First national convention:Complete weapon 2 - 5/7


「ねーねー。」
「何。」
「あの相手の人にさー。イップスになっちゃうよって言ったら、やっぱやーめたってならないかなー?」
「無理でしょうねえwそもそもそんなの信じないでしょw試合から逃げるための嘘認定されておしまいよw」
「むー・・・・」

一同は、運動公園のコートに逆戻りしていた。

特別に・・・この場合特別だらけで最早何が特別なのかも分からないが、兎に角ビードロズも観戦して良しの言葉を貰ったので、有難く見させて貰っている。

あんなに観戦者で賑わっていた観戦席は、もう他に誰も居ない。
今から人が減っていく一方であるこの運動公園で、今から幸村は試合をするのだ。

「皆!」
「あ、紫希ぴょんこっちこっちー!」
「おっすw」
「お疲れ。」

そろそろ本当に始まろうかという時に、紫希はどうにか戻ってこれた。
丸井も途中までは一緒に居たがさっき分かれ、今はもうテニス部の集まっているゾーンに混じっている。

「あの、一体どうしたんですか?何がどうなって試合なんて事に・・・」
「何か、逆恨み未満ぽい感じ。」
「あのねー、あの人の先輩が、準決勝?でゆっきーがやっつけちゃった人でー、そんで先輩がへこんじゃったからだって!」
「もちょっと整理して言えよw」
「ふふ・・・大丈夫です、大体は分かりましたから。でも、落ち込んだからってそんな・・・」
「いやまあ、落ち込んだって言い方したらあれだけどさー。」
「あれよ、ほら。イップス。」
「あ、ああ・・・」

やっぱり、ただ落ち込みが深いというだけでは納まらないのか、と紫希が考え出した時、とうとう審判役の立海マネージャーの誰かの声が響き渡った。


「プレイ!」



ふう。
と一つ息を吐いて、追川大はトスを上げた。

「・・・たあっ!」

「ふっ!」

始まった。
一先ず普通にラリーになるが、幸村はこの僅かな間に既に多くの事を考えている。
例えば、そう。

追川の瞳の色。
その目つき。

(食えないタイプだな、彼は。)

追川からすればお前にだけは言われたくないと思うような事を、プレイしながら幸村は考える。これはもう、データとかそういう事ではなく、幸村のテニスプレイヤーとしての勘のようなものだが。

追川大。
彼は、役者である。

あの怒りは本物だろうが、逆にあの怒りを昇華するためなら彼は何でも出せるだろうし、幾らでも自分を抑えられるだろう。
いかにももうぶち切れモードのように見せているが、怒っていてもーーー寧ろ怒っているからこそ、冷静なタイプと幸村はみていた。

「・・・・はっ。」

幸村はドロップを落とした。
それを追川はすかさず拾う。

「この手のフェイントが、俺に効くと思わないでよ。」

(やっぱり、拾われるか。)

思った通りだ。頭にはきていても、頭に血は登っていない。極めて落ち着いて戦況を見ている。
こういうタイプは、すぐには尻尾を出して来ない。
寧ろ、序盤は劣勢を装う可能性さえある。

ただしーーー逆に、攻撃に転じられないままなし崩しに負けるようなタイプでもない。
終盤に畳みかけて、一気に捲ってくる筈だ。

「・・・・はっ!」

「ゲーム幸村!1-0!」

流れが流れなだけに、誰も口に出しておおやった、とは言えない静寂の中、審判のコールだけが聞こえた。

ふう、と息を吐く幸村を、追川はじっと見つめてくる。

「なんですか?」
「いや?思った通り、と思っただけだよ。」
「・・・と、言いますと。」
「君さあ、図々しいスマッシュ打つよね。」

図々しい。
およそ幸村から縁遠い言葉である。

「そうですか?」
「そうだよ。言われた事ない?何かさあ、入って当たり前ポイントになって当たり前、みたいなそんなスマッシュじゃん。実際入るんだから余計ムカつくよ。」
「ふふっ。」
「・・・何、今の笑い。」
「この手の煽りが俺に効くと思わないで下さい。」

