「今日はなんだか、やけに首を振っておいでですね。」
「ん?誰が・・・ああ、あの人また来てるのか・・・」
「あの人って誰?」
「ほら、あそこの。座ってるだろ、彼奴らの後ろに・・・」
「ああ!初日も居たマスクの。」
別に郁とて前とまるっきり同じ服を着ているわけではないが、一番目立つ麦わら帽+グラサン+マスクのセットの部分はまるで同じなので、初日も居た人ねと特定されるのはあまりにも簡単だった。
「何目的なんかは知らんが、目立ちたいのかそうでないのかようわからんの。」
「タレントとかモデルとかなんじゃねえの?顔見られたくねえとか、日焼けしたくねえとか。」
「それにしてはちょっとなんか・・・雰囲気が変っていうか・・・」
「確かにモデルさんであれば、もう少し堂々としていらっしゃっても良いような気がしますが。」
なんだかやたらにきょろきょろしてるかと思いきや、ピタッと止まってボーっとしてる風だったり。
かと思いきや急に首をブンブンと振ったり。よくわからないが。
「俺はどっちかっちゅうと、あそこまでしろとは言わんがあっちが軽装な方が気になるナリ。」
「五十嵐とか、今日サンバイザーだもんな・・・倒れないか?」
「先日は黒崎君が実際に倒れましたからね。もうフェスは終わりましたし、多忙さという意味では多少は落ち着いているでしょうが。」
「ま、よく見てようぜ。どうせ注意しろって言ったって、応援でヒートアップしたら忘れるだろうし。」
自分達と違って、ビードロズは観客である。
どんなに部員と仲が良くても、部員じゃない。それはテニス部がどんなに熱心なファンでも、ビードロズのメンバーではないのと一緒。
あの4人はここへは今日応援に来ているのであって、まあ言うなれば自分の体調管理とかそっちのけで良いから頑張れー!と言いに来ているのだ。
(彼奴は特に、自分の体調構わねえ方だもんな。)
この間棗が倒れた時、倒れたのが棗だと知らされるまで、丸井は反射的に紫希の事だと思って、それはもうびっくりした。
あれが今日こそ本当になるかもしれない、と思ったら、見ていようなんて頑張らなくても半分勝手に目が行ってしまう。
そしてその、視線が勝手に動く丸井を、他の面々は見ている。
「バラした方が、お前さんの為にもなるんじゃないんか。鬱陶しいじゃろ、親友があの調子で。」
「いやでも、それもそうなんだけどちょっと・・・流石に・・・」
「こればかりは、人が教えるのも無粋でしょうから。」
などと軽い会話を楽しんでいる部員席と裏腹に、レギュラー陣が集まるベンチではやや重い空気が立ち込めていた。
「初日を終えた時点で、」
柳がノートを閉じた。
「幸村の友人である黒崎棗が尋ねてきました。代表ということで黒崎が聞いてきましたが、気にしていることは他の3人も同じのようです。」
「・・・何て?」
「あまりにも不戦勝が目立ち過ぎる。何か、普通でないことが起きているのではないか、と。」
全員が小さく息を吐いた。
「・・・・困るのが、事実だって事だな。」
部長の佐川が、極めて言いにくそうに言った。
「柳、データの収集具合はどうだ。やっぱり、全国の間はずっとS3に据えてなきゃいけないくらいか。」
「いえ。しかし・・・それでもせめて後1、2回、」
「そもそも解決せねばならん事なのですか?」
真田は、本気で解せないという顔で言った。
「不戦勝だろうが、勝ちは勝ちです。それに、こちらは誰に恥じるような事を何もしていないではないですか。」
「いや、そうなんだけどな。」
「けどな、そもそも柳の推測があれだぞ?これが当たってるとなると、勝ちは勝ちだろって言われてもきついものがさ・・・・」
「そうでしょうか?」
「ううん・・・」
「・・・幸村、お前はどうだ。当事者として。」
「・・・・そうですね。」
