それから喉が渇いたという菊丸に押されてスタバでワンドリンク頼み、帰宅出来たのはもう17時頃だった。
勿論、紫希は祖父が頗る機嫌の悪い状態で待っているなんて露知らず。
「ただいま帰りまし・・・た・・・・!?」
ずおおおん・・・・と音が聞こえてきそうな、怒ってるのか沈んでるのか判然としないようなオーラで、あぐらをかいて待っている祖父。
「・・・遅かったな・・・」
「!ご、ごめんなさい、」
「ちょっとお父さん!遅くも何ともないでしょ、紫希ちゃんに当たり散らさないで!」
「お母さん・・・」
「気にしないで良いよ、紫希ちゃん。つまんない事で勝手に腹を立ててるだけなんだから、もうお祖父ちゃんなんて放っておいて、あっちに行こう?お祖母ちゃんが御飯の準備してくれてるから。ね?」
「でも・・・」
「良いの良いの。ほら、お父さんも。」
「良いのかなあ・・・」
「良いの!」
母に背を押されるようにして、居間から広間へと移動する。
板張りの廊下を歩きながらも、目はちらちらと後ろへ。
「・・・・あの、一体何が・・・」
「うーーーん、ちょっと説明が難しいっていうか・・・」
「本当に良いよ、気にしないで?若さが羨ましいんだよ。自分だって大分めちゃくちゃしてたのに、それを棚に上げちゃってさ。」
つんとそう言う母の様子に、紫希と父は顔を見合わせて苦笑した。
母は基本的に穏やかだが、どうも祖父とは相性が悪いことが度々見受けられる。
広間への障子を開けると、祖母は豪勢な夕食を用意して待ってくれていた。
「あら、お帰りなさい!」
「ただいま帰りました。ごめんなさい、手伝いもしないで・・・」
「いやだ、良いのよそんなの!遊びに来てくれた孫に御飯のお世話をさせるなんて、祖母の名が廃るわ。それよりも、わからずやのおじいさんに何も言われなかった?」
「言われそうになったし、無視してきたの。良いよね?」
「ああ、それで良いわよ。ああなると手が付けられないのは昔っからよ、もう・・・まあ、夏はまたぴりぴりしてるからねえ。未だに何年も前のくせが抜けないのよ、あのおじいさんったらもう。」
「え?お祖父ちゃんって、夏になったら機嫌を悪くするなんて事ありましたっけ?」
「う、ううん・・・あははっ!」
「え、ええと・・・・」
「???」
夏に機嫌が悪いのは、娘を取られたことを思い出すからである。
しかし孫が生まれてからこちらは、こんな目に入れても痛くない可愛い存在に会えるようになったんだからもうそれで良くない?な心境になっていた。
それが今度は、孫娘が同じ事になろうとしている。
孫息子はまあ許せるとしても、孫娘は譲れない。
そんな事全然知らない紫希は勧められるままに席に座り、親も座りかけた所で、ようやく祖父がぬっと顔を見せた。
「あら貴方、やっと来たんですか。」
「・・・・・」
「ぶすくれていないで、座って下さいよ。」
「・・・・・」
祖父は黙ったまま紫希の隣に座った。
「い、頂きます・・・」
「頂きます・・・」
「いただきまーす。」
「頂きます。ほら、あなたも仏頂面していないで。」
「・・・・・・」
紫希と父の真はどうしてもちらちらと圭太郎の顔を伺ってしまうのだが、母の雪乃と妻である美玲は完全にいつもの事扱いして、全く意に介していない。
「そうだ、紫希ちゃん清水寺どうだった?」
「あ・・・楽しかったですよ。ちょっと、暑かったですけど・・・」
「悪かったねえ、一緒に行ってあげられなくて。この年だと、この季節出歩くのは辛くってねえ・・・」
「いえそんなの!良いんです、目的の半分はレポートですし・・・あ。それに、結果的に一人では回らなかったので・・・」
「んぐ・・・え、どういう事?」
