帰り道。
紀伊梨はぶすくれていた。
「つ~ま~ん~な~いい~~~~!」
「ええい、わめくな!仕方がないだろう!」
「だってー!さみしいんだもーん!」
「俺達皆居るじゃんw」
「でも紫希ぴょんも千百合っちも居ないよー!」
そう。
基本的に幼馴染組は家が近いので一緒に帰れるのだが、今日は千百合と幸村が別行動になったばかりか、紫希と丸井まで離脱してしまい、紀伊梨は女子で一人になった。
「まあ、そう言うなよ。な?偶には・・・うん、ええと、ううん・・・」
「まあ実際、そこそこの頻度でこうはなっとるの。」
「そーだよね!やっぱそーだよね!ほらー!」
「しかし、幸村と黒崎千百合は恋仲なのだから、お互いだけの時間を作るのは当然だろう。そこへ偶々春日も用事があるとなると、自然お前は一人という事になる。そう珍しい事でも無いと思うが。」
「えー、珍しいよー!中学になってからだよ、こんなにしょっちゅう一人になるのー!」
「まあそれもねwそもそも中学になってからだからね、幸村と妹がこんな風に離脱するようになったのw」
「おや、そうなのですか?」
「小学校の頃は、もっと時間あったからねー。今はこういう隙間を使わないと、ろくすっぽ2人の時間作れねーからなあ。身内ながら気の毒とは思ってんのよ、これでも。」
「・・・耳が痛いな。」
「あ、ごめんw責めてるつもりはないの、マジでw」
「耳が痛い?やなぎー、耳医者さん行く?」
「そういう意味ではない!」
「違うの!?」
正味な話をすると、テニス部が今現在進行形で多忙なのは、4割ほどは三強のせいである。
テニスに対しての効果を優先させて時間がタイトになる事を二の次と置いているせいで、去年は休みだった所ががつんがつん削れていってるのだ。
幸村も賛同しているとはいうものの、それはそれとして幸村だって遊ぶ時間が削れていって愉快に思っているわけでは無い事だって、テニス部は皆知っている。
しかし。
今日みたいな場合、さりとて。
(お前もその内恋仲になる男と別行動する時があるやもしれん・・・とは、今は言えんな。)
(フェスから幾らも経っていない。そういった励ましは、今は避けるべきである確率98.7%だ。)
(ラッキーだけど、今良い感じに忘れてきてるみたいだしな・・・)
(蒸し返して、解決する問題でもありませんからね。)
(早くどこぞの男がどうにかしてくれんもんかの。)
「あっはっはw」
「?なっちん何か面白い事あった?」
「いえ何もw」
こうして、わざわざ言い含めなくても紀伊梨の為にそっと黙っていてくれて、棗的には本当に有難い。
「お前さんも大概甘いの。」
「ん、まあね。それこそ俺だけじゃなくて、皆甘いとこあんのよw此奴お姫様だしw」
友達だから、という事も勿論だが、紀伊梨はムードメーカーであるし、バンドのリーダーなのだ。
元気で明るく居て欲しい気持ちも勿論あるが、そうであってもらわねば困るという気持ちもビードロズにはある。リーダーとは、それも含めて仕事なのだ。
難しい事は、他のメンバーが考えればいい。
これは、特に打ち合わせしたわけではないけれど、他の3人が共通して思っている事でもある。
「ん?なんて?紀伊梨ちゃんがお姫様?」
「ああごめんごめん、違う違うwそういう意味じゃないw」
「じゃーどーゆー意味ですかー!」
「ど、どうした?お姫さまって呼ばれるの、嫌なのか?」
「好きじゃない!です!だってさ、ん?」
紀伊梨がぴた、と足を止めた。
そして上を見上げる。
歩道橋。向こう側に向かって、見覚えのあるーーー見覚えくらいしかない顔が、友達らしき人間とお喋りに花を咲かせながら歩いていく。
「・・・彼奴は誰だったか。」
「彼は、瀬良中学校の男子だ。地区予選でも顔を見たし、その後の県大会でも見かけたぞ。」
「ああ、五十嵐さんを連れてきて下さった方でしたね。確か、米原君と仰っていましたか。」
「・・・・・・・」
紀伊梨は米原をじっと見つめる。
話しかけたり、手を振ったりしない。
「・・・おい、話しかけないのか?」
「んにゅ?うん!邪魔しちゃ駄目かなーって。」
「何急にwしおらしくなっちゃってwお前そんな遠慮するキャラじゃないじゃんw」
「何それー!ってゆーか、遠慮とかじゃないんですよっ!だってさだってさ、もしかしたらあのお友達っぽい人達もテニス部かもしんないじゃん?」
「うむ。その可能性はある程度高いだろうな。」
「でしょ?そんでさそんでさ、もしかしたら次の大会に向けての会議?とかしてるかもだよね!」
「まあ、それもあるかもしれないな。」
「ね?んでさ、じゃあ話しかけちゃったら、博君が強くなるのを邪魔してる事になるっしょ?」
「良い事じゃないんか、敵なんじゃし。」
「だって、紀伊梨ちゃん博君がイップスになるの嫌だもん!」
その言葉に。
やるせない物を覚えたのは、真田だった。
紀伊梨が米原を友達と思っている事ーーーそこまでいかなくても、少なくとも恩は感じているだろうと真田は思っている。そのくらいは分かる。
だからこそ、幸村に勝てとは思わないまでも、イップスにかかるほどコテンパンに負けた挙句テニス辞めますな結果にならないように、と紀伊梨が思うのも自然な流れである。
それもわかる。わかるからこそやるせない。
テニスは対人競技であって、お互いにプライドをかけているから試合で勝敗を決めるわけで。
別に相手が憎らしいとか、叩きのめして絶望させてやりたいとか、そういう苛めたい根性から試合して負かしているわけではないので、イップスなんてやめてあげてよと言われると真田も辛いものがある。
他の者は、全員非常にまずい事に気が付いてしまった。
今、ちらりと全員が思ったのだ。
紀伊梨は米原を好きだったりしないのだろうか、と。
それは好きそうに見えるとかというより、好きだったりしたら話が早いのになあという発想からだったが、どっちにしろ今は良い。
重要なのは、紀伊梨がこれからテニスプレイヤーを好きになるかもしれないという事である。
もしもだ。もしも本当にそうなったとしても、その相手は高い確率で幸村よりは弱いだろう。
もしもその男がイップスにかかってテニス辞めますなんて事になったら、紀伊梨は親友が好きな人からテニスを取り上げるという地獄絵図を見る事になる。
紀伊梨がその性格から、もし本当に好きな人が出来たら、夢中になりそうなタイプなのは分かる。しかし、幸村は人生をずっと一緒に過ごしてきた親友。
どっちの味方にしてもどっちかとの関係は粉々に砕け散ることが容易に想像出来てしまう。
いけない。それは非常にいけない展開だ。
非常にいけないがーーー反面、誰が悪いわけでもないので、手が出しづらい。外野にはどうにも出来ない。
(精々、幸村と試合する展開にならないようにするくらいか。)
(もしくは、いっそ慣れて頂くのも手ですね。要は、試合が終われば元に戻って下さればよろしいわけで、)
(それにしても大分高いポテンシャルが要求されるじゃろ。)
(こうなると、友達にテニス部多いって考え物だな・・・)
(・・・・まあほらw現時点で誰も、箸にも棒にも掛かってないわけだからさあwね?大丈夫っしょ多分w)
(まあ、それも事実だが。)
これがおおいなる思い違いである事を、一同は約1年の時を経て知ることになる。