紫希が待機していた場所は社会科準備室である。
ここは仁王が指定した場所で、
・結構広い
・放課後人が寄り付かない
・しかし文書が沢山あるおかげで、火災防止の為に定期的に掃除されている為綺麗
の、3つの理由から選ばれた。
紫希は丸井にケーキを貰った後一足先に講堂に戻って貰い、此処で自分の女子用の制服から、仁王が準備した男子用の制服と鬘とシークレットブーツで変装して、講堂に行ったのだった。
つまり何の話かというと、準備室の方はそんなつもりで学校に存在しているわけではなくても、今日この時だけは社会科準備室は一同の拠点となってしまったのである。
「ち~かれ~た~よぉ~・・・!」
「しんどいわーw」
「きっつ・・・」
へとへとになってへたり込む3人を、幸村が適当な資料をうちわ代わりに仰いでいる。
「大丈夫かい?」
「あちゅいよ~、ゆっきー!」
「動けないー。」
「喉乾いた・・・」
「もう少し待って。今皆が色々持ってきてくれるから。」
丁度その時、真田がクーラーボックスを持って入ってきた。
「おい、言っていたボックスとはこれか?」
「有難う、弦一郎。それだよ。開けて良いから中の物を。」
「どれ・・・兎に角水分だ!」
スポーツ飲料を真田が手渡す傍ら、幸村が一緒に入っていた冷やしタオルを配る。
「冷たいーーーー!生き返るぅ~~~!!」
「おい、飲むか拭くかどちらかにしろ!零れるだろ!」
「ポカリ美味いわー。この一杯の為に生きてるわー。」
「千百合、ほら。」
「ありがと・・・」
ふらふらになりながらぽかりを受け取る千百合。
一口飲めば、ポカリとはこんなに美味い飲み物だったかと思うほど体に染み渡る。
「・・・お疲れ様。」
「ん。」
「素敵だった。」
タオルで首を拭く手が止まった。
何時もなら、何がよとか、何処がよとかいう所だけど。
でも今はしんどい。
熱い。疲れた。
「・・・有難う、見ててくれて。」
「勿論だよ。」
「大好き。」
幸村以外に聞こえなかった呟きは、幸村の右手から資料を滑り落とさせた。
「幸村?落ちたぞ?」
「・・・え?あ、ああ。有難う。」
「ふふふっ。精市もポカリ要る?」
「楽しそうだね、千百合・・・」
楽しいさ。
とんでもなく気分が良い。
やりきったのだから。
自分達は。
「よ!」
開きかけた扉を足で開ける丸井。
「あーーー!ご飯だーーー!」
「おう!しこたま持って来たぜ!」
もうこれ以上盛れませんというくらい盛られたお盆、2枚。
「おいブン太!楽するな!自分ばっかりサラダだのデザートだの持ちやがって!」
「まーまー、良いじゃねーか。な?」
「良くねえよ!」
「おおお!桑ちゃんも持ってきてくれたのー?」
「肉とかばっかり持たされてんのね。」
「重かろうにw」
盛るのは丸井がやったのだろう、桑原の持って来た皿には肉や揚げ物や炭水化物系がドン!と山になっている。
「これでは足りんだろう。人数も居るのだし。」
「おお!もう一回取りに行くよ、ジャッカルが。」
「お前も来い!」
「俺も行こう。その方が早い。」
「あんまり重いもんばっかり持ってこないでよ?」
なんせ立海は肉食が多いのだ。
「・・・ねーねー!」
「なんだい、五十嵐?」
「紫希ぴょんとやなぎーとニオニオはー?」
「・・・これは悔しいのう。」
仁王は柳の前を歩かされていた。