それこそ、年季が違う。
幸村は強い。その分だけ、今まで一体何度テニスを通して喧嘩を売られてきたか、分かったものじゃない。

テニス上の駆け引きだけじゃない。
心理上の駆け引きだって、幸村はもう百戦錬磨である。

テニスはメンタルが大きく作用するスポーツだ。
イップスも一部それに近い所があるが、心理的に平静を保てないというのは、それだけでもうとても不利である。

敵は必ずそこを突いてくる。
追川のようなタイプは猶更だ。

幸村が返すと、追川は目を細めてふうん、と言った。

「・・・ねえ幸村君。」
「はい?」
「俺が駿河台でなんて言われてるか知らないよね?」
「ええ、寡聞にして。」

「性格の悪い奴だよ。」

「・・・・?」

幸村は珍しく、相手の意図が読めなかった。

性格が悪い、というのはさっきの煽りでもう十分わかる。
し、向こうも幸村がそう思った事を自覚しているだろう。

その上でわざわざ、念押しのように自分は性格が悪いと言ってくる意味は何か。

(・・・何か仕掛けてくるつもりかな。)

まあそれが何なのかは現時点では判然としないわけだが、何にしろやる事は変わらない。

来たら迎え撃つ。それで良い。

そう思った幸村を、誰か慢心していると思う者がいるだろうか。
実力が無い者が言うならまだしも、実際に迎え撃つ事が出来るのに。


しかし、この時確かに幸村は一瞬慢心した。
後から振り返って、幸村自身そう思うことになった。


「・・・・ふっ!」

試合が再開した。

ラリーが続く。偶に幸村がポイントを取る。
次に幸村の打球が入れば、2ゲーム目の先取だ。

そう誰もが思った。


ーーーその、瞬間。




「・・・・・・千百合!」




え、と千百合が声を出す前に、幸村はもう跳躍していた。

全力ジャンプをして、これ以上無理というくらい限界まで真っすぐに腕を伸ばして、それでもなんとかやっとラケットの端に、ぎりぎりボールが引っかかる程度の高さに入った鋭いスマッシュ。
その打球を何とか返そうとしてーーーバランスを崩し、幸村は転倒した。


「・・・・う、嘘だろ・・・・」

「今のって、何・・・?」

「なあ、あそこに居るの幸村の彼女じゃ・・・」


口々に呟かれる発言に、ビードロズはやっと状況が見えてきた。


追川大。
彼は、幸村をまともに負かそうなんて考えていない。


大事な彼女に怪我させたくなければ、自分に痛めつけられていろと言ってるのだ。

「・・・・おい、なんだ今のは!」

真田の鋭い怒号が飛んだ。

「女子供に、いや、最早女かどうか以前の問題だ!観客に向かってわざとボールをぶつけるなどーーーなんたる卑怯!許しておけん!」
「おい、やめとけ真田。」
「何故止めるのです!今のは一から十まで向こうが悪いーーー」
「真田、悪いと言ってるわけじゃない。もう遅い、という意味で止めているんだ。」
「・・・何?遅いとはどういう意味だ?」
「あくまで俺の推測に過ぎないが・・・もしかしたら、彼奴は端からそのつもりだったのかもしれない。」

部長の佐川も、柳と同じ意見だった。だから止めた。

今偶々千百合もビードロズも部員も皆ーーー要は人質が大勢居るわけだが、もしも周りに誰も居なければ、追川は試合を申し出なかったのではないか。
誰か、傷つけられるギャラリーが居る状態になるのを狙って居たとしたら?
まともに試合で勝つ気などなかったとしたら?


