ビードロズが帰路に着く1時間半も前。可憐は一人、帰りの電車に揺られていた。
「・・・・・・・」
タタン、タタン。
タタン、タタン。
規則的な音を立てて走る車内は、混んでは居るがぎっちりという程ではない。
可憐だって立ってはいるけど、隣にも前後にも人は居ない。
「・・・・・・」
無言で流れていく景色を見ようとしているが、何故か今日は矢鱈に、窓に映る自分の姿に目が行ってしまう。
ああ。
酷い顔だ。
「・・・はい、もしもし?あの、すみません今電車で・・・え!?」
近くの座席に座っていたサラリーマンのおじさんが、慌てた様子で立ち上がった。
「ちょ、ちょっと待って下さい!その件はそうされるとですね・・・ええと、すみません、すみませんね、すみません、」
他の乗客に謝りながら、どこかへ立ち去る。多分、車両間の連結の所にでも行くのだろう。
その姿を見て、ふいに自分もスマホの存在に思い至り、手を伸ばし・・・
「・・・・・」
辞めた。
触るのが、怖かった。
「・・・・・!」
思わず目をぎゅっとつぶった。
何も見たくない。
聞きたくない。
考えたくない。
でも、ずっとこうしては居られない。
ビードロズに本当に悪いと思いつつ、こんな事なら外出なんてしなければ良かったとさえ思ってしまい、そんな事を思う自分に更に嫌気がさす。
『次は~××。××です、お降りのお客様は、お忘れ物のないように、前の方に続いてーーーー』
早く家に帰りたいのに、足が重い。
ただでさえ疲れていて足が重いのに、気分も重いせいで更に動きは鈍い。
どうにかぼーっとして、降りるべき駅を乗り過ごすことは免れたけどーーー
「・・・・・っ、」
こういう時に限って、開けたくもない記憶の引き出しが開く。
入学式の日は忍足と一緒に寝過ごしたなあ、なんて。
あの時はまさか、こんな夏になるなんて思ってもなかったのに。
(・・・ううん、違う。違うんだ、きっと・・・)
こんな風になるなんて考えたことない、じゃない。
考えてこなかったから、こんな風になったんだ。
もう、何もかもが遅すぎる。
今の自分の足取りと同じように遅い。
今更。
今更になって、なんでこんな。
もう万事休すじゃないか。
今までずっとやってこれてたのは、見ない・知らない・考えないふりをしてたーーーそれが許されるというか、出来る状況だったから、というそれだけの話だったのだということに、可憐は今ようやく気づいた。
こんな風に目の前に置かれて直視せざるを得なくなったら、もう御覧の有様だ。
一体自分は今まで何していたんだろう。
時間はあったとか、こうなる前に出来ることがとかそれ以前に、自分で自分の首を絞めまくっていたのに今までそれを辞められなかったというのが、何よりも馬鹿だと思う。
ああでも。でも。だって。
自分の首を絞めていたって言うけどさ、それを辞めるって事は、それはもう認めるって事なんだ。
だから絞め続けていたんだ。そう出来るって事が、自分が気にしてない何よりの証拠になるから。
でも、そうしていたらいつか本当にもうこれ以上絞められないっていう限界の日が来る。
もっとさっさと、その事に気が付かなければいけなかったんだ。
なのにーーー
「あ・・・・」
可憐は落ち込むと、ドジをしなくなる。
だから、普段だったらしそうなミスーーー行きがけにコインロッカーに入れた荷物を忘れる、という事態を今回は回避した。
してしまった。
「・・・・・・」
荷物を取りつつも、鼻の奥が痛くなってきた。
改めて帰路をもう一度歩むけど、視界は滲んでくる。
今までずっとそうだったし、今日もそうだった。
いつだって自分は忍足に助けて貰いまくりの寄りかかりまくりで、それはどういう事かというと、それだけ忍足はずっと可憐の近くに居てくれていたのだ。
でも、それは最早風前の灯。
その日々は今正に、いや仮に今じゃなくてもほぼ確実に近いうちに、手放さざるを得なくなるだろう。
その資格は失われるのだ。
助けてもらう資格じゃない、一緒にいる資格の方。
忍足は優しいから、なるべくいつも通りで居ようとはしてくれるだろう。
でもそういう問題じゃない。そういう物理的な話じゃなくて、心理的な話だ。そうなってしまった上で今まで通りにしてもらったって、それは今まで通りじゃない。
だって、だって自分はーーーー
「あれっ?おねーちゃん?」
「・・・美梨・・・」
丁度家の門扉で鉢合わせた妹は、いつも通りの明るい調子で話しかけてきた。
「おねーちゃんお帰り!」
「・・・・・・」
「美梨ね、今ちょっとコンビニ行ってきたとこだったの。丁度良かった、皆の分アイス・・・お姉ちゃん?」
「え・・・・・」
「・・・どうしたの?フェスで何かあったの?」
「何か・・・・」
「あっ!もしかして、誰か意地悪な人が居たの?嫌なことされたり、言われたりとかみたいな?」
そうじゃないよ。
という気持ちと、そうだよ、という気持ちが同時に湧いてきて、そこが限界だった。
「・・・・うあ、あああああ・・・・!」
「え!」
「うえ・・・うう・・・ああああん・・・うう、う、うああああん・・・・」
「ちょ、ちょっと待って!お家入ろ!おかーさーん!おかーさん、お姉ちゃんがー!」
何かあったのって?意地悪な人が居たのって?
何かはあったよ。
でも意地悪なのは私なの。
友達の幸せを喜べないばかりか、今まで散々味方ですみたいな顔してきて、結局今一人で急にぐちゃぐちゃになっている。私はそんな迷惑な女なの。
何が協力だ。
何が味方だ。
何が今後迷惑にならないように離れるだ。
全部全部、結局出来ないくせに、出来るようなふりばっかりして。
(私、私、)
可憐は今日一日でわかった事が2つある。
氷帝に入学してから、自分は少しは変わったと思っていたけど、今でも結局一人じゃ何も出来ないちっぽけなドジだということ。
それから。
思っていたよりずっとずっと、忍足侑士が好きだということ。