First RAINBOW FESTA:You are not - 3/6


「おーおーおー。」

千百合と幸村、それに棗は、紀伊梨に秘密裏に安形を再度捕まえていた。

「何だ?まさかスカウト急に受ける気になったのか?」
「違う。」
「にべもねえなー。じゃあ何なんだ?」
「聞き逃した事があるんです。」
「ほお?」
「もしも・・・・」


・・・もしも五十嵐が恋を知る日が来たら、その時こそ五十嵐をAngelsプロダクションに入れていただけますか?」


紀伊梨は目の前で夢への扉が閉ざされていく事にパニックになり、初歩的な事に気づいていない。
閉められた扉は、決して開かずのそれではない。
恋を知らないから駄目だというのなら、裏を返すと知る事が出来れば話は変わってくるという事だ。

安形は3人の顔をじっと見つめ。

そしてやがて、ふっと微笑んだ。

「良いよ。願ったり叶ったりだ、恋を歌えるようになった五十嵐紀伊梨を入れられるんならな。」

千百合達は逆にびっくりして顔を見合わせた。

「なんだそのびっくり顔は。聞いてきといて。」
「いやぶっちゃけ、その気が仮にあったとしてもそうは言わないだろうと思ってw」
「要は内定的な事でしょ?これって。」
「わからんぞ?大人は口約束を破るのが大得意だからなあ。」
「他の人はどうか知りませんが、貴方はそういう事をするタイプだとは思えません。これは勘ですが。」
「へえ?君は勘を当てにするタイプか?」
「時と場合によりけりですが、少なくとも今は。」
「・・・・そ。」
「行き当たりばったりに見えますか?」
「いいや?俺も結構勘で物を進めるタイプだよ、仲間だな。」

言いながら安形は何かをーーー名刺を懐から出した。

「俺がこれを渡すのも勘だ。」
「勘ってこの場合何がよ。」

「君達は五十嵐紀伊梨に俺の内定を伝えないだろ。」

当たりだった。
これはあくまで紀伊梨が乗り越えなければいけない問題だと3人は(多分紫希もそう思っているだろうからおそらく4人なのだが)思っているから、ゴールするまでゴールした後のことは教えない。

目でyesと返答する3人に、安形はまた微笑んだ。

「じゃあ、またな。少なくとも来年、またここで会おうぜ。」

ひらんひらんと振られた手は、それの持ち主の掴めなさを表しているようだった。






「・・・・・」
「千百合、お茶を買ってきたから・・・千百合?」
「ああ・・・ありがと。」

安形と別れた後、更に千百合と幸村は棗と別れ、今は2人。
今演奏中のグループの観客の群れの、その最後尾でぼんやりとステージを見ていた。

「考え事かい?」
「うんまあ。そんな感じ。」
「五十嵐の事?」
「が、半分。」
「半分?」
「うん。」
「もう半分は?」
「・・・・ちょっと。」

千百合は言うのを一瞬躊躇った。
これは取りようによっては、とんでもない上から目線になってしまうが。

「何か不思議だなって。」
「不思議?」
「私、なんで今この状態でこうしてるんだろってふっと思っちゃってさ。」
「・・・・?」
「ほら、紀伊梨がさ。」

千百合はお茶のペットボトルのキャップを開けながら話す。
こういう自分でも纏まらない時は、不思議と何もしないより何かはしていた方が考えやすい。

「要は彼奴、初恋がまだなわけでしょ?」
「ああ、そうだね。」
「でも私、昔はどっちかっていうとそうなるのは私だとずっと思ってて。」
「・・・自分が初恋を知らないままずっと育つだろう、と思ってた?って事で良いのかな。」
「そう。」

自慢じゃないが、自分と紀伊梨を並べて「初恋」という響きがどっちに似合うかと言われたら、そりゃあぶっちぎりで皆紀伊梨を選ぶだろうと思う。
そもそも自分が誰かを好きになるとか、恋をして恋をされてとか、そういう甘い響きは自分の人生に似つかわしくないと思っていた。

卑屈になっているわけじゃない。ただ似合わないというか、そもそも興味がない。
今だって、別に興味が特別あるかと言われたら無いし。

ただ。

「ノーミスクリア出来なかったのは痛かったな・・・」
「え?ミス?恋愛のミス、って事?」
「あ、ごめん。演奏の話で。」
「ああ、演奏の。ミスなんてしてたんだね。聞いてる分には、全然わからなかったけど。」
「ああまあ、本人しかわからないとは思うよ。せいぜい分かるとしたら、一緒のステージの演者くらいだろうし。」
「そう。そういうものなんだね。」

