ドリンク置場に行くと見せかけ、マネージャーが使う作業場に行った網代を追いかける向日。
(・・・おし!誰も居ねえ!)
ラッキー。
聞くなら今だ。
(深呼吸、深呼吸・・・良いか、此処「だけ」だ!)
此処「だけ」。網代の話「だけ」聞いたら、もう後は、進んでは関与しない。
「・・・網代。」
「うん?あら、向日君!どうしたの?何か用事?」
「おう・・・うん。」
用事と言うにはあまりにもあんまりな用事だが。
「何?」
「あー、いや。あのー・・・」
いけない。段々「俺何やってるんだろう」な気分になってきた。
でも此処で引いたら又ぐるぐる考えてしまうだろう。
向日はゴホンと咳払いを一つした。
「・・・ザックリ聞くけど!」
「?うん。」
「お前侑士の事好きなの?」
もっと回りくどく、映画行くんだって?とか、色々噂されてるけど、とかそういう切り出し方も出来た。
でも網代なら、多分此処までバッサリ聞いても怒らないだろう、と踏んだのだった。
網代はキョトンとした顔で目をパチクリさせた。
「・・・随分直球、ね。吃驚しちゃった。」
「ま、お前だから良いかと思って?」
「ふふっ、な~にそれは。喜んで良いのかしら?」
言いながら網代は、辺りを見回した。
「誰にも内緒よ?」
「おう。」
「・・・私ね、侑士君に初めて会った時から、ず~っと思ってる事があるの。」
「・・・?」
「誰かと恋をするんなら、侑士君が良いなって。・・・そう、思ってるのよ。」
する、と手からラケットが抜けそうになって、向日は慌てて握り直した。
その様子を見て、網代はくすくすと笑った。
「ふふふっ。吃驚した?でも、嘘じゃないから、ね?」
「・・・そっ、か。」
「うん。初めは、ちらっとそう思ってるくらいの気持ちだったんだけどね。でも、会う度に・・・」
顔を合わせる度。言葉を交わす度にその思いは強くなった。
今はもう、確信めいたものを持っている。
恋をするなら、相手は忍足が良い。
「・・・・・」
「・・・で?」
「え?」
「聞いたからには、協力してくれるのかしら。向日岳人君?」
「ええ!?いや、俺そういうつもりで聞いたんじゃ、」
「うふふふふっ!冗談よ、冗談。本気にしないで、ね?」
「もうちょっと冗談らしい冗談にしろよ・・・」
心臓が跳ねた。
もうこれきり首をつっこむのは止めようと思っていた矢先に、協力だなんて事になったら、目も当てられない。
「・・・でもまあ、分かった。サンキュ。」
「うん。でも、どうしていきなりこんな事聞いて来たの?」
「だってよー、今日はこぞってうるせーんだよ。皆侑士に向かって「映画行くの?」って。だからまあ、なんとなく?」
「あ、侑士君も聞かれてるんだ?私も同じような事、何度か聞かれちゃった。」
そう言っておかしそうに笑う網代は、向日の目から見ても可愛いと思う。
(一緒に映画行くのが網代じゃなかったら、此処まで皆騒がなかったんだろーな。)
網代と忍足のセットだから騒がれてる。
そういう節をなんとなく向日は感じていた。
「お喋りは終わったか?」
向日は今度こそラケットを落とした。
「あ・・・跡部・・・」
「あら、跡部君。」
作業部屋入口で仁王立ちしている跡部。
平常心の網代に、あらじゃねえよ、と向日は内心で突っ込んだ。
どうして話を聞かれた網代より、自分の方が狼狽えねばならないのだろうか。
「時に向日。お前はまだスマッシュ練習のメニューを終えていなかったように思うが・・・俺様の記憶違いか?アーン?」
「い、行くよ!悪かったよ、すぐやるから!」
向日は落としたラケットを引っ掴むと、全速力でコートに戻った。
その背を跡部は見送ると、フンと鼻を鳴らした。
「ったく、どいつもこいつも。今日はてんで集中出来てねえじゃねえか。」
「ふふふ。まあ、今日はしょうがないわよ。楽しい、楽しい、お休み前ですから?」
「はあ・・・」
流石の跡部も溜息を禁じ得ない。ある程度仕方がない部分があると分かっているから、余計に。
「ところで、跡部君?」
「アーン?」
「一体何時から居たのか・・・っていうのは、聞いても良いわよね?」
「決まってんだろ、最初からだ。」
当たり前みたいに言う王様に、網代は苦笑した。
「立ち聞きなんてして良いんですか、部長様?」
「馬鹿言うな、メニュー表を見に来たらお前らが居たんだろうが。割って入らなかっただけ感謝しろ。」
そう言うと、跡部は改めて棚にあるメニュー表を開き、目を通し始めた。
「そ。じゃあ、私も行くわね。」
「ああ。」
「・・・誰にも言わないでよ?」
「俺様が其処まで暇に見えるのか?アーン?」
「念の為、ね。分かってるけど。」
分かってるけれど、一応釘を刺しておかずには居れないのが乙女心というもの。
網代はドリンクホルダーを持って、作業場を後にした。
「・・・・」
恋をするなら、忍足が良い。
網代はそう言った。
(そう思ってるのは、網代だけじゃねえんだろうな。)
忍足もきっと思ってる。
恋をするなら、相手は網代が良いと。
「・・・つくづく、お似合いだぜ。」
跡部はメニュー表を閉じた。