そんなわけで東京にてフリータイムに突入した千百合だったが、何か目的があったわけではなく、家に居たいからが理由で家を出たわけで。
出たは良いが何処へ行けば良いかも分からず、当てもなく、取り敢えず足の向くままに移動して大型のショッピングモールに辿り着いた。
「はー・・・」
しかし。
移動したは良いが、夏休み中でどこも人が多くて、これはこれで疲れる。
公園は暑いし。
お茶にもお金がかかるし。
適当にぶらついて頃合いになったら帰ろう・・・と思いながらモールをぶらついていると、大型書店のテナントが目に入る。
「・・・・・・」
普段書店になんて来ないから、どうも勝手がわからない。
(えーと・・・あ、あの辺。)
千百合が目にしたのは、スポーツ心理学という本だった。
紫希がイップスの事について調べ始めたのは知っている。
が、千百合はどうもそこまで調べ上げる気にはならなかった。
あくまで本に書いてあるのは普遍的な事なのであって。
千百合が知りたいのは世間一般としてどうか、という話じゃなくて幸村の事なのであって。
イップスについては書いてあっても、イップスを引き起こす人間が居るかどうかなんて、どこにも書いていやしない。
「・・・・・・・」
うん。
やはり、普通の事しか書いていない。
はあ、と軽く溜息を吐きつつ、そのままその足でスポーツ雑誌のコーナーへ。
テニスの雑誌をパラ読みして、幸村がどこかに写ってないかなあ、なんて考えたり。
先日全国大会終わったばかりなので、特集が組まれるのは凡そ秋口くらいだろうか。
君島育斗が勝った、という見出しの本が何冊か出ているのもチラ見しつつ、もう良いか出てしまっても、と思い出口付近に行った所で、知らない女子達が顔を寄せ合って雑誌を見ながらきゃあきゃあ騒いでいた。
「ほら、やっぱりこっちのメイクのが良いって絶対!」
「えー!嘘だよぜーったい嘘!こっちのが良いに決まってんじゃん!」
興味のない話題。
そのまま横を通り過ぎようとした千百合の足を止めたのは、その知らない女子コンビの次のやり取りだった。
「あのねえ!誰だってブスより美人のが良いに決まってるでしょ、つまり美人度UPメイクこそがファーストキスへの近道なわけよ!」
「そこが違うって言ってんの!あくまで目的はキスなんだから、そそるメイクのが良いに決まってんじゃん!」
「そんな露骨なの嫌よ!」
「嫌も何も、露骨な話をしてるんじゃんかー!」
「・・・・・」
余りにもタイムリーな話題に、千百合は暫く立ち止まった後、引き返したくなったのを押さえつけて無理やり書店を出た。
「はーあ・・・」
スタバの列に並びながら千百合は溜息を吐いた。
疲れた。意味もなく疲れた。
いや、人の話を立ち聞きして反応する方が悪いのはよくよく分かっているのだけど。
でも、どうしてもあの手の話に最近敏感になってしまって。
「・・・アイスのラテ一つ。」
「かしこまりました。それではそちらでお待ちください。」
本当にキスをすれば、キスの事で悩んだりしなくなると思っていたのになあ。
いや、悩んでいるわけではないんだけど。でもどうしても思考がそっちに傾くというか。
(・・・あ、テラス空いてる。)
空いてるのでそこに座った。
テラスと言っても、テナントの外というだけでモール内ではあるので涼しい。
「・・・・・・」
何だか欲求不満みたいで自分で自分が恥ずかしいのだが。
いやでも、これは幸村も少々悪いんじゃないか、なんて責任転嫁的な事もちょっと考えたり。
兎に角幸村の好意の表現は、千百合を大事に大事に守って保護する方向へ働きがちなので、もっとぐいぐいきてくれても良いのにとか思うのだ。
(そもそも傷つかないように大事に過保護にって、何か一歩間違えると疑似兄弟的な方向に行きそうなんだよね。)
だからこそ、千百合的にはキスもそうだけど、あの時危ない目に遭うかもしれないがそれでも付き合い続けて欲しいと言われた事も同じくらい嬉しかった。
ああいう、見ようによっては千百合が傷つきかねないような意思表示がもっと欲しい。
まあ、それは今まで何度か言ってもあまり聞き入れられない事ではあるが。
(それこそ、精市って紀伊梨とかは結構雑に扱ってるよね。)
自分にもああいう風で良いのに。
と思う事も結構多い。
「・・・・・・・」
ストローでラテを吸うと、冷たいのが美味しい。
あまり甘くなくて、頭が冴える。
ふう、とまた溜息を吐きかけた時。
「・・・・?」
なんだ。
視線を感じる。気がする。
ちょっと後ろとかを向いてみるが、特に誰が見ているわけでもなく。
気のせいか、と思い顔を戻して。
ふと前を見ると。
(・・・・占い?)
スタバの面しているモールの広場。
そこに、期間限定イベントとして占い師が何人かブースを作って占いしている。
そのかなり中心。
年齢層としては30代以上っぽい人ばかり座っているブースの中、とびきり若い美人な女性が千百合を見ていた。
客ではない。
座っている位置的に、あからさまに占う側の人間である。
きつい視線を向けているとかそういうわけではなく、ただ見ているという感じ。
千百合が目を合わせると、彼女は驚いた風もなく、にっこり笑った。
(・・・・何?)
彼女は微笑むと、視線を外して自分のテーブルを見下ろして何か作業し始めた。
なんなんだろうか。
新手の勧誘か。
「・・・・・」
まあ。
別に占いとか、左程興味ないし。
千百合は飲み終わったカップを捨てて、スタバを出ることにした。
広場を横切る際に、彼女に話しかけられるかと思ったが、目の前を通り過ぎても何も言われなかった。