First national convention:Bye&bye&bye 1 - 6/6


熊谷は、自分の100%のパワーを込めたショットに自信を持っていた。

普通の何でもないショットでも、威力が甚大ならそれはもう決め球の一つだとみなして良いと思っていた。
実際、熊谷がレギュラーの座を射止められたのは、純粋にこのパワーあっての事であった。
もっとも、人間いつもいつも常に100%をずっとは続けられないので、試合で打つショットを全部全力にするわけにはいかないのだが。

それでも、回数制限付きであったとしても、ここぞという時には必ず相手のラケットを弾いてポイントが得られる。
それだけで大きな武器だった。

そして。その大きな武器は、今。

「はあ・・・はあ・・・はあ・・・!」


「嘘だろ・・・・」
「返されてる・・・熊谷の全力パワーショットが・・・」
「冗談だろ、あの細腕で・・・どうなってるんだよ!」


自陣のベンチから聞こえてくる声に歯噛みする。

そう。
熊谷の大きな武器は、幸村の前であっという間に役立たずのただのショットと化してしまった。

熊谷は傍目から見ても力の込め具合を色々変えてみていることが分かるし、ショットもそれに準じてちゃんと早くなったり鋭くなったりしている。
ただ驚異的なことに、変わらない。
幸村だけが全く変わらない。
どんな威力のショットだろうが、顔色一つ変えないで当たり前のように返球する。

苦労している様子はない。
頑張ってる様子もない。

それこそ、部活の練習で気軽なラリーでもしてるかのように返す。




「・・・舐められたものだな。」
「まあそう言うな。」

眉間に皺を寄せながら言う真田に、柳はさらりと返した。

「普通はあれでも十分通用する。向こうもそう思っての事だろう。」
「あの大柄な男が、誰を想定して普通と思っているのか知らんが、幸村を相手にただ力が強いだけのショットが通ると思っている時点で、侮られているという他はない。」

「お前らみたいなのを想定は出来ないって、普通。」
「小学生の時から高校生相手にしてるような奴らだもんなあ・・・」

そう。
自分より大きい体躯。
強い力。
早い脚。

そんな相手と、幸村と真田はスクールで何度も何度も何度も何度も戦ってきた。

だからわかっている。
いなし方。力を分散させる方法。
人が力を乗せにくいコース。

加えて幸村自身の地力を合わせれば、例え今大会随一のパワープレイヤーでも、ただそれだけなら恐るるに足る存在ではない。

ただこれは同時に、熊谷の予想を遥かに超えた事実だった。

「ふううううう・・・・!」

今までだって負けた事はあったが、通用しなかった事はなかった。
自分の一番の武器。この力の強さ。
それが効いていない。あんな力のなさそうな少年に、軽く返されている。

これしか出来ないのに。
最大にして唯一の武器だったのに、それが通らないならもう自分に打つ手がない。

(どうして効かない!どうして・・・どうして・・・)


「ゲーム立海!4-0!」


後2ゲームだ。
後2ゲーム取られたら負ける。

負ける展開は想定していたけれど、こんな負け方は考えてない。
だって、自分が唯一後生大事に磨いてきた武器が無駄だというのなら、自分の今までやってきたテニスは一体何だというんだ。

眩暈さえ覚えている熊谷の耳に、幸村の涼しげな声が飛び込んでくる。

「後2ゲームですが、いつ打って来られますか?」
「・・・・は?」
「もう時間がありませんよ。俺は特に困りませんが。」
「何を・・・」
「決め球ですよ。まさか、無いわけじゃないでしょう?」

刺さった。
一番刺して欲しくない所に、深く深く。

幸村は熊谷の反応に、少しだが煽り抜きで、素で驚いた。

「無いんですか?ではこれからどうするつもりなんですか?」

どうするつもりかなんて、そんなの熊谷の方が聞きたい。

大体、決め球が無いなんて幸村だって同じだ。
その点の調べはついていた。熊谷が当てられた理由は、僅かながらそこにもあった。
お互い決め球がないのは同じ。
だからパワーがある分熊谷の方が有利なはず。

そのはずだったのに。

「プレイ!」

「はっ!」

サーブが来る。
リターンをする。

その後は?

え?

リターンして、その後は?

決まってる。
スマッシュを打つんだ。
思い切り力を込めて、体重を乗せて。

返されるのに?

返される?

どうせ返される。

今までの自分のテニスに、意味なんてなかった。
価値なんてなかったんだ。

どんなに力を乗せても、持ちうる限りの技術を駆使しても、走っても打っても。
でもそれは、1年生を相手に1ゲームも取れない程の事でしかない。

その証拠に、ほら。
ポイントは相手に入るばかりで。
こっちには全く入ってこない。
打っても返されて。打っても打ってもちっとも相手は取り零さないで。

あれ?

(・・・今、何ゲーム目だっけ?)

何ポイント取られたっけ?
どっちのサーブだっけ?
今ボールはどこにある?
試合はまだ続いてる?

「あれ・・・・」

あれ。あれ。
おかしいな。
認識にもやがかかってるようだ。

ボールはどこだっけ。
見えない。
コールはなんて言ってる?聞こえない。

ああでも。
良いか、もう。

どうせこのまま続けたって、勝てないーーー


「熊谷!」


「・・・・え?」

ふと気づくと、目の前にはテニス部部長の男子が自分を覗き込んでいた。
その隣に同じく部員。
逆隣りに審判。

そして、その後ろには幸村が。

「おい、熊谷!しっかりしろ!」
「君、大丈夫かい?試合は再開できる?」
「試合・・・再開・・・」

試合。再開。

・・・いや。

「・・・良いです。」
「「「「え?」」」」
「負けで良いです、俺の・・・どうせ勝てないし・・・最後までやる意味なんて、もう・・・」

この試合どころか。
自分がテニスをやる意味そのものが、もう。

「もう、辞めます・・・・」
「ええっ!?」
「き・・・棄権、って事か?」
「退部します・・・・」
「え、え、」
「おい、ちょっと、」
「もう・・・もう、テニスなんて・・・」

やめます。

呟いた熊谷の言葉よりも、取り落としたラケットの落ちる音の方が大きかった。




「・・・いけると思ったんだがなあ。」
「後2ポイントまで行ったけどな。結局今試合も不戦勝か。」

熊谷は確かに随分粘った。
もう試合終了は目前だったのに。

「勝ちましたな。」
「ああ、うん・・・」
「勝ったけどさ・・・」
「データの蓄積という観点から見ても、非常に有意義でした。言いたいことは分かりますが・・・俺達にはどうにもなりません。」
「分かってる、分かってるよよく分かってる。」


割り切れてないのは先輩である自分達の方だ。