幸村はそう言うと、少し気づかわし気に眉を顰めた。

「千百合、ひょっとして自分を責めていないかい?」
「へ?」
「自分の演奏のせいで、ビードロズが軽く見られたというか・・・引いては五十嵐が軽く見られたみたいな風に思っていない?」
「いや、そういう意味じゃない、全然。」

千百合はばっさりと言った。

「そもそも、演奏のミスがなんたらみたいな話をするんだったら、私以上に紀伊梨の方がミスりまくりだし。」
「そうなんだ。話が恋の話から急に演奏の話になったから、何か関わりのある事なのかと思って。」
「・・・・・・・・うん。」

本当は、ある。
幸村が知らないだけだ。

本当は今日の演奏でノーミスでステージを終えられたらキスを強請るつもりだったと聞いたら、どんな顔をするんだろうか。
なんて想像出来るのは、もうミスして終えてしまったからだ。絶対言わないと心に決めているからこそ、余裕もできるというもの。

結局のところ、千百合は今でも恋愛に興味がない。
人のそれにも興味がないし、スキャンダルにも興味がない。別に一生独身で生きて行けって言われても平気の平左。

幸村の事が好きなだけ。
ただそれだけ。

だから幸村がこの世に居なかったら、自分だって紀伊梨と並んで「初恋まだ」組に入っていたと思う。
それに、別に誰かと付き合うような事もなかっただろう。もしかしたら数人は自分のことを好きという物好きが現れるかもしれないが、千百合がその男を好きになれる気がするかというと、全然しない。

幸村だから好きになれたし、付き合う気になれたし、今もこうしていられるし、これからもこうして居たいと思う。
幸村精市という男がただ特別なだけ。

「・・・ところで千百合、」
「そうそう、こないだの謝罪の件だけど、また今度にしてくれない。」
「え?だけどフェスの日が良いって、」
「そのつもりだったんだけど、今日演奏でミスったから。」
「・・・それとこれと、何か関係があるのかい?」
「ある。私的には。」
「そう。千百合がそう言うんだったら、じゃあ後日にするよ。ええと・・・それなら、全国の後。ああそうだ、なんなら全国決勝の日でも、」
「え、嫌。」
「嫌?」
「嫌。」

全国の決勝の後に(要らない)謝罪してキスをしろと詰め寄るって、流石の千百合でもちょっとどころかかなりどうかと思う。
しかし、幸村は幸村で言い分があり。

「俺としては、一刻も早くちゃんとした謝罪がしたいんだけれど。」
「そもそもそれが要らないんだって。」
「そういうわけにいかないよ。」

えー・・・と千百合は小さくこぼした。

千百合としては自分に悪いと思っているのであればこそ、さっさと忘れて暴力が云々の認識を改めて欲しいのだが。
ただまあ、それを口で言うには口下手な千百合には今荷が重い。時間がない的な意味で。

しかし、幸村の方とてそれに思い至らないわけではない。
今回被害を受けたのが千百合の方だと思っているのならその千百合の言うことに従うのが筋ではあると思いつつ、幸村の生来の性格はそれを決して許さない。

正直な事を言おう。
千百合が自分に甘い、という認識が幸村にはちゃんとある。

それに対して嬉しく思いつつ、でも「千百合はどうせ自分を許すから」みたいな思想で調子に乗るような真似はしたくない。
絶対したくない。そんな、人の愛情に対して足元見るような真似は嫌。

だからこういう事はなあなあで流してはいけない、と幸村は鉄の様に固い意志で以て思っているのだ。
きちんとしないと。一つ一つ、きちんとしたい。

だから千百合がどんなに要求してきても、ちゃんと謝って話し合えるまで幸村はこの件を流さないつもりでいた。
し、誰からどういう説得を受けてもーーー例えその説得に当たるのが千百合本人でも、絶対そこは曲げるまい曲がるまいと幸村は思っている。

そんな幸村の顔を・・・正確に言うと目を見て、千百合はややげんなりした顔をした。

「・・・・・・・」
「千百合?」
「精市が今みたいな目つきしてる時って、何かに対して絶対絶対死んでも譲るもんかって思ってる時よね。」
「ふふ。ごめんね、でもこれだけはね。俺の原点に関わるから。」
「・・・・・・・」

今の言葉を聞いて、千百合はふと思い出した事がある。
思い出したといっても忘れていたものが蘇ったとかそういう事ではなく、普段意識に上らない疑問がふと浮いてくるという類のもの。

幸村と付き合いだして丸3年。
今4年目。

そもそも幸村が何故自分を好きになったのか、千百合は未だに知らないままである。