Family moments 2:My dream 1 - 3/5


「きゃほーーー!空よー!海よー!こんちわーーー!」

着陸してホテルに着いて、速攻で荷物を下ろすと、紀伊梨はもう一目散にビーチに行ってしまう。

いや、行こうとした。

「こら。」
「ぐえ!げほ、おかーさんなーにー?」
「こんな事もあろうかと、お母さんちゃーんと準備してあるんですからねっ!」
「何を?」
「はい。」

そう言って、母皐月が手渡したのは宿題のドリルであった。

「・・・・・えーーーー!?」
駄目!ぜーったい駄目ですからね!お母さんはね、この1学期かなり色々譲歩してあげてるんだから!休み明けのテストで絶対平均点取るから、って条件付きでね!すぐに終わるからこの位はしてからにしなさい!」

周りの家族に助けを求める目線を走らせてみても。

「いや、そりゃそうだよ。」
「大丈夫だよ紀伊梨、そんなにはかからないから。多分?」
「・・・どうしても終わらなければ、昼からでも・・・」
「昼までで十分終わります!良いね、紀伊梨!」
「・・・・・みゃああああああ!」



「ってわけでー・・・駄目すか?」
『駄目とは言わないが、もう少し自分でどうにかしようとは思わないのか?』
「しよーと思ったもーん!でも出来ないのー!複数形のbe動詞が・・・be動詞って何だっけー!もー、わかんないよー!」
『落ち着け。最初から思い出してみろ。be動詞と言うのは、』

今がテニス部も休みで良かった。
遊べる日程とセーシェルが被ったことを恨んだ覚えもあるが、こういう時は本当に助かる。

「・・・・おしゃ!えーと、次がー・・・ん?」
『どうした?』
「・・・誰か歌ってる。」
『携帯を落とすなよ。』
「ほいふー。」

せめて気分だけでも、と思って開け放しておいた、オーシャンビューの窓。
そこから、誰かの歌声が聞こえる。

デスクから離れてテラスへ出、下を見下ろすと、綺麗な長い茶髪を潮風に揺らして歌う少女が居た。

いや。歌ってはいたが、時折何かを思うようにして途切れている。

「・・・お喉痛いのかな?」
『どうしたんだ?イベントでもやっているのか。』
「うーうん。下でねー、女の子が歌ってるんだけど、何かちょっと調子悪そーなの。」
『・・・そうだな、15時から19時の間にまたかけてくれ。』
「へ?」
『見に行くんだろう?』
「・・・・!うん!じゃあまた夜にかけるね!」

紀伊梨は通話を切って、部屋を飛び出した。
ドリルを放りだして。
ついでにルームキーも放りだして。





「えーと、えーと?この辺だったかにゃ?えーっと、あっちが紀伊梨ちゃん達のお部屋でー、」

紀伊梨は頭が悪い部分もあるが、方向感覚は左程悪くはない。
大体の位置関係は本能的に分かるので、順調にさっき見下ろした場所を目指せていた。

「えー・・・あ!居た!おーい!」

「(え?・・・・え?)」

「おーい!」

おーい、と言われたって、向こうからしてみたら紀伊梨はただの見ず知らずの女子中学生である。

若干たじろいだ様子の少女に、紀伊梨は実に無遠慮に話しかける。

「やほー!」
「・・・Hi.」
「え!あれ、英語だ!どーしよ、紀伊梨ちゃんえーごわかんない!えーと、えーと、えー・・・は、はろー!ナイストゥミーチュー!」
「・・・Hi.」
「ハアイ!・・・で?えーと?なんて言うんだっけ?えーと、歌ってたの・・・あれ?歌・・・ソング?ミュージック?・・・あ!Sing!Sing a song?」

紀伊梨の態度というか性格は、実は海外で非常に通用しやすい。
ボディランゲージ。豊かな表情。文法が分からなくても、単語とイントネーションで体当たりでぶつかる。これが実は、とても重要なのだ。

おかげで彼女も、何を言ってるかは分かった。
わかったが。

「・・・No.(いいえ)」
「え?」
「(聞き間違いよ)」
「え、ちょ、ちょっと待ってよ!ってゆーか、なんて言ってるのかわかんないよ、ねー!ちょっと待ってってば、えーと、待ってってえーごでなんて、えーと、あー待って!」
「Bye.」
「バイバイじゃなくてー!えー、えー、What’s your name!」

ぴた。
と彼女は足を止める。

「って、あ!違う違う、これはお名前聞く時のやつで、」
「・・・Rilla」
「え?」
「Bye.」
「あー!待って待っ・・・あーもー!」

彼女は、すたすたと別のホテルに入ってしまった。
これをされると、もう紀伊梨は中には入れない。

でも名前は分かった。

「彼女はリラと言うんだな。」
「え?あー!」
「やあ。良く会うね。」

ノートとペンを持った乾が、背後に立っていた。