First national convention:Player of S3 - 2/6


さて、D2は結局結果としては6-1で立海が勝利を納め。
D1も6-1で勝利し、試合はあっという間にS3にもつれ込んだ。

「じゃあ柳、行ってくるけれど・・・」
「ああ。再三言うが、幸村は特別なことは何もしなくていい。いつもと変わりないプレイをしていてくれ。」
「分かった。じゃあそうするよ。」

そう言って、幸村は愛用のラケットを携えコートに出た。

「ゆっきーきたー!頑張れゆっきー!」
「幸村君、頑張ってください!」
「ファイトーw」

観客席は、まさかのタイミングで幸村が出てきたことにまた湧いた。

もう中学生テニス選手権大会も大詰め。
最初こそ幸村精市?誰?みたいな人間も沢山居たが、ここまで来るともうそんな者の方が少ない。

昨年にも増して強さと鋭さに磨きがかかる、関東の王者立海大。
そこのレギュラー陣に食い込むどころか、3年生を押しのけてSの座に据えられている1年生達。
それらの頂点に立つS1が定位置となっている少年。
それが幸村精市。

神の子だわ、と観客席の誰かが溜息混じりに言った。

それはあまりに正しい。
大柄とは呼べない体躯ながら、夏の日差しというスポットを浴びてコートに燦然と立つその姿は、正しく神の子と呼ぶに相応しかった。

そして、ある意味立海側がとても気にしている相手。
磯切側のS3の少年ーー犬養元己だが。

「犬養、一応聞くけど。」
「あ”?」
「棄権しないな?」
「はあああ?誰に何言ってんだ、するわけねえだろーがぶわぁーーーか!」

「棄権しないんだ・・・」

ぽそ・・・と呟いた控え選手に、犬養はぐりんと顔を向けた。

「なんで!俺が!棄権しねえといけねえんだよ!」
「いやだって、ほら、負けるし、」
「負けるって誰が決めたんだ!?ああ”!?お前と一緒にするんじゃねえ!」
「犬養、もうその辺にしとけって!ほら、あっちのベンチから見えるから!」
「それが何だ!」

その通りだった。
この一連のやり取り、全て立海ベンチからも見えている。
そして、見ながら喜んでいた。

何を隠そう。
今回の全国で立海が一番悩んでいるのは、幸村の相手であった。

まあ端的に言うと、もし幸村に試合させてやろうと思っても、試合になった端から軒並み棄権される場合がもしかしたらあるかもしれないからだ。
普通はそんな事にはならないのだが、もうそういうレベルの話まで来ているというのが部長の佐川の見解であった。

だから今回の試合、S3が犬養少年であった事は立海にとって僥倖であった。

短気でカッとなりやすく、煽りに弱い。
プライドが高く、棄権なんか絶対にしないであろうタイプの人間。
彼なら、少なくとも「試合してくれませんでした」という事になる確率は極めて低い。
例えゲームが進んで不利になってきてもだ。


「両校、礼!」


「お願いします。」
「はいはい。」


幸村は定位置に向かいつつ、なかなかの態度の悪さだな、と内心で呟いた。
しかし。

(柳の話じゃ、確か彼はラフプレイにいかにも走りそうで、その実そうはしてこないらしい・・・)

そうなのだ。
実は犬養は、素行は荒いがプレイは荒くないらしい。
寧ろ堅実で、突く隙を作ってこないタイプとの事。

まあ、そこも含めてとても良い相手らしいのだが。


「プレイ!」


「フッ!」

(早い!)