目には目を。歯には歯を。
大事な人を傷つけられた怒りを、大事な人を傷つけ返すことでやり返そうとしていたら。


そういう意味では、追川を相手にしてしまった時点で既に詰んでいると言える。
もし、仮にもし千百合がこの場から逃げるなりなんなりして、ボールが届かなくなったところで、次は他の誰かが標的になるだけ。
周りに誰も居なくなったら、勝負が終わった後に闇討ちでもされるかもしれない。
幸村があくまで庇うとしても、追川にとってはそれはそれで良いだろう。直接相手を苛め抜けるわけだ。逆らったらお前の大切な彼女がいつどこでどうなるか保証しないよ、と匂わせておけば幸村は逃げまい。

結局、追川の気の済むようにするしかないのだ。
どう転んでも。その事が今、全員、やっとわかった。


「ーーーーーーーー」


千百合は思考が止まっていた。
事の次第は読めるが、読めたら読めただけどうして良いか分からなかった。

シンプルに自分の身に危険が迫っているという恐怖。
自分が幸村の足を引っ張っているという悔しさ。
どうして良いかわからないという純粋なパニック。

そして何より、初めて見る幸村がテニスで怪我している光景。

膝から血が出てるだけに見えるがーーー千百合にはそれだけでも「だけ」な事態ではないのだが、大丈夫なんだろうか。
着地はちゃんと出来た?手首は?足首は?打ち身は?捻挫は?

幸村が心配で自分も心配で、千百合はとても冷静で居られない。

周りも多かれ少なかれ似たようなものである。

そんな中、ひときわ通る声が空間を裂いた。


「なんて事すんのさー!」


馬鹿、大声出すなよお前まで狙われるぞ、なんて今更な事を千百合が思い紀伊梨の方を向くと、その視界を紫希の鞄が塞いだ。

「え、」
「と、取り敢えず頭を守るのが優先です!ええと他に、何か遮蔽物になるもの、」
「ラケットバッグ借りる・・・のは無理だなあ、中身に影響出んね。」

どうにか千百合を隠そうとする紫希と棗。
相手に抗議する紀伊梨。
何を言わなくても分担しているのは、付き合いの長さというより、性格のばらつきが功を奏しているのだろう。

「ちょっと、聞いてんのー!?言っておくけど、今まで紀伊梨ちゃんの声が聞こえなかった、なんて人居たことないんだかんねー!」
「・・・するって?人聞きが悪いなあ、俺は何もしてないよ?事故だよ、偶々ってやつ。」
「嘘だー!もー、ムカつくー!いけゆっきー!悪者はやっつけちゃえー!」


「あっはっはっはっは!」


笑い声は幸村のものだった。
まだ座り込んだままだし膝も消毒していないが、とても愉快そうに笑っていた。

「そうだねーーー悪者はやっつけなくっちゃ。」
「へえ?俺を負かすつもりなの?」
「いいえ。」
「は?」

「俺は貴方をやっつける、と言ったんです。どんな手を使っても。」

幸村はただ一人、打開策を知っていた。

脅しに屈しても、結局良い結果にはならない。
要求がエスカレートするだけである。屈したからと言ってそれで済むなんて、甘い考えだ。
ではどうするか。

倒すのだ。

自分に逆らったらどうなるか、思い知らせ返してやる。
もう二度と、手を出そうなんて思わないようにーーー思えないように、完膚なきまでに叩き潰す。

「追川さん。」
「・・・何だよ、」
「貴方が性格の悪い人で良かったですよ。」

今の幸村に、最早良心の呵責などというものは毛ほどもない。

未だに、自分のテニスが齎す事について、自分で分からない事も多いけど。分からないということは、コントロールが効かないという事でもあるけれど。

でももしも自分の思い通りになるのなら、今こそフルパワーで挑むべき時だ。

ああなんて、なんて素敵な友人たち。
何も言わなくても欲しい応援をくれて、誰より大切な自分のお姫様を守ってくれる。

これでこそ、安心してやっつけられるというもの。


「試合を再開しましょう。」