはこれで満足である。
日に照らされた赤くて冷たい綺麗なそれを一口飲むと、冷たさと、それから店員の男性の言ったとおりに、酸味が口に広がった。

「なあ。」
「え?」
「それどんな感じ?」

丸井に話しかけてこられると、アプリコットの香りが一緒についてくる。
自分も今ハイビスカスの香り連れてるのかな、と思うとなんだか意味もなく楽しい。

「酸っぱいですよ。でも、そんな尖った酸っぱさじゃないので飲みやすいです。それと・・・多分ハイビスカス以外にも何か混ざってます。ほんのり甘くて、それも好きな感じです。」
「へえ、美味そうじゃん!ちょっと貰って良い?」
「はい、どうぞ。ええと・・・」

紫希は今、両手が塞がっている。
本当は自分の分のストローを引き抜いて渡したいのだが、引き抜く手が無い。
やりたくないが、丸井に頼むより他に仕方がない。

しかし、頼む前に丸井の空いていた手は紫希の右手からハイビスカスティーをそのまま取った。

「あ・・・」
「え?何?・・・あ。ああ。」

どうしたんだろうと丸井は一瞬思ったが、目線がストローに行ったのを見て、何が言いたいのか悟った。

悟ったが。

「ダメ?」
「え?」
「気になるんならそうするけど。」

ダメかどうか。
その聞き方だと、色々弊害がありそうなのは気のせいか。

「いえその・・・私がダメというよりも、丸井君が、」
「じゃあいっか。俺気にしねえし。」

ここで例えばそれこそそこにいる桑原・柳生辺りなら、ダメと思っていても言い出せない事もあろうと、先んじてストローを取ってくれたりなどするだろう。
でも、丸井は違う。
ダメって言ってないんだから良いじゃん、で行動する。

もっともこれは性格故が7割で、残りの部分は信頼である。
ダメじゃないと口で言っておきながら内心で不快に思ってる、みたいな建前は紫希はすまい、という信頼。

遠慮なく自分の髪の色そっくりなハイビスカスティーを飲むと、丸井の口の中はアプリコットからハイビスカスにさっと変わる。

「美味い!」
「ふふっ!良かったです。」
「酸っぱいけど、何か珍しい酸っぱさだな。」
「そうですね。ハーブティーなので、フルーツの酸っぱさとはちょっと違いますよね。」
「そうそう、夏に良い感じじゃん?暑いと酸っぱいのが美味いし。」

紫希にハイビスカスティーを返しつつ、丸井はちょっと声量を下げて実はさ、と続けた。

「俺、こっちもすげえ飲みたかった。」
「え?」
「アプリコットとどっちにしようか、直前まで迷ってたんだよな。俺が「あ」って言ったの聞こえてただろい?」
「あ・・・ああ、あの声って、そういう意味の・・・」
「そ。目の前でお前が頼んだから、じゃあ俺こっちにしようと思って。」

サンキュ♪なんて言って明るく笑う丸井を、紫希は今どう受け止めたら良いのかよくわからない。
同じ気持だったんだという不思議な感慨はあるけど、この場合「同じ気持ち」なのってどうなんだろう。同じもので迷ってた部分まではわあ偶然だすごーい、で良いけど、ちょっとくれと思っている所が一緒なのは良いんだろうか。
でも今しがたくれと言われたばっかりだし、逆を返してもはしたないとか意地汚いとか思われる事はない。だろうか。多分。

「でも、お前も言ってたよな?」
「え?」
「あ、って。」
「え、」

何を返す前に、丸井は笑顔で・・・ただの笑顔じゃなくて、悪戯が上手くいった時のような笑顔で、今度は自分のアプリコットティーを紫希に差し出した。

「どうぞ?」
「い、いえ!そんな、」
「欲しかったんだろい?」
「いえ、う、」
「要らねえ?」
「う・・・いえ、でも・・・・」
「逆にこの場合断られると、ちょっと寂しいんだけど。」
「え?」
「同じの飲みたかったんだなー、って嬉しかったのは俺だけなわけ?」

もしこの場に千百合辺りが居たら狡い性格してる、とか言っただろう。
狡いとまでは言わないけど、紫希は一部は同意したい。

だってさあ。
それを言われてしまったら、言われた方はもう白旗を掲げるしかないのであってさ。

「・・・・そ、れは、私もそうです、けど・・・」
「おし!んじゃあ、今度こそはい。」

はい、と言ってずい、と差し出されるストロー。

「・・・あの。」
「ん?」
「申し訳ないんですけれど、こっちを持って頂けませんか・・・」

今紫希は両手が塞がっているから、一度片手が空いている丸井にどっちか持って貰わないと、新しく受け取ることが出来ない。
しかしおずおずと頼み込むと、丸井は一瞬目をパチクリさせた後、んー・・・と考えるような声を出した。

「・・・やだ。」
「ええええ!?」
「持たなくても飲めるじゃん?ほら、このまま。」
「いえ、いや、いや、あの、」

流石にそれはあまりにもあんまり。
ストローそのままで飲むのも恥ずかしいのに、手ずからなんてそんなそんな。無理。

「はい。」
「いえ、ですからこれを、」
「良いじゃん?これで。」
「良くないから言ってるんでーーー」
「ブン太。」

ひょい、と紫希の右手からドリンクを取り上げるのは桑原。
その隣で、柳生が苦笑としか呼べない顔をしている。

「丸井君、その辺りにしませんと。黒崎さんにまた叱られても知りませんよ?」
「そもそも、何で俺が彼奴に文句言われねえといけないわけ?」
「わからないのかよ・・・・」
「わかんねえよ。彼奴が何か最近、今?みたいなタイミングで俺にイラつくのは知ってっけどさ。」
「我々からしてみますと、今も何も。」
「今しかねえよ、って感じだよな・・・・」
「????」

わからん、な顔をしている丸井。
だが紫希も、この件については実際よくわかっていない。
丸井と仲良くしてると紀伊梨は寂しいからと騒いでいるが、千百合が同じ理由で騒ぐというのは考えにくいのだ。

「まあ別に良いけどよ。はい。」
「どうも・・・」

今度こそやっとアプリコットを受け取って、一口。
ああ。

「美味しい・・・有難うございます、美味しいです。」
「美味いよな、甘くて。」
「はい。濃い甘さですけど、口の中でべたべたしませんね。」
「混ぜたらまた味変わるぜ。こーやって、こうして・・・」

「ああやってすぐ春日さんの意識を持って行くのも、眉を顰(ひそ)められるポイントなんでしょうね。」
「悪気はないんだけどな、本当に・・・」

だからこそ余計に腹を立てられているのだと、丸井は気が付かない。