「ふうん、そーなのかあ・・・」
「そーなの!だから、ああいう時はあんまり余計な事言わないで、そうなんですかーって流すくらいで良いんだよ!」
「そう?私、そうは思わないけどな?」
「沙綾姉ちゃん、混ぜっ返して来ないでくれよ!」
飛行機の座席に座って、紀伊梨はさっきの事を蓮から解説されていた。
とは言っても、あまり納得は出来ていないのだが。
別に何か事情があったとしても、言ってくれないとわからないし、多少能天気な返事したって良くない?と思う。
姉の沙綾等は、一周回ってその気遣いのしなさが紀伊梨の長所にもなるからと思って、止めもしていない。
「ちょっと皆、もう少し静かにして!お父さん、お仕事大変で眠ってるんだから!」
「「「はーい。」」」
「ふあ・・・紀伊梨ちゃんも眠いー・・・」
「俺も・・・」
「朝早かったもんね。眠ってても良いよ?」
「そうだな・・・ベルトだけしといて、眠る・・・」
「zzz・・・・」
「紀伊梨姉ちゃん、寝るの早!」
そうなのだ。
今日は朝一番の便に乗るから、五十嵐家は一家総出で早起きして、頑張って出る準備をして急いで空港まで来たから、眠いのだ。
五十嵐家のみならず、この飛行機に乗っているのは皆そう。
大体皆寝ていて、静かなもの。
元来寝坊助の気がある紀伊梨も御多分に漏れずぐうすか眠っていたが、飲んだジュースが効いて、一人トイレに目を覚ました。
「・・・・・むにゃ、」
はふ、と欠伸をしながらのろのろ座席の後方のトイレに。
まだ目がしょぼしょぼしている。
折角旅行なんだから起きて騒いでいたいのだが、普通に眠い上に、どうやら家族皆眠っているらしい。
流石に起こしてまでお喋りに付き合わせるのもなんだし、座席まで戻ったらまたすぐ眠ろう。
と思ったが。
「・・・んに?あれ?」
「やあ。」
「おー!後ろ眼鏡君だったんだ、全然気づかなかったよー!」
「そうだろうな。君は、俺が座席についた時にはもう眠っていたしね。」
なんと、紀伊梨の席の真後ろには、空港でノートの束を落とした彼が居た。
「えー!起こしてくれたら良かったのにー!」
「起こす理由がないと俺は思うけどね。」
「えー!お喋りしよーよー!みーんな眠っちゃって退屈なんだよー!・・・て、あり?眼鏡君は、」
「乾。」
「え?」
「乾貞治というんだ。よろしく。」
「あ!紀伊梨ちゃんはね、「五十嵐紀伊梨。」え?」
「さっき君は空港で、五十嵐さんと呼ばれると反応してしまうと言っていたね。そしてさっきから自分の事を紀伊梨ちゃんと呼んでいる。つまりフルネームは、五十嵐紀伊梨だ。間違っているかい?」
「おおおお・・・乾っち名探偵ー!」
「いや、それほどでも。」
なんて会話をしている間にも、乾は手元のノートに何がしかがりがり書いている。
「乾っちのそれはさー、宿題なのー?もしかしてドリル中すか!」
「ああ。こういう事は計画的にやった方が良い。」
「あー、紀伊梨ちゃんそれ嫌いー・・・」
「まあ、それは好みだろう。俺は時間が無い方が嫌なんだ。」
「ふーん・・・え、でもさー。そんなに急がなくて良くなーい?」
ぴた。
と乾の手が止まる。
「・・・やりたい事があるんだ。」
「お?」
「まとめたいデータがあってね。でも時間が足りない。」
二人だったら。
余裕で出来ていたのにな、今頃。
一人でやるようになってから夏はもう数度迎えたけれど、慣れたかと言われると未だに慣れない。
「そうなんだー。乾っち忙しいんだねー。」
「忙しいというか・・・まあ、好きでやってる部分もあるから、ニュアンスは少々変わりそうだな。」
「へー。でもデータとかって紀伊梨ちゃんの友達・・・あ!」
「ん?」
「そーだった、紀伊梨ちゃん乾っちにごめんなさいしないと・・・ごめんなさい!」
「どうして謝られているのかわからない、説明が欲しい。ノートを拾って貰ったのは俺の方だ。」
「そーじゃなくてー。蓮がねー、乾っちは知り合いのお名前がって言ってたけど、多分そーじゃなくてお友達と喧嘩か何かしたんだよーって。だからあんまり無神経な返事するなって・・・乾っち?」
「ふっ・・・ふふ、ふふふふ・・・ああすまない、気遣いは有難く受け取るよ・・・ふふふふふ。」
「え、何ー!?何で笑うのさー!」
それを口に出した時点で気遣いでも何でもなくなってしまってる事に、紀伊梨自身が全然気づいていない。
でも、おかしいと感じて笑える程度には受け入れ始めているのだなと乾は自己分析した。
「・・・喧嘩をしたわけじゃない。」
「あれ?そなの?」
「ああ。ただ・・・相手が何を考えているのかわからないんだ。」
「・・・・・・」
「ずっと一緒で気が合って、昔は何を考えているかなんてお互いすぐわかったのに・・・いや、わかると思っていたのは俺の方だけだったのかもしれないな。」
「・・・・うん?」
「確かに喧嘩じゃない。喧嘩じゃないが・・・俺は、嫌われていたのかもーーー」
「え、どーしてどーして!?どーしてそーなるの!?おかしいよ!今のは紀伊梨ちゃんでもおかしいってわかるよ!」
「いや。君は俺の事も彼奴の事も、よく知らないからそう思うかもしれないが、」
「紀伊梨ちゃんは乾っちの事もお友達の事も確かに知らないけどー!でも、紀伊梨ちゃんの友達の事は紀伊梨ちゃんはわかるよ!
紀伊梨ちゃんは色んな友達がいっぱいいるけど、考えてる事がわかるなんて思った事ないよ。寧ろ全然わかんない人の方が沢山居るけど、でも友達だよ?考えてる事がわかんなかったら友達じゃないの?」
今まで何度も紀伊梨は人と喧嘩した。
行き違いもあったし、人同士のトラブルの傍観者になった事だってある。
でも、何考えているかわからない事と、友達かどうかを結び付けた事はない。
「・・・・そうかもしれないな。」
「ね!だからーーー」
「だが、それを差し引いても俺は考えを変える気にならない。」
「え、なんでー!?」
「君は元々、相手の考えがわからなくても良いと思って友達で居るのかもしれないが、俺は違う。わかってなくてはいけないと思ってたわけじゃないが・・・一時は確かに分かっていたんだ。それが分からなくなってしまった。つまり、状況が変わったんだ。」
「・・・・・」
「元々分からなかったのと、後からそうなったのでは話が違う。じゃあ何故そうなったのかと言うと・・・それはやはり、俺が嫌われてしまったんじゃないか。そう思うんだ。」
「でも!・・・でもー・・・」
「君が励まそうとしてくれているのは分かる。有難う。だが・・・やはり、俺は君と同じようには考えられない。」
「・・・・・」
「すまないな。」
『ご搭乗の皆さまにご案内を申し上げます。当機は、これより1時間ほどで着陸体制に・・・・』
「ふああ・・・あれ?紀伊梨、どうしたのそんな所で?席にちゃんと座らないと危ないよ、こっちに来なさい。」
「・・・はーい。」
振り返って手を軽く振ると、乾は軽く振り返してくれた。
そしてその手で、またペンを取った。