Prologue Side H - 5/6


「破滅へのロンドだ!覚えておけ!」

コートに響く王の声。

忍足のラケットを弾き飛ばした打球は一度跡部の方へと返り、
もう一度忍足のコートを抉った。

「Game and match! Won by 跡部!」

再度上がる歓声。

忍足は負けたのだった。

「あかんかったか・・・」

溜息を吐いて、ネット越しに握手。

負けた。

でも、楽しかった。

こんなに楽しい試合は初めてだ。

「強いなあ、自分。」
「あーん?俺様が勝つのは当然だろ?」
「どこまでも態度でかいなあ。」

もう、ほんの少しだけ謙虚になっても罰は当たらないと思うのだが。

「だが・・・俺様に破滅へのロンドを打たせるまで追い詰めた事は褒めてやる。お前、名前は?」
「忍足侑士や。自分は?」
「あーん?跡部景吾だが・・・お前、寝てたのか?新入生代表で挨拶しただろ?」
「ああ、聞いてないわ。」
「は?」
「俺達、遅刻してん。学校来たん昼過ぎや。」

跡部は素でびっくりした顔になった。

しかしそれも一瞬。

怒るか?と思いきや、跡部は破顔した。

「クッ・・・ハハハハハハハハ!良いだろう!俺様は今気分が良いからな、特別に許してやっても良い。」
「そらおおきに。」
「今はな。普段なら極刑だ。」
「其処まで悪い事やろか?」

なかなかどうして突っ込みどころの多い奴だと思いつつ、忍足は跡部を気に入り始めていた。



(わあっ、わあっ、わあっ、わあっ、わあっ・・・!)

可憐のドキドキと打つ胸を満たしている感情は今、たった一つ。



凄い。

テニスがよく分からなくても、尚、人の目を奪う何かが今の試合にはあった。
これから起こる大きなうねりを想起させるような何かが。

もっと見ていたいと思った。

叶う事ならば、誰より近くで。

一番近くで。

テニスを。

氷帝学園テニス部を。

王の行く末を。

そして何より。

誰より。



(忍足君をーーー)

そう思った時には、可憐は知らぬ間に走り出していた。







「で?お前もうちのテニス部に入るんだろう?」
「せやな。思うてた以上に面白そうやし・・・」



「あのっ!」

コートから出て話し込む跡部と忍足に割り込む声。

忍足にとっては、今日1日ですっかり耳に馴染んだもの。

「あのっ、あのっ、あ、わっ・・・!」

転ぶ、と思った瞬間、忍足の右手が可憐の腰を捉えた。

「・・・落ち着きて。」
「ごっ、ごめんなさい!」
「なんだお前は?」

跡部が顔を向ける。

そうだ。
自分は跡部に用がある。

次期、いや、もう部長であるこの少年に。

「あのっ!私桐生可憐って言います!追加のマネージャーは募集していませんか!」
「・・・あーん?」
「えっと、あの、だから、マネー、ひゃあああっ!?」
「ちょっ・・・!何すんねん跡部!」

唐突に頬を摘み上げられ、悲鳴を上げる可憐。
忍足が慌てて可憐を庇うが、時すでに遅し。
痛い。

「あううう・・・」
「あーあー、赤うなってもうてるやん・・・」
「此奴の口ぶりからするにお前だろ、俺様の挨拶を聞いてなかったもう一人は。よくもそれで、のこのこと顔を出せたもんだな、あーん?」
「やから、それそんなに悪い事かて。」
「あう、あの!聞けなかった事はごめんなさい!でも、私マネージャーやりたくって!」
「・・・マネージャー、ねえ・・・」

正直、マネージャー云々に関しては、跡部がこの氷帝学園中等部男子テニス部を運営するに当たり、未だ考えを詰め切れていない所であった。

雑務に人手は欲しい。

それは確かだが、同じ学園の女子生徒の手を借りる事のメリットとデメリットを天秤にかけた時、果たして+に傾くかどうか。

現状、既に在籍しているマネージャー陣が居る事も含め、今返事はしかねるな、と跡部が考えた時だった。

「駄目なの?マネージャー。」

今度は誰だよ、と思いつつ、その声の持ち主を見やると。

「お前・・・女子ジュニアの網代茉奈花か。」
「あ、知っててくれたんだ?ちょっと嬉しいかも。」
「へえ。御嬢さんもテニスやるんか。」
「うーん、ううん、かな。もう出来ないんだよね、個人の事情って奴で。」

ピクリと跡部の眉が動いた。

「だからマネージャーを、か?それなら女子テニスで良いだろうが。」
「駄目よ。少なくとも私は、女子テニスだからとか男子テニスだからとかじゃなくて、跡部君と忍足君が居るテニス部が面白そうだなって思ったんだから。」

網代の言った事は、そのものズバリだった。

可憐も思っていた。
全く同じことを。

だから駆けてきた。

誰より早く。

「あ、あの!お願いします!」
「桐生さん・・・」
「私、テニスの事はよく分からないけど、さっきの試合を見てとってもわくわくしたんです!上手く言えないけどその、見た事ないくらい素敵な事が始まる気がして、それでお手伝いがしたくて!だから、あの、ああう、どう言ったら良いんだろう・・・!」

慌てれば慌てるほど適切な言葉が思い浮かばない。
網代みたいに、スマートに説明出来ればいいのに。

(・・・桐生さん)

おろつく可憐に忍足は微笑んだ。
この子は今、自分がどんなにそれを聞いて嬉しく思ったか分かっては居まい。

「まあとにかく、この子も私と同じって事、ね。どーお?こんな可愛い女の子が2人も頼んでるのよ、部長さん?」
「ふん・・・・」

言い分は分かった。
動機も悪くない。

「・・・1つ条件を付ける。」
「条件?」
「そうだ。女子マネージャーの取り仕切りは網代。お前がやれ。」
「わ、私?」

流石の網代もちょっと引いた。

「簡単に言うけど、私1年生よ?」
「関係あるか。」
「あるわよ。だって今既にマネージャーの人達は先輩で・・・」
「だからそれが関係ねえんだよ。今居る奴らが邪魔なら、誰だろうと追い出していい。使える、俺様の眼鏡に敵うと思った奴だけ入れろ。」

横暴ってレベルじゃねえのですがそれは。

などと今更誰が言えよう。



賽は投げられた。
自分達は跡部に傅く事を決めたのだ。

「・・・分かった、飲むわ。」
「決まりだな。」
「とりあえず、さしあたって可憐ちゃんは採用、ね。」
「えっ!?良いんですか!?やったあ!」
「当たり前やろ。」
「精々働けよ。使い物にならなければ、網代がなんと言おうと俺様が追い出すぜ。」

「はいっ!頑張ります!!」

可憐の笑顔を、春の日暮れが優しく照らしていた。