(彼奴、一人でこんな所まで来るようになったんだな。)
郁と別れた後、丸井は特に嫌な気分になるでもなんでもなく、普通に自分の分のスポドリを買っていた。
すると、すぐそこの事務所棟の扉が開く。
「あれ?」
「え?・・・あ、丸井君。」
紫希は落とし物を届け出た所であった。
黒羽がいつかに新城を助けた時言っていたように、こういう公園は大抵自販機と事務所がごく近距離にあるものだ。
「お疲れ様です。」
「おう、お疲れ!お前だけ?」
「はい。皆は先に戻ってます。私はちょっと、落とし物を拾ったので届けに。」
「落とし物・・・」
「ど、どうして笑うんですか・・・」
「いや?お前っぽい理由と思っただけ。」
どう受け取ったら良いんだろうか、それは。
悪い意味じゃなさそうだけど。
「丸井君は、飲み物ですか?」
「おう。あ、お前も要る?買ってやるぜい、ご褒美に♪」
「ご褒美?」
「さっきまで喋っててもう行っちまったけど、一条が来てたんだよ。」
「えっ!?」
「あれ?お前が誘ったんじゃねえの?」
「あ、いえ、誘ったんですけれど、結局既読がついても返信が頂けなかったので・・・来てくれないと思ってたんですけど、良かった。来てくれてたんですね。」
そう言って嬉しそうな紫希の微笑には全く曇りがなく。
既読スルーされた事は良いのか?と丸井的には思わんでもないのだが、まあ本人が一切気にしてなさそうなので良しとした。
「まあ良いや!話戻すけどほら、お手柄って事でーーー」
「あ、いえ!良いですよ、悪いですし・・・それに今しがた喉が渇いて、自分で買ってしまったばっかりなので。」
ほら、と紫希が言って見せてくれた鞄の中には、確かに買われたばかり感がある、冷たそうでたっぷり残っているポカリがタオルにくるまれて収まっている。
そうか。ジュースは要らないか。
なら。
「んじゃあ、はい。」
「はい?」
差し出されたのは、板ガムであった。
ふわっと感じる、鮮やかなーーー香りに向かって鮮やかという表現は聊かおかしいかもしれないが、鮮やかな香り。
グリーンアップルの香りだ。
「これは・・・」
「まあ、今それだけしか持ってねえんだけど。他のが良い?」
「そ、そういう意味じゃないです!だってこれ、その・・・丸井君のお気に入りじゃ、」
「うん。」
「頂けませんよそんなの・・・好きだって知ってて貰うなんて、」
「そんな大したもんじゃないだろい、まだ鞄に沢山あるし。それに、なんーーーあ。」
「え?」
「悪い、ちょっとタイム。えーと、えー・・・」
そうだった。幸村に言われて、なんとなく、は辞める練習をするんだった。
「んーと、」
「・・・・?」
「・・・あ!そうそう、俺が好きだから。」
「はい・・・」
「だから、俺の好きな物をお前にも好きになって欲しいって感じ。」
「・・・・・」
「ってわけで、ん。」
紫希は目の前に出された板ガムを見つめる。
そうか。
そういう理由なのか。
それなら頷ける。とてもよくわかる気持ち。
大事な人に思う気持ち。
「・・・有難うございます。大事に食べます。」
「いや、ガムでそんなかしこまらなくても、」
「いいえ、十分かしこまるくらいの事なんです。有難うございます。」
そう言って丁寧に両手で板ガムを受け取る紫希は、本当に嬉しそうで。
その笑顔に丸井はなんだか声が出しづらくなって、そっか、と言うのが精一杯だった。
~~~~♪~~~~~♪
ブ、ブ、ブ、ブ、ブ、ブ、ブ、ブ、ブ、
「え?」
「お、マジ?」
2人のスマホが急になり始め、紫希は慌てて通話ボタンを押した。
紀伊梨からだ。
視界の端で、丸井も同じように誰かから来た連絡を取って居るのが見える。
「はい、もしもしーーー」
『紫希ぴょん、大変大変!すぐ来てすぐ来て!ゆっきーの試合始まっちゃう!』
大変。
すぐ来て。
幸村の試合が始まる。
え、嘘。
何故だ。もう試合は終わっただろうに、こんなタイミングで。
わけがわからなくて丸井の方を見ると、丸井も同じような呆気に取られた顔で紫希を見返した。
紫希はその顔で、丸井も今しがた幸村の試合の一報を受け取ったのを察した。