挙動が早い。
トスを直ぐに上げて、直ぐに打つ。

「・・・・ハッ!」

「ふん!」

「ッ!」


「15-0!」


幸村のリターンがコートに入った。
犬養はそれを見て、舌打ちを一つ。

「おい!」
「はい。」
「今の、俺にサービスエースを取られなかったことは褒めてやるよ。」

言いたいことは幸村にも分かる。

犬養のサーブは早い。
スピードサーブが武器・・・というより、サーブに限らず球に速度を乗せるのが得意なのだろう。
それで今まで色んな人間からサービスエースを取ってきたに違いなかった。

ただ。

「さっきに限りません。」
「あ”?」
「俺は、貴方にサービスエースを一度でも取られるとは思っていませんので。」
「こ!・・・・っのやろう・・・・!」

幸村は基本的に、笑うというと優しさや嬉しさが滲んでいるかのような穏やかな笑顔でにっこりしているが、テニスの時ーーー今みたいな時だけは違う。

口元は笑っているが、目に好戦的な光が宿っている。
正に不敵な笑みという表現がはまる。

やれるものならやってみればいいという、相手の闘争心を引き出すようなどこか余裕を湛えた笑み。
相手は幸村にこの顔で笑いかけられると、その表情を絶望で塗り替えてやるといういきり立つような感情で頭がいっぱいになり、気づかなくなるのだ。
自分の頭が、知らぬ間に冷静さを欠いていることに。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「~~~~~~!幸村君、かっこい~~~~!」

「あの目つきたまんないーーーー!普段と全然違う、やばい・・・・!」

「どうしよどうしよ、えー、テニスの時はあんなに男らしいの!?ねえやばくない!?」

「いやあ、すっかりテニスと関係ない話題が囁かれるようになっちゃってw出世したもんねw」
「うにゅ?え?なんでテニスと関係ないと出世なの?」
「あはは・・・まあまあ、女性の観客の方は増えましたよね。」

まあ土台に幸村のテニスの実力があってこそとはいえ、戦犯は主に月間プロテニスを始めとするメディアであろう。
インタビューに受け答えする、甘いマスクの幸村の写真はページを割いてでかでかと掲載される事も多く。
世のテニス女子達はきゃあこの人かっこいい何これ、と思ってこうして見に来て、実際の本人のかっこよさに更にときめき。
そして試合を見て、試合の時にしかしないあの珍しくも好戦的な表情を見て、もうノックダウンされる。

「特にあの手のS顔はなあw女子の好みでしょうなあw」
「えす顔・・・?」
「え、ええとですね・・・・」

「・・・・・・・」

千百合はとても居た堪れない。
こういう時、恋人というポジションの人間は真面目に振舞が難しいと思う。

恋人がモテるという事が単純に自慢に思う気持ちも勿論あるけれど、反面恋人の座をじろじろ狙われるのも面白くないというのも本当。
自分の彼氏なんだぞ。一応。他の誰でもないんだぞ。本当だぞ。
何故こうなってるのか未だに自分で良く分かってないとはいえ。

(・・・まあ良いや、今は見よ。)




なんて試合に集中しなおす千百合だが、当の幸村は最初から集中を切らすことなく試合に向かい続けている。

(さて・・・相手はスピードに自信あり、か。)

それなら。

「・・・・はっ!」

幸村のサーブは、犬養程とは言わないが、それでも並み以上のスピードでコートに落ちる。

「ウラア!!」

(これが拾えるのか。)

「ふっ!」

「クッ!」

「はあっ!」

「オラ!」

幸村は仕掛けない。
ラリーを続ける。
そして犬養も仕掛けない。

いや。
正確に言うと、これが犬養のテニスなのか、と幸村は考え始めた。

(・・・なるほど。まるで長剣で突き刺してくるようだね。)

早い。
そして、鋭い。
突いてくるポイントがいちいち冷静。

おら、とかうら、とか荒っぽい掛け声を出しちゃいるが、プレイそのものに雑さは全く見られない。

そして特徴がもう一つ。
攻撃がーーーというか、ショットの軌道が直線的。

(曲がるショットよりも、当然だけれど真っすぐコートに落ちてくるショットの方が、滞空時間は短い。これをスピードテニスと組み合わせて、速さにブーストをかけているんだ。)

そして。

「・・・・ふ!」

「させるか!」

幸村のドロップボレーに、犬養はダッシュで追いついた。
通常、自分が攻め一辺倒のテニスでゲームしていると、ちょっと試合慣れしていないものは相手が搦め手に出ると狼狽えて姿勢を崩す。
自分が自分に振りまわされてしまう、という現象が起こるのだが、犬養はそれをしない。
怒っていても、それに対応しうる程度には冷静である。

さて。
この現状を踏まえて、どうするかだ。

(・・・ラリーを続けてミスを誘う、という手もそう悪いわけじゃないけれど。)

いや、でも。
それは最善手とはいえない。

では、この場合幸村が考える最善手とは何か。


ーーーー奇襲だ。
相手が思っていない方向から、致命傷を全力で食らわせる。


「フン!」

「はっ!」

「オラ!・・・・!?」

「おい!彼奴前へ出たぞ!」

(馬鹿が!)