「成り行きだったんですけど・・・偶々居合わせた子と回る事になってーーー」
「なんやて!どういう事や!」
「もう、お父さん煩い!」
紫希は肩をびくつかせた。
なんだ。何かいけないことを言ったのか。もう黙ってた方が良いんだろうか。
「紫希ちゃん、気にしなくていいから続けて?」
「で、でも・・・」
「まあ・・・お母さんが良いって言ってるんだし。で?誰と居合わせたって?」
「知らない子です・・・あ、でも、同い年です。その子もレポートの為に来ていて、でも家族の誰も一緒に来てくれる都合がつかなくて。一人は寂しいから、一緒に・・・って。」
「ほらあなた、同い年ですよ。」
「・・・・問題なのは、男かどうかや。」
「あ、男子でしたけど・・・」
「なーーーむぐ!」
「はいはい、かぼちゃでも食べていて下さいな。ごめんね紫希ちゃん、話を切っちゃって。続けて?」
「ええと・・・た、確かに男の子だったんですけど、なんだかこう、紀伊梨ちゃんに似ていて・・・楽しく回れました。」
「ああ、明るくって人懐っこいタイプかな?お友達が出来て良かったね!」
「お友達・・・」
菊丸はお友達だと思ったんだろうか、とかまた考えてしまう紫希。
成り行きで行きずりの今日だけの知り合いと思われている可能性の方が高そうだが。
結局、連絡先は交換してしまったんだけど。
「でも、紫希は本当に強くなったね!」
「え?」
「だって、初対面の男子と観光出来たんだろ?凄い進歩だよ。男子にちょっと慣れてきたかな?」
「そ、そう・・・でしょうか・・・それなら良いんですけど・・・」
「むぐ・・・何がええもんか何が!」
「あなた!」
「いや、言う!言うで!ええか紫希!世の中にはな!ええやつも居るが、悪い奴も居るんや!騙されるな!わしは・・・わしは可愛い孫娘がええようにされてるのなんぞ見とうないんや!」
「お、おじいちゃん・・・」
「紫希ちゃん、良いよ気にしないで。何度も言うようだけど。」
「そうそう、発作みたいなものよ。」
「ええ・・・ううん・・・」
紫希だって、祖父が心配から言ってくれているのはわかる。
多少行き過ぎているとしてもだ。
それはわかるけど、でも。
「・・・・どう違うんですか?」
「え?」
「良い人も居て悪い人も居て・・・おじいちゃんは、どういう人が悪い男の子だと思いますか?」
「え・・・・・ええと、そりゃあ!そりゃあ・・・」
(お?)
(あら。)
(切り返してる・・・・)
圭太郎が急にトーンダウンする。
当然と言えば当然というか、別に祖父自身、確固たる悪い男像があって説教してるわけではない。
ただ、ふんわりと漠然とイマジナリーバッドボーイを作り上げて、それに対して文句言ってるだけなのである。
「・・・そうやな、金をいちいち巻き上げたり・・・奢らせたりとか・・・」
「されてません。」
「む・・・ほ、他にも!こう、あれせえこれせえと、指図したりやとか・・・」
「紫希ちゃん、中学生になってから良い感じに我儘になったって言われてるもん。ねー?」
「わ、我儘に良い感じも何も無いと思うんですけど・・・」
「他にも!危ない遊びに誘ったりとか、煙草とか酒やとか、」
「お義父さん、中学生ですよ?折角受験して入ったのに、そんなことして退学になるような事どの子だってしませんよ!部活もバンドも台無しじゃないですか!」
「そうですよ、貴方じゃあるまいし。」
「えっ!?」
「う!ぐ・・・ぐ・・・」
「分かったら、もう孫に妙なくだを巻くのは止めてください。少なくともかつての貴方より、紫希ちゃんのお友達の方がずーーっと品行方正な良い子ですよ。」
「・・・・・・・はい。」
項垂れる祖父が気になったが、やはり母と祖母は気にしないで良い、というばかりだった。