「あ!」
突然大声を上げて立ち止まった紀伊梨に、周りの歩行者は一斉に振り返った。(うち何人かは美少女ぶりに二度見したが、紀伊梨は気づかない)
真田とも柳とも、もう分かれて一人の帰路。
毛利のことがなんとなく頭から離れなくて、ぶらぶらと歩いていた。
しかし、ここで珍しく紀伊梨の記憶の引き出しがすっと開いたのだ。
そうだ。毛利と言えば。
「えっとー?LINE、LINEの・・・」
LINE通話で、呼び出し音が鳴る。
いや。鳴りかけただけ。
ピポ、と1瞬鳴った次の瞬間には、もう相手が出ていたから。
『もしもし?』
「あ、もしもしー!紀伊梨ちゃんだよー!謙ちゃん早いねー!」
『ふふん、せやろ!まあ、電話取る程度で、いちいちもたついてられへんっちゅー話や!んで?何や、何か用事か?』
「あのねーえ、ちょっと聞きたいことあるんだけどー。」
『おう、何や?』
「もーりのおにーちゃんのこと知ってるー?」
確か初対面の時、毛利は「四天宝寺に一瞬だけ在籍していた」と言っていた。
学校のことか部活のことかは知らないが、まあ毛利の性格上、部活にも居た可能性が高い。幽霊部員としてだが。
と。
ここまでで思考が止まるのが、いかにも紀伊梨。
『・・・・え、知らへん。誰それ。』
「えー?なんでー?去年さー、」
『去年のこととか知らへんわ!俺らは小6やろっちゅー話や!』
「・・・・あー!」
そうだった。忘れてた。いや、この場合忘れる方がなんというか。
「えー!そっかー、じゃあ駄目じゃーん!」
『・・・いや、待て。』
「およ?」
『・・・そういえば、ちらーっと、誰や先輩がそんな名前言うとった気も。』
「ほんと!?」
『おお。なあ、名前もういっぺん教えてくれへん?』
「あのねー、もーり・・・もーり・・・」
『毛利?』
「・・・あり?もーり・・・じゅ・・・?」
『じゅ?』
「・・・よく覚えてないけど、じゅなんとかさん!」
『って、覚えてへんのんかーーい!』
「えへへー!」
『笑とる場合か!』
とかいう謙也も、電話の向こうでちょっと笑っている。
『まあええわ、取り敢えず苗字は毛利やな!で?そいつが何なんや?去年四天宝寺に居ったんか?』
「んー、ってゆーかねー。多分テニス部にーーー」
『あ、ちょお待った!』
謙也の声が遠くなった。
何すか?とか会話しているのが微かーに聞こえる。
『もしもし、五十嵐さん?』
「ほいほい!」
『先輩がな?そいつ、毛利寿三郎ちゅう名前ちゃうか、て言うてんねんけど、どないや?』
「あー!それそれそれー!」
『先輩、その人ですて。どんな人ですか、そいつ?今は、もう居らへんですよね?・・・はあ。へえー・・・ふんふん。』
何か話しているらしい。
いくら紀伊梨の耳が良いと言っても、携帯の向こうの会話は流石に難しいので、紀伊梨はしばらく待つしかなかった。
『もしもし?』
「ほい!」
『テニス部居ったって。』
「あ、やっぱりー?」
『ただ、ほんまのほんまに一瞬だけやったらしいで?すっと転校してきて、すっと再転校してまいよったらしいわ。』
「へー、そっかー。やっぱさぼってたにょ?」
『ああ、居らへんことのが多かったて。』
「やっぱそっかー。」
そうだろうなと思ってたが、やはりそうだったか。
『で?結局そいつが何なんや?』
「あのねー、もーりのおにーちゃん、今立海に居るんだけどー。」
『え!?』
「でも、全然部活来ないから皆怒っちゃっててさー。」
『へー・・・いやまあ、でもそうやろなあ。特にそっちは、そういうのん厳しそうやし。』
もちろん、四天宝寺は特にそういうのはない。
皆テニス好きだから出席率は高いけど、顧問があれな時点で、サボるのに厳しくしたところで。
「でも紀伊梨ちゃん、もーりのおにーちゃんは悪い人じゃないと思うんだよねー。だから、あんまし怒られてるの見てたらかわいそーでさー。でも、部活来なかったらいつまで経っても怒られちゃうしー。おにーちゃんに聞いても、あんまり行く気しないって言うしー。」
『はー・・・ほんで、情報収集でもと思うたわけやな?』
「じょうほう・・・?うんでも、知らないんだったら、しょーがないよねー。」
『せやなあ・・・大したことわからへんなあ。』
「うん!でもまあ良いや!しょーがないし!」
『さよか?あ!せやせや、話変わんねんけどや!』
「お?何々?」
『住所教えてくれ!文化祭のチケット送るわ!』