向かう先は皆の居る資料室である。
「こん「こんなの柄じゃないぜよ、とお前は言う。」
柳は言いながら優しく微笑んだ。
「良いデータが取れた。」
「あんまり聞きとうないの。」
「そうだろうな。誰しも、自分が照れる状況について理解など深められたくはあるまい。」
そう言うと、仁王は猫背気味の背を更にもうちょっと丸めた。
図星である。
「・・・別に、俺が居なくても良いじゃろ。」
「そうはいかない。今日の功労者はお前だ。居ないと全員が寂しがるぞ。」
「だから買いかぶりじゃ言うとるぜよ。」
「買い被りではないと判断したから、黒崎は俺を寄越したんだろう。」
柳は棗に頼まれていた。
仁王はライブ後お礼の前に逃げてしまいそうだから、捕まえておいて欲しいと。
だから気を付けていたら、本当に直ぐ逃げようとするものだから柳は少し吃驚した。
「どいつもこいつも・・・。」
「良いじゃないか。お前は人を煙に巻くのが好きなんだと分かってはいるが。」
今日は、一緒に居て欲しい。
きっと皆そう思ってる。
「・・・プリ。」
仁王は緩みそうになる口角を抑えた。
「本当にすみませんでした。」
紫希は講堂裏手で柳生に頭を下げていた。
「・・・・・・・」
「良くない事をしたと思っています。ご迷惑かけてしまった事も自覚しています。でも、どうしてもやりたかったんです。」
『一番警戒するべき対象は此奴じゃな。』
仁王はいつか、紫希と丸井に柳生の顔写真を見せた。
『生徒会っちゅうても、俺達と変わらん、中学生じゃ。終わりが良ければ、結果的に成功したからっちゅうて、なあなあで見逃してくれる奴ばっかりじゃが・・・此奴だけはどうもそうはいかん。』
『真面目タイプってやつ?』
『それだけじゃない。察しが良い。頭も良い。誰か止めに入る奴が居るとしたら、先ず此奴じゃ。逆に言うと、此奴が今回の事を許せば、生徒会をねじ伏せる・・・まあ、流して貰う事も出来るじゃろうな。』
仁王のネックは、柳生只一人に向けられていると言っても良かった。
紫希もそれが分かっていた。
だからこそ、ライブが終わった時に思ったのだ。
もしかしたら、正面切って謝ってしまった方が良いのではないか?
(思い違いかもしれませんけれど・・・)
柳生はライブの時、確かにビードロズに好意的な眼差しを向けてくれていた。
紫希はそう思っていた。
だから謝りたかった。
許して欲しい。
その上で、ビードロズというバンドを好きになって欲しい。
そんな虫の良い話通るかよ、と紫希だって思うけど。
「・・・はあ。」
柳生は溜息を吐いて、眼鏡をあげた。
「一先ず、顔を上げて下さい。」
「はい・・・」
おずおず、と言われた通り紫希は顔を上げる。
その目が完全に此方の出方を伺っているが、柳生としては実は伺われると困るのだった。
いけない女性の前で、と思いつつ柳生は再度溜息を吐いた。
「・・・正直に言います。」
「はい・・・」
「今私は、かつて経験した覚えがない程に、色々な感情が綯い交ぜになった心境でして。・・・ですから、何からお伝えすべきか非常に迷う所ではあるのですが。」
怒ってるとか。
或いは気にしてないとか。
そういうシンプルな心理状態じゃない。
だから柳生も返答に困るのだが。
「・・・そうですね、先ず少なくとも「良くもやってくれましたね」とは思っています。」
(ですよね・・・!)
