First national convention:Complete weapon 2 - 6/7


幸村が一先ず今、辛うじてコントロールできそうなイップスの事と言うと、発動条件である。

ラリーを続けることで発生する。
自分が返し続けることがトリガーになっている可能性が高い、という事。

だからつまり、ポイントを取ってはいけないのだ。
試合を終わらせない事。ひと段落つかせない事。
入れてはいけないし、入れられてもいけない。
ずーっと打ち合いを続けるのが、理想の形。

そういう意味では、今の追川はとても与しやすい敵であった。
何せ、打球の飛んでくる方向が決まっているのだ。
後はそれを返すだけ。

さっきは不意を突かれたから態勢が整わなかったが、飛んでくる方向が最初から決まっているならば、幸村にとってはイージーモード。
追川が頭の良いタイプなのがこの場合、却って幸運だった。無茶苦茶してくる人間より、行動を読める相手の方が有難い。

方針が決まれば、後は打つ。
ひたすらに打つ。
自分の意志が具現化するようにと願いながら、ひたすら打つ。

(成程ね・・・ラリー狙いか。)

追川も、間もなく幸村の意図に気づいた。
ただ、何故にラリーを狙うのか?という点については勘違いをした。

(殴られたくないけど手も出されたくないから、俺のスタミナ切れを狙おうって?へたばったら、何をする体力も無くなるだろうって思ってるのかな。)

勿論、これは間違い。
しかしこの場合、誰が追川を責められようか。まさかこれを続けることで、イップスが発動しかねないなんて普通は考えない。

そう。
普通なら、どんなにラリーが長引いたとしても、それが原因でイップスになるかもなんて誰も危惧しない。因果関係がないからである。
ビルの高層階で車にひかれる心配なんて誰もしないように、ラリーしてるからってイップスの心配なんてしない。
普通は。


ーーーーこの、神の子が相手でさえなければ、要らない心配なのに。


(・・・しかし、それはそれとして、怠いな。現状じゃ、このラリーに意味なんてないし・・・)

追川的には、さっきから幸村からポイントが取れるでもなく、千百合まで届くでもなく、なのである。
その為少し前から真っすぐ打つのを諦めて、あの手この手で千百合の前から幸村をどけようとしたり、色んなショットを打ったりしているのだが、成果は上がらない。

(・・・ちょっとリスキーだけど、やってみるか。)

「・・・ほっ!」

追川が打ったのはドロップボレーである。

勿論拾われるだろうが、想定済みだ。
重要なのは、拾うために幸村が前へ出なければいけない、という事だ。

そうすると自然観客席から離れる方向になるので、後はその隙を突いて千百合めがけて打ってやる。
さっきのように身を挺して庇うなら、それでもよし。幸村は痛めつけられるわけだ。

リスクと言えば、ドロップの返球をされた瞬間は追川自身もコート際にまだ居るので、先制してショットを顔面に食らうかもしれない。という事だが、まあ幸村だったらそれはすまい。

(育ちの良いおぼっちゃんは、こういう時詰めが甘いよね。よし・・・此処だ!)

ドロップボレーがコートの向こうに入る。
幸村が走ってくる。
ボールめがけてーーーーいや。

確かにボールを返すフォームではあるが。

(・・・・え?)

幸村はボールなど見てはいない。
追川を見ているのだ。
今の一瞬で、追川が何を狙ってきたのかわかって。
自分の誰より大切な女の子に牙を剥こうとしている相手を、目で威嚇しているのだ。


やってみろ。
必ず後悔させてやる。


「ーーーーーー!」

心底ぞっとして、追川は一瞬動きが止まった。

その一瞬が全てだった。


(・・・・え、)

聞こえない。
さっきまで聞こえていたボールの音が、足音が、かけ声が、風の音が。
何も聞こえない。

(しまった、暑かったせい?熱中症にーーーあれ?)

見えない。
何も見えない。

何も見えないというより、見えているのに何を見ているのか脳が認識してくれない。

(嘘、嘘、待って、)

見えない。聞こえない。
見えない。聞こえない。

今までテニスをしていて、急にこんな事になった事はなかった。
どうしたんだ。
もしかして何か、自分は急病を患っているのか。

(頭も重いーーーあれ?え?あれ?俺のーーー俺の頭は?)

頭を触っているはずなのに、何も感じない。
そういえば、持っているラケットもどこへ言ったんだろう。さっきまで握っていたのに。いや、今でも握っているのか?もう離したのか?

(触れないーーー何もこの手に触らないーーー)

自分は今どうなっているんだ。
どこに居るんだ。何をしているんだ。

感覚という感覚が全て遮断されて、倒れこんだ追川に、辛うじて残っていた感覚ーーー第六感というべきものが、目の前にある人物が近づいてきたのを知らせた。

ーーーー幸村精市。

真っ暗で誰も居ない、何も感じない空間で、追川はただ一人自分を見下ろす幸村を見上げた。

部活ジャージを着て。
ラケットを持って。

さっきまで試合をしていたそのままの恰好で幸村はしゃがみこみ、追川に告げる。

「ーーー貴方は。」

何も聞こえない筈なのに。
何故だろう、その言葉は良く聞こえた。

もしかしたら、生涯最後に聞ける言葉かもしれない。
追川は本気でそう思いながら、聞いた。

「もう二度と、テニスが出来ません。」

幸村の姿もかき消えた。

目の前が、真っ暗になった。