「お父さん、皆が来たよ。」
奥の部屋でそう声をかけられた祖父の朝雄は、視線をこちらにちら、と向けて。
「お帰り。」
一言、そう言っただけ。
それだけで、また目線を机の上にもどした。
角度的に何を読んでいるのかは見えないが、多分難しい小説か新聞か何かだろう。
「私達、居間に居るから。」
「ああ。」
立ち上がって追って来る事も無く、祖父は自室に籠り続ける。
隣を歩く美梨が、そっと可憐に耳打ちした。
「ね?何も言ってこないよ?」
「・・・私は、それが気になるんだけどっ。」
どちらかというと、可憐は自分が明るい性格なので、気難しい人が苦手である。
しかし祖父はもろにそのタイプで、久しぶりに会ってみてもやっぱり苦手だと思うばかりだった。
でも、まあ良いや。
そもそも祖父にそれほど関わる事も無いし。
美梨の言う通り、あっちからぐいぐいくるわけじゃないから。
そう思っていたのだが、この認識は間もなく覆る事になった。
「あれ?あれ?あれ?」
「お祖母ちゃんどうしたのっ?」
「おっかしいわねえ、確かこの辺にお菓子が・・・あれ?」
「お母さん、またなくしたの?」
「な、なくしてないわよ!捨てたり食べたりした記憶はないのよ、でも・・・あ!そうだ、仏さまにお供えしたから仏間だわ。」
「あっ!じゃあ、私取ってくるよっ!」
「あらそう?じゃあお願いできる?」
「うんっ!」
可憐は廊下に出て、家の更に奥に進んだ。
可憐は、仏間に入ったことは殆どなかった。
小さい頃は転んで仏壇に何かあったら大変と言われて遠ざけられていたし。
でも流石にもう中学生だから、お供えのお菓子を取ってくるくらい出来るはず。
そう思って名乗りを上げたのだ。
「えーと・・・お菓子お菓・・・子・・・・!」
可憐は心臓が止まるかと思った。
部屋には祖父が居た。
さっきまであっちに居たから、完全に此処には居ないつもりでいたのに。
「何だ。」
「あ・・・・あの・・・・お菓子を・・・」
「そこにある。」
「は、はい・・・」
別に何も責められているわけじゃないのに、責められているような気がしてしまう。
さっさとお菓子だけ取って帰ろうと思うのに、どうしても祖父の方が気になる。
その祖父は棚を開けて何事かがたがた出し入れしているが、何をしているんだろうか。
と思って見ていると。
「あ・・・」
何かがひらり、と引き出しの隙間から落ちて、奥の机の影に着地した。
祖父は気が付いていない。
そして、そのまま出て行ってしまった。
「・・・・・・」
戻した方が良いんだろうか。あれ。
まあそうだろうな。
可憐はそろりそろりと近づくと、落ちたそれに手を伸ばして取った。
「よい・・・しょっ!ふう・・・あれ?絵葉書だっ。」
それは1枚のポストカードだった。
裏には何も書いていない。
ただ、熱海と書かれたスタンプが押してある。
熱海に行った事があって、その記念に買ったとかそういう事かな。
と思い、何気なく表を見て。
「・・・・!」
可憐は目を見開いた。
「お姉ちゃん?」
「ひいいいいっ!」
急に妹が入室してきて、可憐は飛び上がった。
「え?何?何なの?遅いから見に来たんだけど・・・」
「あ、み、美梨っ!な、何でもないよ、何でもっ!」
「????」
絵葉書の表には文章が書いてあった。
可憐はそれを読んでしまったのだ。
まあそれはしょうがない。そもそもそんな小さい字でも長文でもなかったので、ものの数秒で全文読めてしまった。
問題は中身である。
『気さくで優しい、笑顔の素敵な貴方が好きです 理恵より』
祖父に当てたのではない事を可憐は一瞬で感じ取った。
気さくとか笑顔が素敵とか、そんなの祖父からとても縁遠い単語である。
が。
なら、誰に当てたのかというと。
そして、それを何故取ってあるのかというと。
(ど・・・どうしようどうしようどうしようっ!これ、一体どうしたら・・・!)
祖父は知っているのだろうか。
この、妻が他人に当てて書いたラブレターを。
どうしようこれ。
もしかして祖父母の破局の危機なのでは。
近年急増!熟年・シニア離婚!みたいな、いつかどこかでちらりと見た何かの見出しが脳裏を過る。
「行こうよおねーちゃんってば。何してるの?」
「あっ!う、うんっ!うん・・・」
結局可憐はお菓子を取るふりをして、仏壇の隙間にさっと隠してしまった。