さて、放課後。
今日も氷帝学園テニス部には、ボールの弾む音が其処彼処から聞こえる。
そんな部活中の隙間時間でのお喋りは、やっぱり連休の話が聞こえてくる。
「な、お前休みの日どうする?」
「うーん、俺は・・・」
「こーら!」
網代の声に、会話していた部員は飛び上がった。
「お喋りは後よ!まだダッシュのメニュー終わってないでしょ?」
「は、はい!」
「行ってきます!」
ぱたぱたと駆けて行く姿を見送って、網代は溜息を吐いた。
「茉奈花ちゃん、お疲れ様っ!」
「あ、可憐ちゃん!お疲れ様。」
「大変だね、今日は皆あんな調子で。」
「そうよ。もう、み~んな浮き足立っちゃって!」
お休み前に気がそぞろになってしまう心理も分からないではないが、さっきみたいな事が今日は至る所で出て来る為に、注意する側としてもなかなか大変である。
「・・・因みに、可憐ちゃん。」
「うん?」
「可憐ちゃんは何処か、遊びに行ったりするの?」
「あ、お喋り。いけないんだー、茉奈花ちゃん。あははっ!」
「ふふふっ!跡部君には内緒、ね?」
自分達もこうしてお喋りしてしまう。
やっぱり皆、今日はそわそわしている。
「ううん、でも私は予定ないかなっ?クラスの友達も、お休み被らなくって。」
「あら、残念。」
「うん・・・でも、夏には一日で良いから遊ぼうって、約束したんだ!茉奈花ちゃんは?」
「ん?うーん・・・私は~・・・」
網代はきょろきょろ、と大きい瞳を辺りに走らせて、可憐の耳にそっと囁いた。
「・・・映画。行ってきます♪」
エイガ。
映画。
「・・・・!そっか!GWだったよね、行ってらっしゃい!」
「うふふっ!うん、楽しみなの。」
「何見るのっ?」
「『ヤマトナデシコさん北へ』、知ってる?」
「うーん、ちょっとしか知らないなあー。CMで見た程度かも。どんな映画っ?」
可憐の質問に、網代は悪戯っぽく笑った。
「実は、私も知らないの!侑士君チョイスだから。」
「そうなのっ!?でも、確か恋愛映画だよね?」
「そう。意外と恋愛物とか、好きみたい。私も吃驚したんだけど、ね?」
「そうなんだ・・・」
「茉奈花ー!ごめん、ちょっとこっち手伝ってー!」
振り向くと、少し離れた所でマネージャーの1人が手を振っていた。
「ごめん、行ってくるね?」
「あ、うん!じゃあ・・・」
駆けて行く網代。
その背に振る可憐の手は、心なしか力無い。
(・・・やっぱり、ちょっと寂しいな。)
例えば、自分は予定が無い事とか。
自分の知らない忍足の一面を、網代は知っている事とか。
「・・・でも、良いや。」
寂しく思っても良いんだ。
寂しがったその後は、一緒に居ようと言えば良い。芥川がそう教えてくれたから、
可憐の気分は少し上向きになった。
可憐は気づかない。
まだまだまだ。
何時か芽吹くその思いの、種が植わっている事さえ。
向日には姉が居る。
口煩いなと思う時もあるが、なんだかんだ仲の良い兄弟で、会話も良くする。
そんな姉から教えて貰った処世術の一つに、こんな物がある。
『人の色恋沙汰に首を突っ込むな。』
聞いた時は尤もだと思うと同時に、誰がそんな面倒な事をわざわざ進んで、と思い、話半分に聞いたものだ。
今。
向日はもっとちゃんと、仔細を聞いておけば良かったと後悔している。
「なあ忍足ー、あのさ・・・」
「映画やったら行くで。」
「え!あ、そ、そう・・・なの?」
「おん。」
「つうかお前。俺が何聞きたいのか良く分かるな?」
(お前で16人目だからだよ・・・)
『忍足、GW、網代さんと映画行くの?』
隣に居る向日でさえ、いい加減耳タコなこの質問。
当の忍足は輪をかけてうんざりしているであろう。
「うざってえなー。」
「別に岳人はうざないんとちゃう?俺に聞いてるんやし。」
「隣で聞いてるだけで十分うぜーよ!クソクソ、どいつもこいつも壊れたテープみてーに同じ事ばっかり!」
「言い得て妙やな。」
はあっ!と向日は大袈裟に溜息を吐いた。
これじゃ考え事してる暇もない。
(・・・いや別に、俺が考えないといけない義理も義務も何も、ねえんだけどさ。)
そう、そんなもの無い。
無いから放っておけば良いのだが。
「・・・・・くう。」
よっしゃ、無視するぞと気合を入れ直す度に脳裏をちらちら掠めるのは、可憐の顔。先日一緒に帰っていた時に、並んで帰る忍足と網代を見て、仲良しだと言った時のあの寂しそうな笑顔だった。
あれだけでもダウトだったが、駄目押しにこの前の寂しかった発言である。
可憐は忍足の事が好きなのではないか?
この考えはどう無視しようとしても、向日の頭にしっかとしがみついて離れないのであった。
そしてそうなると、次に気になるのは忍足の動向である。可憐は友人なのだから、友人の恋は実って欲しいと思う。
故に、忍足にその気が無いのなら、極力可憐が悲しむような事はして欲しくないのだが。
(でもなー、そんな事俺がどうこう出来るわけでもねえし、そもそも色々微妙なんだよなー。)
先ず、可憐が忍足を好きなのかという話からして微妙と言えば微妙なのである。
本人は友達だと言ってるし。
忍足にしても、網代にそういう意味での好意を持っているのかと言われると、此れだけで判断は出来ない。
しかし正面切って聞いた所で、軽快な答えが返ってくる気などしない。
(・・・いや、待てよ?)
可憐は答えが返ってこないかもしれない。
鈍感の気が感じられるし。忍足も無理だろう。網代が好きだったとしても上手く誤魔化すに違いない。
じゃあ、網代は?
(彼奴は何考えてんだろ。)
網代は可憐みたくボケキャラではない。忍足みたくはぐらかしたりもしない、さっぱりした性格である。
「・・・良いかも。」
「?何がや?」
「え!ああ、なんでもねえ!こっちの話!」
「そうなん?」
「おお!俺、ちょっとドリンク貰ってくる!」
「ああ、序で、に・・・」
自分の分も、と言おうとしたのに、ダッシュの向日はもうかなり遠くへ行ってしまっていた。
「・・・?そんな喉乾いとったんやろか。」