「おーー!海が見えるーーー!」
「いつも見えるだろw」
「何かいつもは見た気しないんだもーん!ってゆーか、人がいっぱいで外なんか見えないよー!」
「そうですね、なんだか開けて見えますよね。」
今日は電車の中もいつもと比べて断然に空いていて、大体いつも立ちっぱなしなのに今日は座る余裕さえある。
だもんでビードロズ4人は遠慮なく座って居るのだが。
「あんたら座らないの。」
「ふふっ。まあ、偶には良いかと思ってね。」
「・・・もしかして、皆いつも座ってらっしゃるんですか?」
「ま、いっつも朝練の時間っつったらまだそこまで混んでねえしな。」
「そうだな、結構いつもこんなもんだよな。」
「早朝ですからね。」
そう、テニス部の朝は早い。
早すぎて、ラッシュの時間に対してギリギリ被らないのだ。
だから実は、テニス部は朝は結構座れたりする。
周りや景色を見たりする余裕もあるし、なんなら柳や柳生あたりなんかは本まで読むような始末である。
だから。
「あ・・・・」
「ん?ああ・・・」
幸村は、後ろからかけられた声に振り返って、軽くお辞儀した。
知らない女子中学生である。制服からして、立海の生徒ですらない。
「あの女の子誰ー?」
「ええと・・・一月くらい前だったかな。彼女がイヤホンを落としたから、拾ったんだよ。まあ元々、電車で偶に見る人だったんだけどね。」
「へー!電車のお友達だー!すごーい!」
「いやまあ、友達って言えるほどじゃないと思うけど。俺としては、友達のクラスの人くらいの感覚かな。」
「なんだー。仲良くなんないの?」
「お前さん、それは素で言うとるんか?」
「へ?何が?」
「本気なんか。」
「そんなもの・・・む、いやしかし・・・」
「真田君?」
「いや、難しい問題だな。恋仲の女子が居る以上、他の女子にうつつをぬかすべきではない。が・・・それはそれとして、人との交友関係を端から断っていくというのも問題がある・・・」
「まあ、その点は難しいテーマではある。世間的にもな。」
「えー?何でー?皆仲良くしたら良いじゃーん?」
「そういうわけにいかないだろ、特に幸村みたいなレベルでモテてると・・・」
「まあ幸村に限らず、ついて回る問題ではあるよねw」
「ねー、何でよ教えてってばー!」
「・・・・・・・・」
千百合は黙って皆が話すのを聞いていた。
正直、ちょっとびっくりした。
そうか。電車で通学してると、いつも同じような人間同士で顔を合わせることになるのか。
自分がいつもラッシュで周りを見ていないから、その発想がなかった。
とはいっても普通話したりはしないだろうから、正に幸村の言う通り、友達のクラスの知らない人くらいのものだろうけど。
(・・・いやあでも、高確率で向こうはそうは思わないだろうけど。)
もし電車通学していて、イヤホン落として幸村みたいな男子に拾われたら、それはもう漫画の1シーンではないだろうか。
単に落とし物拾ってもらった以上の感情になる女子は多かろう。
そこまでは分かっている。
分かっているのだが。
「・・・・・・」
「おい、あんたは何してんのよ。」
「バレたー!いやいや、ちょっと千百合っちのイヤホンも落としてみようかなーと!」
「すんな。」
「えー?じゃあハンカチは?」
「何も落とさなくて良いから、じっとしてろ。」
とてもとても不思議だ。
全然気にならない。
もっと狼狽えても良いと我ながら思うのに、心はすごく凪いでいる。
「・・・私ちょっと眠いから寝るわ。」
「えー!」
「起こすなよ。」
「お前あれだけ寝たのにw」
「いや、今日は千百合は早起きしてたから。寝かせておいてあげてくれないかな。」
「そなの?」
「はい。千百合ちゃん、早起きでしたよ。」
本当はさして眠くない。
それより鞄に突っ伏して顔を隠したかった。
結局、今心穏やかなのは、昨日の夜の事があるからだろうなあと思う。
確かに電車でイヤホン落として拾って貰うってドラマチックだけど。
でも、イヤホンを拾って貰うより、キスを貰える方が嬉しい。
そう思うと顔に出そうだから、寝たふりを決め込む事にした。
幸村も分かっているだろうに、何も言わないで合わせてくれるのが嬉しい。
後でお礼を言おうと思ったら頭上から、「しっ。」という声が聞こえてきた。
ああ静かにしろと促してくれてるんだなと思ったら、突っ伏した頭を撫でられる感触がする。やっぱりお礼は止めようかなと、千百合は赤い顔で思った。
グラリ。
「そんでねーーおう!?」
「うお!」
「っ!」
『ただいま、線路を動物が横切りましたため、急停車を行いました。乗客の皆さまにご迷惑をおかけしますがー・・・・』
「はー、びっくりしたー!」
「線路に動物か・・・」
