しかし、事態はビードロズの予想を大きく裏切って展開していった。
「ゲームセットアンドマッチ!ウォンバイ四天宝寺、6-2!」
「ゲームセットアンドマッチ!ウォンバイ四天宝寺、7-5!」
「・・・嘘お!?」
「マジか。」
「Dを2つとも・・・こ、これではSが、」
「3つとも勝つしかなくなったなあ、えー・・・」
まさか、Dが2つとも落ちるなんて。
確かに準決の時点で1つ落としてはいたが、Dが1勝1敗に終わるのと2つとも負けるのとでは大分話が違ってくる。
もうこれ以上、1試合も落とせないのだ。
幾ら3強が強いと言ったって、3人とも勝てるだろうか。D2つを正攻法でもぎ取ってくるような相手に向かって。
これは3タテし返されるまであるかもしれない。
ビードロズは揃って顔を曇らせた。
ただまあ曇らせる程度で済んでいるのは、一番強い3人が控えているのを知っているからなのだが。
一方、衝撃を受けていたのは立海応援勢だけではない。
可憐もまた、衝撃を受けていた。
「Dを2つも・・・あの立海が・・・・!」
「強いわね・・・」
「・・・別に、立海も歯が立ってへんわけやあらへんねんけどな。」
特にD1は競っていたが、それはそれとして負けは負け。
明日やったら今度は立海が勝つとしても、今日結果が出せないなら意味はない。
負けるのか。
自分達に衝撃の敗北を味わわせた立海が。
氷帝学園は、いよいよもって自分達が喜べば良いのか悲しめば良いのか分からないまま、固唾を飲んで見守っている。
この時、一番冷静だったのは実は立海側であった。
柳生などは涼しささえ感じられる表情で、取られましたねえ、などと零した。
「まあ・・・でも、データ通りなんだろ?」
「参謀は、D2つは落とすじゃろうと言うとったの。」
「ま、流石に本人達には言えねえだろい。」
そう、テニス部のいつものメンバーは、柳から事前にちらりと聞いていたのだ。
D2つは、いきなり落とすかもしれないと。
そもそも四天宝寺中学の意向として、DはD、SはSで育てるという方針がある。強い選手はSだろうとDだろうと関係なく強いというわけじゃなく、DはD前提で育てるに越したことはないという方針。
そしてその方向でずっとやってきた結果、今年の四天宝寺のDは例年にない仕上がりの良さである事を、データからレギュラー陣は知っていた。
言うなれば、今回の地区予選で当たってDを落とした、赤潟第三と非常に似た感じになっているのだ。
がっちり強力なDプレイヤーで最初の2勝を押さえ、そしてーーー
「何じゃったかのう、S3に入れられとる奴は。」
「しら・・・えー、白石蔵之介?とかって奴じゃなかったっけ?何かまあ、そんな名前だったろい。」
「ええ、確かそのようなお名前でしたね。」
「強いんだったよな?実質S1・・・みたいな事を柳が言ってたし。」
「トリッキーなオーダーじゃのう、嫌いじゃないぜよ。」
「お前本っ当にブレねえよなー。」
これも四天宝寺の特徴だった。S1を担うべきSで一番強い選手を、敢えて3とか2に入れて1勝取ってくる。
他の学校もまあまあやる事ではあるが、四天宝寺は基本常にこれをやる。
今回そのS3の座に据えられているS1レベルの実力者ーーーそれが、幸村達と同じく1年生となる、白石蔵之介であった。
まあでも。
幾ら強いといっても、最終的に幸村なら勝つだろう。もしかしたらそれこそ「最後まで出来る試合」になりうるかもしれない。
もしかしたら見ようによっては幸運なのでは、とさえ立海陣は思っていた。
そしてその、僅かに安穏とさえ言える空気と打って変わって、緊迫した雰囲気の漂う一角。
ーーー四天宝寺である。
「・・・・え、」
「もう一回言うで。白石、お前は棄権や。」
口が「は」の字に開いた状態で固まる白石。
他の部員も、多かれ少なかれ似たようなものだ。
「なんでやねんな!」
「そや!D2つ勝ったんやで!それやのにこの状況でS3譲るとか・・・あほとちゃうか!」
「あ!加貫木お前、今あほ言うたな~?もうお前にはこけしやらんで、こけし。」
「茶化しとる場合か!」
「はーあ・・・」
渡邊は言いたくなさそうに口を開いた。
「あのな。お前ら、俺の事なんやと思うてる?」
「なんやて・・・」
「おっさん?」
「おっさんちゃうわ!まだ25やっちゅーねん!そうやのうて!」
「・・・顧問。」
「せや。で、顧問の仕事てなんや?」
「顧問の・・・」
「仕事・・・」
「・・・テニス部を勝たせる事?」
「ちゃうな。」
「ちゃうん?」
「顧問の仕事て言うのんはな、部員の望む未来に手を貸す事なんや。」
「・・・望む、未来・・・」
「まあ多くの場合それが勝つっちゅう話になるわけやけど・・・勝てたらなんだってええんか?それやったらもうここまで来たんやから、相手の顔とか目めがけてばんばん打ったったらええねん。来年はどうか知らんけど、今年は不戦勝で優勝出来るで?」
「「「「「「・・・・・・」」」」」」
「でもしたないやろ?お前らはちゃんと勝ちたいやろ?それやったら俺はそういうようにする、っちゅう話や。」
「でも、それやったらこの場合白石の棄権は、」
「仮に。」
「「「「「「?」」」」」」
「仮にやで。もし仮にーーー今回のS3、まともに白石に試合させたとして、その結果白石が部を辞める事になったら、お前ら皆嬉しいか?」
「「「「「「え?」」」」」
「皆そんな事望んでへんやろうから、やったら棄権しなしゃあないな、っちゅう話になんねん。一応勝つつもりでオーダー組んでるさかい、動かして勝率下げるんもなあ。しかも1年生やで?別に最後の夏やあるまいし。」
「おいおいおい、ちょっと待ちいな。なんで白石が部を辞めるやとかそんな話にーーー」
「普通はならへんわな。でも今回はなるねん。彼奴は・・・幸村精市は、そうなりかねへん相手や。と、俺が判断してん。顧問としてな。」
四天宝寺の部員達は静まり返った。
そんな事まで渡邊が考えていたなんてーーーいや。そんな事普通考えなくて良いのに、考えなくてはいけないような相手だなんて。
「・・・分かりました。」
「白石!」
「お前・・・」
「・・・俺も、喜んで勝ちを差し出すていうのんは出来ませんけど。でもその話がほんまやったら、どっちにしろS3の選手は絶対棄権せなあきませんし。それなら俺でええです。オサムちゃんも言うてた通り、俺はまだ1年生やて言うのんもあるし。」
「白石・・・」
「いやまあ・・・俺らかて、お前は有能な上にこれからもテニス部におんねんから、まかり間違っても辞める可能性が高い成り行きになんか持っていきたくないねんけど。」
「しっかしなあ・・・やっぱり抵抗はあるで。D2つ勝ってんから。」
「まあまあ、逆に思とこうや。今の話を踏まえると、オサムちゃんは仮にD1つ落としたりしとってもS3は譲るつもりやったんやろ?一番有利な状態で棄権出来るんやし。」
「まあなあ・・・」
「よし。わかってくれたんやったら、早速それでいくで。S2。酒居、頼むで。」
「了解。」
こうして数分後、あらゆる人間に驚天動地の四天宝寺側によるS3棄権の報せが届けられた。