さて八幡北学園。
此処について可憐が知ってる事というと、関西の枠の中で滋賀の学校というくらい。
後めぼしい選手が何人か。
「可憐ちゃん。」
「あ、忍足君っ。なあにっ?」
「悪いねんけど、あっちのオーダーもう出てるやろか?」
「?出てるけど・・・はいっ。」
「おおきに。」
「・・・・?」
忍足は、あまり相手のオーダーを気にしない。
というより、気にはしてるけれど普通程度にしかしていない。
こんな風にわざわざマネージャーに紙での確認を要求してくるなんて、今まで公式試合のみならず、練習試合でもなかった事だった。
「どうしたのっ?誰か、気になる選手でも居るっ?」
「ああ・・・まあ、選手が気になるていうより、俺が一方的に気にしてんねんけど。」
「え?」
それはつまり、あちら側の選手が注目に値する目立つ選手という事ではなくて、忍足の方で勝手に気にしている、という事である。
誰をどう気にしているのか気になるところではあるが、忍足自身はオーダーを見ながら何かを考えているらしく、聞いて集中を乱すのは躊躇われた。
(・・・茉奈花ちゃんなら知ってるのかな。)
それでなくても網代は他校の事などについて詳しいが、網代なら「忍足だからきっとこういう理由でこの人を気にしているのだろう」的な事にも詳しいと思う。
こういう事を考えるとーーーまあそもそも考えてしまうのが未だに自分の思いに馴染み切れてない証拠みたいなものだがーーーまた苦しい気分になるが、しょうがない。
慣れていかないと。
これからずっと日にち薬が効くまでこれが続くのだから。
と思ったのだが。
「知らないっ?」
「ええ。今回の八幡北はまあ確かに強いんだけれど、そんなに目立つオーダーでもなければ、侑士君が気にするような人も出てないわ。」
一体何を気にしてたのかしら、ね。という網代も、オーダー表を見て不思議そうにしている。
「聞いたの?誰がどういう理由で気になるのか。」
「ううんっ。何か、邪魔しちゃ悪いかなと思ってっ。」
「そう。侑士君も言ってくれれば、こっちから何か言いようもあるのに、ね。」
「・・・・・・」
「・・・?なあに、可憐ちゃん。」
「・・・あの、茉奈花ちゃんにこれを聞くっていうのも変な話かなって思うんだけどっ。」
「?」
「・・・八幡北って、どう?勝てそうかなっ?」
今まで可憐は、こんな事こんなに真剣に気にした事がなかった。
ある意味今まで、地区予選の前が一番緊張のピークだったかもしれない。
でも圧倒的な強さで周りを蹴散らしていく我が部を見て、段々心理的に緩んできていた・・・まあ有体に言うと、勝って当たり前と心のどこかで思うようになっていたのだ。
それが関東大会決勝でコテンパンに負かされた結果、今度は逆方向に振り切れてしまった。
それ負けるぞ、ほれ負けるぞ、と内心でいつも誰かの声が聞こえてくるような、強い負けのイメージがこびりついてしまって仕方がないのだ。
これが忍足の言う、所謂「負け慣れていない」状態なんだろうかと自覚しつつ、どうしたら気にならなくなるのかも分からず。
網代はそんな可憐に、非常に複雑そうな表情を浮かべた。
「勝ち続けて来たのが仇になっちゃったわ、ね。」
「え?」
「先ず質問の方なんだけれど、まあはっきり言って私は勝てると踏んでるわ。それに跡部君も、ね。勿論他にも沢山居るわよ、同意見の人達が。」
「あ、そうなんーーー」
「ただ。」
「え?」
「勝てると踏んでるにしろ負けると見込んでるにしろ、一体何人が冷静にいつもの調子で見通しを立てられてるのか?って事なのよ。」
はっきり言って、今は皆浮足立っている。
本当の意味で冷静な者など、下手すると跡部と芥川くらいしか居ないんじゃないだろうかと網代は思っているくらいだ。
氷帝学園はあの決勝で立海に敗れるまで、あまりにも快勝を続け過ぎた。
勝って勝って勝ちまくって、そしていきなり惨敗の方向に吹っ飛んでしまったせいで、楽観バイアスがかかりまくりの者も居るし、逆に悲観的になりすぎてどうしようも無い者も居る。
それなりの勝ちも負けも積み重ねてきた筈の先輩陣でさえ、跡部のリーダーシップに実力を底上げされてきたおかげでというかーーーある意味ではそのせいで、今冷静さを欠いている。
「可憐ちゃん、今負けるかもしれない、って思ったんじゃない?だから私に聞いてきたのよね?」
「うん・・・」
「でも、それって八幡北だけの事を考えてるんじゃないわよね?私も含めて皆そうだけど、まだ立海に引きずられてるんだわ、私達。」
「・・・・・」
「『立海に負けたから八幡北にも負けるかも』『八幡北は立海じゃないから勝てるはず』、私達皆今そんな事ばっかり考えてる。相手が立海かどうかを判断基準にしちゃってるのよ、ね。」
網代の意見はごもっともである。
もしも、だ。
もしも関東大会で氷帝が立海を落としていたら、可憐は八幡北という学校に対して、負けるかどうかなんてこんなに真剣に考えなかったと思う。
これでは本当に八幡北に対して検討を重ねている、とは言いづらいのだ。
「・・・そっか、私、自覚がないままパニックになっちゃってたんだ・・・」
「それは仕方の無い事だし、良いのよ。自覚はパニック解除の第一歩だし、ね。ただ、そういう意味では今回の初戦はちょっと読めないわ。」
「そっか・・・あ、でも跡部君が、」
「それもダメなのよ。」
「!そ、そっか、跡部君を当てにし過ぎると、」
「そういう意味じゃないのよ。勿論それも大切だけど、跡部君が言ってたのは、ね。『普段通りに出来れば勝てるだろう』だったのよ。」
「・・・!普段通り・・・・」
「選手が果たして普段の調子を取り戻せているか?って言われると困るわね。特に入れ替わりたてのD4人とS3は・・・」
元々氷帝学園は榊の指導方針の元、入れ替わり制ではあったが、此処最近勝ちっぱなしだったせいで現3年生はほぼ初めて入れ替わりを体験しているのである。
誰だってあんな風に負けたくないしレギュラー落ちしたくない。
入れ替わり制だって頭では分かっていても、話にそれを聞いているのといざいよいよ身にそれが迫っているのとではわけが違う。
初戦、対八幡北学園。
強敵ーーーというより、こっちが勝手に強敵に仕立て上げるような事になってしまっている事を、可憐は初めて知ったのだった。