「一回戦。相手は八幡北学園だ。」
跡部が一同を前に、オーダー票を翳しながら言った。
「オーダーを発表する。D2、牧野。庄司。D1・・・」
(オーダーが変わってる・・・・)
皆と合流して跡部の話を聞いていた可憐は、少し視線を下げた。
こういう風に聞きなれないオーダーを聞くと、本当に入れ替えられたんだという気持ちが強くなる。
もう負けられない。
もう二度と。
此処は全国。
前回みたいに何回戦まで進めれば次のステージへは行ける、みたいな救済もなければ、巻き返しの機会ももうない。
走り抜けるしかない。
一番上までだ。
「・・・以上。他に連絡は特にない。各自、何が現状で必要なのか考えてベストを尽くせ。以上!」
「「「「「「「はい!」」」」」」
わっと解散する一同の中、網代が可憐に近づいてきて、可憐は正直「来た。」と思ってしまった。
忍足と並んで、どう対応したらいいかーーー出来るかわからない人物である。
でも今はそれなりに普通に振る舞う自信はあった。
少なくとも、あからさまにおかしいと思われない程度には。
「可憐ちゃん、おはよう。」
「・・・おはよう、茉奈花ちゃんっ!あの、私ーーー」
「ああ待って、先にちょっと話があるの。こっちに来てくれる?」
「・・・わ、かった。」
一瞬、全てを見透かされた上で何事か言われるのかと思ったが、その考えはすぐ打消した。
まさかエスパーでもあるまいし、それにもしも網代が全てを知っていたとしても、今この場でそんな事は言うまい。全国真っ只中なのに。
となると考えられることは一つ。
お𠮟りだ。
そりゃあそうだ。
全国直前にいきなり抜けて、準備も打ち合わせもしないで。
恋愛云々おいておいて、一部員としての不甲斐なさから可憐は自分が情けなくなった。
「さて、と。ここら辺が良いかしらね。」
「・・・・・」
「それでね可憐ちゃん、話なんだけどーーー」
「ごめんなさいっ!」
可憐はガバッ!と頭を下げた。
網代は。
目をパチクリした。
「・・・あの、私どうして謝られてるの、かな?」
「えっ?」
「ん?」
「・・・私、昨日いきなり神奈川へ行っちゃったから・・・」
「・・・あはっ!もしかして、それで怒られると思ったの?あははははは!やーねえ、違うわよそんな事でわざわざ呼び出して叱ったりしないわよ!」
「そ、そうなのっ!?」
「そもそも、そういうつもりなら部長様が言っておいてくれれば良かったのよ!もー、跡部君って妙なところで事後承諾だから困るわ。」
確かに可憐は今回の神奈川行きでとてもとても助かったが、そもそもの話をするならば跡部は可憐にも誰にも言わないで、ただ勝手に便宜を図ってその通りにさせただけ、とも言える。
流石にこれだけ世話になりまくっておいて跡部のせいとは可憐はとても言えないが。
「そうじゃなくて、ね。侑士君から聞いたんだけれど、可憐ちゃん今日は他校の人に道案内をしてもらったんでしょう?」
「うんっ。」
「その人の特徴が、水色のジャージで金髪ミディアムの男子部員だったって聞いてるんだけど、あってるかしら。」
「うんっ!・・・え、もしかしてあの人、何かあるのっ?」
「ううん・・・実はね、大きな声で言えないんだけれど。」
網代は最後にもう一度辺りを見まわした。
「・・・多分、彼は獅子楽中1年生の橘君だと思うわ。」
「橘君っ?」
「そう。でね、彼はラフプレイが大の得意・・・というか、ラフプレイを厭わないスタイルのテニスなのよね。」
「え、」
「偏見があるのを承知で言うけれど、そういうプレイヤーはテニスを離れた場面でもなかなか荒っぽい事が多いから、ちょっと心配だったの。大丈夫だった?何か喧嘩に巻き込まれたりしなかったかしら?」
「し、してないよしてないっ!すごく親切だったよっ!」
「そう?なら良かったわ。」
「・・・でも、本当に優しそうな人だったんだけどなあっ。何か信じられないよ・・・」
「そう、ね。実際、橘君は人に喧嘩を売るタイプじゃない、みたいな事は聞こえてくるわ。」
「あっ!やっぱりーーー」
「ただ反面、売られた喧嘩は買うタイプ、っていうのも聞いてるわ。」
「あ、そ、そうなんだね・・・」
そうなのか、信じられないなあ・・・なんて思う可憐だが、この手の事に詳しい網代がそう言ってるのなら、まあおそらく間違いない。
「まあでも、杞憂だったなら良かったのよ。ごめんね、呼び出しなんて仰々しい事しちゃって。でもどこで誰が聞いてるかわからないし、それこそ本人にうっかり聞かれて揉めても困るし、ね。」
「ううんっ!それは全然っ!でも、そっかあ・・・」
良い人だと思ったのだが。
いや、良い人であるという面も間違いなく橘の一面であろう。ただそれ以外の面もある、という話だ。
さっき別れたばかりの親切だった橘と、聞いた話のギャップの処理に忙しい可憐は、網代が何かを含んだ目で可憐を見ている事に気が付かない。