幸村はずっと話を聞いていたが、部長の佐川に意見を促され口を開く。
「まず、前提として、俺は柳と彼のデータを信用しています。」
「ああ。」
「それに伴って、今回柳が立てた仮説もそれなりの確率で当たっているのだろうと思います。まあ、今回の場合外していたとすれば、特に現状を変える必要はないので問題視もしなくて良いかと。」
「それもその通りだな。」
「はい。では更にその次に、柳の仮説が当たっていたとすれば、の話になりますが。」
「うん・・・」
「それでも俺は、何も変わらず俺のテニスをし続けるでしょう。」
佐川は眉間に皺を寄せた状態で、目を閉じて息を深く吸った。
「・・・・それがどういう事かわかってる・・・よな。わかってないわけないもんな、お前に限って。」
「はい。」
「単に、勝負に勝ったとか負けたとか、そういう話じゃなくなって来るんだぞ。」
「はい。」
「まあ、もうどうしようもないだろ。」
「東雲・・・」
「だって、幸村は普通にしてるだけなんだぞ?柳の仮説を避けるとか言って、何をどうして避けさせるつもりだって話にならないか?まさか手を抜くわけにも行かないぞ。」
「それもそうだけど・・・」
それもそうだけど、このままにしておくのは部長として躊躇する。
それ以上に手を抜かせることに躊躇するから、それはしないけど。
「・・・真田も何もまずい事はないって思ってるのはわかった。柳はどうだ?」
「全面的にメリットしかない、とは言えないことは俺も分かっています。ですが、より確実な勝利を齎すという点では、やはりこのまま進めるに越したことはないかと。」
「・・・そーか。」
佐川は声音にどうしても、投げやりなニュアンスが混じってしまうのを避けられなかった。
来てしまったのだ。
もうどうにもならない所まで、自分達はーーーいや、この3人は辿り着いてしまった。
「・・・部長は、止めた方が良いとお考えですか。」
「いやまあ、俺のそれもちょっと思うだけだよ。俺だって、お前らに敵わないとはいえ部長なんだ。自分の所の部を、部員を優先する義務がある。他所の事を考えるより先にな。」
そう。
例え他所のテニス部がどうなろうと、それは他所の事。
知ったことじゃないというのは言い過ぎでも、自分の部を犠牲に差し出して守るようなものじゃない。
「お前らがそれで良いというなら、俺もそれで良いさ。今大会が終わったら、残るのはお前達の方なんだ。」
「そう仰って頂けると、俺も楽です。」
「うむ。では決まりという事で。」
「ああ、方針は変わらずだ。このまま進めよう。」
幸村の心には、ほんの一瞬だけ千百合の事とビードロズの事がよぎった。
今回の事。
全てを知ったら、恋人は、親友達はどう思うだろうか。
勿論、どう思われても方針は変えない。
ビードロズがバンドの事でいちいち幸村にお伺いを立てたりしないのと同じだ。
でも、それはそれとして純粋にどう思われるだろうかというシンプルな思いは湧いてくる。
怖がられるかな。引かれるかな。
まさかそんなわけ、って信じて貰えないかもしれない。
「・・・ふふふっ。」
「どうした?」
「ああ、ごめんね。ちょっと、違うことを考えていたんだ。」
引かれるかも怖がられるかも、なんて。
結局そうだったところで幸村は意見を曲げないし、もっと言うと千百合も他の3人も、これがきっかけで自分から離れたりはしないのを幸村は知っている。
4人とも、もうわかっている。
幸村にとってテニスというものが、どれだけ大きくて重いのか。
きっとわかってくれる。
内心でそう信じているから、試合前にこんな事を考えていられるのだ。
本当に拒絶されるかもと思っていたら、怖くてとても考えられない。
「時間だ。」
「よし。改めて、3回戦開始だ。勝とう。」
「「「「「「はい!」」」」」」