もう、正直に言おう。
可憐はD2が始まった瞬間、ああ勝てそう、と思ってしまった。
ただ、これは可憐だけに限った話ではなかった。
なんと、あの跡部でさえも一瞬は気が緩んだ。
ただまあ、テニスの試合をすると言われて気合十分で対戦相手を見たら、片や某有名フライドチキン店の白いスーツのおじさんと、食い倒れと名前のついているあの人形の仮装をした2人組が出てきて、緩むなというのも結構きつい話。
「さあ!」
「どっからでもかかって来いや!」
やばい。
どうしよう。
どこからでもかかっていける気がするけれど、どこからもかかっていけそうな気がしない。
こっち側が呑まれている事にすら気づかないまま、D2の試合は一応進んでいく。
「行くでえ・・・食らえっ!食い倒れサーブや!」
「そや、倒れろ!」
「「食い倒れだけに!」」
「って、お前も言うんかーい!」
「・・・・なあ、桐生。俺達、馬鹿にされてねえか?」
「う、ううん・・・どうかなあ・・・・」
されてない。
と言い切るには、言い切る材料が少なすぎる。
こんなというのも失礼だが、こんな所だとは思ってもみなかった。
というか、こんな学校があるなんて予想もつかないだろう。
「くそ、調子が狂う・・・」
「おい、落ち着け!向こうに乗せられるな、これでペースを乱して負けたりしてみろ、洒落にならなーーー」
「「洒落!?」」
「シャレですってよ、奥さん。」
「これは自分達のダジャレの方が上や、という宣戦布告なんやろか。」
「反応するないちいち!うぜえんだよ、なんなんだお前ら!」
(ううううん・・・・・・・)
悪いけど。
相手に向かってうざいなどと態度が悪いのは認めるが、これはもうしょうがないと思う。
こうやって多少強引にでも空気を切っていかないと、それこそペースを崩して負けてしまう。
「ああくそ!」
「えっ?」
「ゲーム四天宝寺!1-3!」
「・・・えっ、えええええっ!?」
1-3。
一体いつの間に3ゲームも取られていたんだろう、ずっと見ていたのに。
こうやって悟られないうちにゲームを取るのが四天宝寺のやり方なのか?
・・・いや。
「15-15!」
「30-40!」
「ゲーム四天宝寺!1-4!」
「嘘・・・!」
上手い。
見た目とか態度のせいで全然そんな感じがしないが、ごくごく普通にテニスの地力の部分で四天宝寺は非常に優れている。
「くっそ・・・何だよお前ら、さっきから卑怯だぞ!」
「わいら何か、卑怯な真似しとる?」
「してへんしてへん。」
「う、ううん・・・」
「確かに、卑怯って言うと語弊がありそうだけどよ・・・」
なんていうか。
なあ。
「そんな勝ち方って、あり・・・?」
「生憎やけど。」
氷帝の誰かが言った呟きに、四天宝寺のベンチから通る声が割って入ってきた。
(わ・・・・!)
可憐はちょっと引いてしまった。
彼は、そのくらいの美形だった。
未だかつて、こんなに顔の整っている人は見たことないかもしれない。そのくらいの美形だった。
その彼はベンチの真ん中に座って、周りと比べて明らかに小さい、1年生なことが丸わかりな体格だった。
だが纏う空気は、決して腰など引けていない。
実に堂々と彼は小さく笑って言った。
「勝負は、勝ったもん勝ちや。勝ち方に拘ったところで、別に貰えるポイント増えたりはせえへんで。」
勝ったものが勝ち。
当たり前のように聞こえると言えば聞こえるこの四天宝寺中学テニス部の理念は、徹底したプライドの削ぎ落しに集約される。
誰もがかっこいいと認めてくれなくていい。
強い敵と正面からぶつからなくて良い。
相手を威圧出来ないなら、相手に下りてきて貰えば良い。
四天宝寺は四天宝寺なりに真剣だ。
真剣さの向かう方向が、ちょっと変わってるだけ。
でも真剣なのは本当だ。伊達や酔狂でテニスもお笑いもやってないから、此奴ら勝つ気が無いんだなどと馬鹿にしていたら、あっという間に足元を掬われる。
「良い事を言うじゃねーの。」
跡部はベンチに座りながら、笑ってそう言った。
「嫌いじゃねえぜ、そういうのは。」
「!・・・そらどうも。」
まさか相手校から良い返事が来るとは流石に思っていなかったのか、四天宝寺の彼はちょっと目を見開いて返事した。
「ええ事言うなあ、白石~!」
「ほんまや!オサムちゃん、コケシやったって・・・あれ?オサムちゃんは?」
「いや、何やちょっととか言うてどっか行ったで。」
「えええええ何やっとんねんな!どこおんねんな!俺達試合しとるやないかい!」
「白石、止めんか!」
「言うても聞きませんやん。」
(や、やっぱり何か調子が狂うっ・・・!)
今劣勢なのに不思議と焦る気も失せていく。
これも作戦か。いや、本当に作戦か?
誰か頼むから空気を戻して、と可憐が思い始めた辺りで、ゴホン!と榊の咳払いがコートに響き渡った。
そしてそれを受け、審判が慌てて居住まいを正す。
こういう時にブレーキをかけるのは大人の役目だが、榊は兎も角審判は既に四天宝寺に呑まれつつある。
「プ、プレイ!」
どうなるのかーーー勝ちとか負けとかより以前に、どういう風に試合を終えるのか全く想像のつかない準決勝は続くのだった。