Prologue Side H - 6/6


西日を背に受けながら、可憐と忍足は2人並んで電車の座席に座っていた。

「濃い一日やったな。」
「うん。色んなことがいっぱいあったね。」

なんだか夢を見ているみたいだ。

今朝転んでしまった時は、最悪な一日になる事を覚悟していたのに。

「・・・ねえ、忍足君っ!」
「ん?」

「今日は有難う!忍足君のお蔭で、私とっても楽しかったよ!」

忍足はキョトンとした顔をした。

「いや、なんで俺のおかげやねん。」
「忍足君のおかげだよ!だって私、今日は本当は、1人で電車間違えて一人で遅刻して怒られて、テニスの事とかなんにも知らないままお家に帰る所だったんだもん。」

でもそうはならなかった。

忍足が居てくれたから、電車の中でも楽しかった。
遅刻しても学内で迷っても、どこかうきうきしていた。

それに、テニス。

あんなに素敵な世界を教えてくれた。

「だから有難う、忍足君。」
「・・・そら、どういたしまして。」

でも、忍足だってお礼を言いたい事がある。
お礼というのも変な響きだから、ちょっと言い方に困るけれど。

(どう言おかな・・・)

とかなんとか考えていたら、隣がやけに静かになった。

「・・・?桐生さん?」
「うん・・・?」

(ああ、おねむやわ。)

意識はまだあるようだが、閉じたげな瞼と揺れる頭が、可憐が睡魔に負けそうになっている事を物語っている。

「なーに、忍足く・・・ん・・・」
「ええよ、寝てても。今朝の駅で起こすさかい。」
「うん・・・だい、じょうぶ、だょ・・・」

そう言いながらも、寝てて良いと許可を得た事が眠気に拍車をかけたのだろう。
可憐は間もなく意識を半分以上手放した状態で頭を傾けてしまった。

通路側に。

「こっちや、こっち。」
「ん・・・」

頭を自分の側に傾けさせると、首元が安定した安心感で可憐はとうとう完全に寝付いた。

すう、すう、と規則的な吐息が聞こえる。

(妹とか居ったらこんな感じなんやろか?)

どうも可憐は面倒を見たくなる。
ドジなのもあるけれど、同じくらい突拍子も無い事をしてくるからでもあるのだろう。

さっきみたいに。

(見た事ないくらい素敵な事が始まる気がして、お手伝いがしたくて、か・・・)

今朝可憐は、打ち込みたい物は無いのかと聞いた時、普通にしているので精一杯なのだと答えた。

今にして振り返ると、あれは本来の可憐の姿では無かった。

ドジな自分に何処か自身がなくて、その所為で出来るのか、出来ないのか、なんて事を気にした返事になってしまったのだろう。

本来の可憐は、今日の夕方見た姿。

失敗するかもしれない。
でもやりたいから、精一杯やります!
と意気込んで言って見せた姿だ。

それは自分のおかげだ、なんて。

(そんなん言われたら、ますます頑張らなあかんやんか。)

嬉しくて、嬉しくて。
自分があの笑顔を引き出したのだと思うと。

「よろしゅうな・・・可憐ちゃん。」

夢の中まで、よろしくが届く事を願って、忍足は囁いたのだった。





尚、起こすと言っておきながら寝落ちてしまった忍足と共に、1時間後に2人して終点の駅で顔を引攣らせる羽目になるのだが、それはまた別の話。