居るのだ。
こういう時、前に出てくる者。

大抵の場合スピード特化選手を相手取る時は、後ろに下がるものだ。
そりゃあそうだ、打たれた直後が一番早いのだから。
少しでも距離を取った方が、僅かではあるがボールは遅くなり、そしてスポーツの世界ではその僅かの差が明暗を分けるもの。

しかし、そこで逆手にとって前に出てくる者ーーーという相手にだって、犬養は何度も相手をしてきた。

(驚かせようってか、この俺を!1年坊主の浅知恵だぜ!)

大方びっくりした所を叩くーーーという奇襲戦法だったのだろうが、残念だがその奇襲は無意味。というか、成り立たないのだ。

(何故ならーーー)

「ウラ!」


ドカ!


とボールの音がした。

「ふう・・・・」

犬養はラリーが中断し、ラケットを下ろした。

今の奇襲というやつは、「奇襲にならない」奇襲なのだ。
奇襲というのは文字通り奇をてらって襲う行為なのであって、それはつまりーーー攻撃が通る事が前提なのである。

つまりこの場合、前に出ただけでは奇襲とは呼べない。そこから「犬養のショットを打ち返す」という行為が出来て、始めて攻撃したーーー奇襲できた、という事になるわけである。

長剣を携えた騎士の後ろを取れたとしても、後ろに位置取れる代わりに装備を取り上げられ丸腰になっているようでは、剣を持った相手には結局攻撃が出来ないので意味がない。

まあその事に気づかないでやっちゃうのが1年生なんだなあ・・・なんて、笑みさえ浮かべながら最初の位置に戻るべく踵を返そうとした犬養。

その耳に聞こえた、コール。


「30-0!」


「・・・・!?」

カッと見開く目。

何だと。
今自分がポイントを取ったから、15-15の筈だ。

どうして幸村にポイントが重なっているんだ、どうしてーーーーそう思った犬養の視野に。

ふと。
黄色い、丸が。

「・・・・・!」

ボールが。
自分側のコートに。

「・・・おい、いつだ!?いつ打ち返した!?」
「先ほどです。」
「俺が打った筈だ!その後にコートに落ちた音が聞こえただろ!」
「そちらが打った直後に打ち返しましたよ。俺はネット際に居ましたので、そちらの打ったショットを即打ち返すこともさほど難しくありません。」

犬養は奥歯が潰れるのではないかというくらい歯をきつく食いしばった。

難しくない?
スピードテニスをする自分のスピードボールをボレーで瞬時に返球しておいて、難しくないだと?

「馬鹿にしてんじゃねえぞ!」
「こちらの台詞です。」
「はあ!?」
「貴方は俺を舐めています。最後までボールの行方を確認しなかった。自分のショットが決まったに違いないとーーー転じて、俺が返せるわけがないと高を括っていたから目を離したんです。馬鹿にしているのはそちらでは。」

犬養は今度こそネットを飛び越えて掴みかかりそうになった。

犬養にとって、今の自分の振舞は馬鹿にしているというより当然であった。
3年の自分のスピードボールに1年生はついてこれなくて「当たり前」なのだ。

何を対等ぶっていやがるんだ1年坊主のくせにーーーーーと考えた所で、犬養はある事を思い出した。

「・・・・・・・」
「・・・・?」

何を言い返すでもなく、ふいと踵を返して位置に戻った犬養に、幸村は自分も戻りつつ怪訝な思いを抱いた。

今の会話の流れ、絶対に何かは言い返してくると思ったのに。

(何か、別の事を考え始めたのかな。)

対策とか、或いは他の事かもしれないが、兎に角目に諦めの色はまだなかった。