「まあ・・・しょうがないよな。」
「線路を横切っただけならば、間もなく動くだろう。」
「そうですね。遅刻の心配はせずともよさそうです。」
「千百合、大丈夫かい?」
「大丈夫。でも結構揺れたわ。」
「急停車となると、どうしてもそうなるな。」
「急停車・・・!」
丸井ははっとした。
手早く鞄のジッパーを開け、中を見てホッと一息。
「いくら何でもw今のくらいで弁当箱潰れたりしないでしょw」
「弁当箱じゃねえよ、これだよこれ!」
今日の一同の昼食は洗った弁当箱に残り物を詰めまくった簡易弁当だが、流石の丸井でも今のくらいで弁当箱がひしゃげる心配まではしない。
丸井が心配しているのは、フルーツサンドである。
色んなフルーツをホイップとお手製カスタードで包んで挟んだ自信作。
「あー!良いな良いな、フルーツサンドー!」
「だーめ。これは俺と春日の分。他の奴にはやらねえ。」
「何でよー!」
「これは朝飯作ったご褒美なんだよ。」
「う!ぐ・・・ぐぐぐ~・・・・」
「まあ、それを言われると確かに俺らは何もしとらんかったき。」
「もう少し早く起きるべきだったな。」
「む・・・確かに。」
柳と柳生は起きた上で遠慮していたわけだが、階下に下りてきた時想像を超えた品数と量にしまったと思った。流石にもう少し手伝うべきだった、あんな事になってるとは思いもよらず。
「そうだね、幾ら何でも任せきりにし過ぎちゃったかなとは思っていたんだ。春日も丸井も、ごめんね。」
「いえ、そんな!私は好きで起きているだけなので・・・ってああ、こう言うと丸井君が今度は巻き添えに、」
「いや、好きでやってるって言っても、あの物量シンプルに大変でしょ。」
「う・・・ううん・・・確かにちょっと手間はかかりましたけど・・・・」
「ちょっとで済むんですかw」
「で、でも、だってその、楽しかったですから・・・」
だからそんな大層な苦労をしましたねみたいに言われると、どうも違和感が先行して仕方がないのだが。
「それは俺もそうだけど、それはそれでこれはこれ。ってわけで、はい。」
「有難うございま・・・あ!カ、カスタードなんていつの間に・・・!」
「美味そうだろい?自信作だぜ♪」
「カスタードホイップフルーツサンド~・・・・・!」
「五十嵐。」
「おい、労働の報酬を働いてないのに強請るな!」
「分かってるよー!分かってるよ、頂戴は言わないよー!」
「紫希も良いから、譲らなくて。」
「そうだな・・・それは春日が食べたら良いよな。」
「あ・・・・・」
これはとても困る。
性格上、欲しいと言うのなら譲ってあげたい気持ちがあるのだが。
でもそれはそれとして、これはあくまで丸井が自分と分ける様にとくれたのだから、それをほいほい他人に譲るのは丸井に対して失礼であるというのも分かる。
あと。
それから。
シンプルな話。
「美味しそう・・・」
「だろい?」
「えっ!え、え、あの、私今口に出してましたか、」
「言ってた言ってたw」
「あははっ!美味しそうだもんね。」
「~~~~~!」
そうなのだ。美味しそうなのだ。だから食べたい。
普通に自分で食べたいという、単純かつ原始的な欲求。
『次は、十堂~・・・』
「次じゃん。」
「さあ、この話はこれで終いとしよう。良いな、五十嵐?」
「あい・・・・」
「紀伊梨ちゃん、ごめんなさいでも、」
「良いの!それは!紫希ぴょんが頑張ったごほーびです!何もしてないのにごほーびだけ貰うのは!ずるい事です!ううう・・・!」
「よしよし頑張ったなw偉いなw」
幼児か彼奴は。まあ、似たようなものかもしれません。
なんて真田と柳生の会話を横耳で聞きつつ、柳生って結構ああいう所が辛辣だよななんて思いつつ。
まあちゃんと紫希の手には渡ったからと一安心して鞄を閉めようとしていると、何だか嬉しそうな幸村と目が合った。
「何か、幸村君機嫌良い?」
「ああ、うん。なんていうか、嬉しくて。」
「何が?」
「有難う、丸井。春日を我儘にしてくれて。」
人を我儘にしておいて有難うというのも変な話に聞こえるが、意味は分かるからそこは良い。
それよりも丸井が気になるのは。
「全然足りてなくねえ?」
「そう思う?でも大分進歩だよ。
丸井を譲りたくないんだね。」
え、と、へ、の真ん中のような声が舌の裏辺りから零れ落ちた。
「あ、ごめん。」
「え?」
「ふふっ、サンドイッチが抜けたね。丸井のサンドイッチ、を譲りたくないんだね。って言いたかったんだ。」
そこを抜かすとかある?
という突っ込みは出来なかった。
そこまで頭が回らなかった。
『十堂。十堂です。お降りのお客様は~・・・』
外からは夏の匂いがした。
始まりと終わりを同時に抱く、夏の匂いが。