そりゃあそうであろう。
「それから此方の人間の動かし方も鼻につきますね。「お前らは無能だ」と思っている其方の首謀者の考えが、透けて見えるようですよ。」
「・・・・・・」
「おまけに、人を脅しで・・・いえ。まあこれは少し保留にするとして。兎に角、悔しい事と癪である事はまず間違いなく感じていますね。」
「すみませんでした・・・!」
平謝りする紫希。
「あの、でも違うんです!」
「何がでしょう?」
「あの、その、今回の事は私た・・・わ、私が個人的に仁王君に頼んだ事でして!仁王君はお知恵を貸してくれただけで、仁王君もビードロズも他の人も、何も・・・」
「・・・・はあ。」
力が抜ける。
これも仁王の予想の内なんだろうか。そうなんだろう、おそらく。
(通ると思ってるんでしょうか、そんな言い訳が)
多分違うのだろう。
通ると思っていないけれど、紫希は言わずにはいられないのだ。
誰の事も責めないで、自分が1人悪いからと。もしかしたら、仁王もビードロズの3人も、火の粉を被らなくて良くなる、かもしれない、かもしれないから。
「・・・まあ、続きを聞いて下さい。今私が言った思いは全体の凡そ2割といった所です。」
「え・・・?」
「残りの内3割は、貴方たち・・・ビードロズに対する興味と尊敬ですね。」
「・・・・!」
目をまんまるにする紫希。
好意的に見てくれたのではとは思ったが、こうもはっきり言われるとは思っていなかった。
「本当ですよ。貴方達の演奏は素晴らしかった。日頃から努力している事が、十二分に伺えました。」
「ほ、本当ですか!?」
「ええ。・・・それに。実は最初に企画書をお返しした際、柳君に言われましてね。
・・・ビードロズは必ず、生徒の楽しみになる、と。」
本当だった。
柳生は演奏を聞きながら、確かにそう思ってしまった。
もっと見ていたい。
演奏して欲しい。
何か出来る事があれば手を貸したい。
演奏を実際に聞いてみて、心の底からそう思ったのだ。
「柳君が・・・」
「ええ。」
「嬉しい・・・!あ、す、すみません!それで、残りの5割は?」
「・・・・・・」
「?柳生君?」
言いたくない。
とても言いたくない。
これこそ癪なのだが、紫希に罪はないのだからして。
「・・・正直に言います。」
「はい。」
「・・・ワクワクしました。仁王雅治君の手口に。」
何かがおかしい。
そう思って答えを探していた時から、柳生の胸は不謹慎にも高鳴っていた。
誰かが何か仕掛けている。
とても大がかりなゲームが始まる時の様な期待感。
追跡して、発見して、捕まえたと思ったらそれは女子生徒。
そしてまんまと流れに引き込まれて見せられたビードロズの初舞台。
実に鮮やかだった。
「まあ、見事過ぎて悔しいと思う気持ちも混じっていますが。・・・という事ですので、春日さん。」
「はい・・・」
「ここは1つ、取引を致しませんか?」
「取引・・・?ですか?」
柳生の眼鏡がキラと光った。
「今回の事は不問に致しましょう。その代わり・・・私に本当の事を教えて下さい。」
「・・・・・・・」
「のう、黒崎。」
「何よ。」
「言いたい事があるんじゃったら、口に出して言うてくれんか。」
「言いたい事はないわよ、思ってる事があるだけで。」
準備室で、食料を中心に車座になる一同の中、千百合は仁王をガン見していた。
穴が開くほどというか、開くなら開けとでも思っている風だ。
「まあ、あるよねw」
「こうなるから来たくなかったんじゃがのう。」
「千百合、」
「分かってるわよ、だから文句は言わないわ。でも気に入らないと思うのは止められないから。」
「ねー、紫希ぴょんはー?」
紀伊梨がとうとう音を上げた。
「お腹空いたよー!」
「彼奴居ねえの?」
「連絡が来ていないから、そろそろ来るんじゃないかとは思うんだけどーーー」
幸村がそう言った丁度その時、部屋の引戸が開いた。
「すみません、遅くなりまして・・・」
「あ!来たー!」
「お疲れ。」
「お疲れ様です。すみません、ジュースをもう一杯用意して貰えますか?」
お客さんが居ますので。
そう言った紫希の後ろから姿を現した人物。
「どうも。」
「・・・あんた。」
「生徒会の・・・」
「柳生。」
仁王が呟くと、柳生はにっこり笑った。