Heart&sweets - 1/7


全国が終わり、各学校で少しの間反省したり、勝利の余韻に浸ったりして、各々休憩を数日挟んで。
それが終われば、また少しづつ部活は次の夏に向けて始動する。

とはいえ、やっぱり一時の事を思えば休みは増える。

だからこんなことまでできちゃうのだ。

「これって、楽してるんだか楽してないんだか。」
「えー?楽しいから良いじゃーん!」
「あはは・・・でも、お出かけって楽しいですよね。」
「いやまあ、紫希が良いならいいけどさもう。」
「あっ!ねーねー、あれじゃないー?ほらほら、言われたとーりの緑の屋根のお家ですぞっ!」
「うわ、でっか。マジか。」
「そうですね、表札に網代って書いてあるので。合ってると思います。」
「ほんじゃ、いっきまーす!」

キンコン、と紀伊梨がチャイムを鳴らすと、家の中からぱたぱたと、軽快な足音が聞こえてきた。

「来たー!待ってたわよ、いらっしゃーい!」
「やほー!まーちゃん久しぶりー!」
「紀伊梨ちゃん久しぶりー!千百合ちゃんも元気?なんだかちょっと、怠そうだけれど。」
「暑い。」
「あはは!そうよね、入って入って!もう、クーラーガンガンにかけてるから!」
「お邪魔します。今日はお招き頂いて・・・」
「やだもう、こっちが呼んだんだから止めてー!先生にそんなこと言われたら、私もう立つ瀬がなくなっちゃうわよ!」
「せ、先生なんてそんな大層なものでは、」
「大層なものよ!ほらほら、こっちにどうぞ、せ・ん・せ♪」

今日は、紫希、紀伊梨、千百合の3人は東京の網代宅に来ている。
中にはもう可憐と新城、金町が待っているはず。

本日は、新城と網代のたっての願いで、紫希の指導の元、お菓子作り教室をやる日なのだ。

材料とか後片付けとか色々あるから、極力先生たる紫希に負担をかけないよう・・・ということで、場所の提供は網代がすることになった。だから今、網代家に集合しているのだ。

「お邪魔しまーす、あー!可憐たんだ、可憐たーん!」
「あははは!紀伊梨ちゃん久しぶりっ!千百合ちゃんも、あっ!紫希ちゃん、今日はよろしくねっ!ごめんね頼んじゃってっ!」
「いえ、良いんですよ。可憐ちゃんも・・・お元気そうで、良かったです。」
(それな。)

神奈川組3人は、可憐の事情を知っている。
だから今日のお菓子作りも、果たして参加している心境たるやいかに・・・とか思っていたが、少なくとも出てはこれるし、表面上普通に取り繕えている。紫希と千百合は、それだけで少しだけホッとした。

「あ!ねーねー、そっちが新しいお友達ー?マネージャーさん!はじめまして、五十嵐紀伊梨ちゃんです!お菓子作りは下手です!得意なのは味見です!よろしく~・・・あり?」
「あ、ええ・・・」
「か、金町あかりです・・・あかりって呼んでください・・・」
「新城真理恵です、お好きなように・・・」
「・・・え?何々?紀伊梨ちゃん何かした?」
「ふ、2人ともどうしたのっ?」
「い、いやあの、ちょっと緊張しちゃって・・・」
「ちょ、ちょっと美少女が過ぎてっていうか・・・うん・・・」

「えー、そうかな。」
「うふふっ!そうですよ、紀伊梨ちゃんはお可愛らしいですから。」
「モデルとかしてないのよね?あーん、勿体ないなー・・・」
「アイドル志望だし、そのうちやるんじゃない。」
「本当に!?やだ、俄然楽しみだわ!」

金町と新城がやや遠巻きなのは、紀伊梨の持つお洒落さというやつが、およそマネージャーから遠いことにも起因している。
跡部は別に良いというが、例え許可が出ていても、必死に活動しようと思ったら、どうしても邪魔くさく感じるお洒落があるのだ。
例えば、ヘアメイクとか化粧とか。
ネイルとかアクセサリーとか、そういう話で。

「あ!2人とも紹介続けるねっ!この子が、黒崎千百合ちゃんだよっ!」
「ども。」
「ど、どうも・・・」
「・・・あ、あの!」
「何?」
「あの・・・あの!幸村精市君の彼女って、本当なん・・・です・・・か・・・」
「うん!そだよ!」

誰より先に、紀伊梨が返事をした。
金町が黄色い声できゃあ、と言うのと、千百合の平手が紀伊梨の後頭部を直撃したのはほぼ同時。

「いったー!何すんのさもー!本当のことじゃんかー!」
「本当かどうかじゃねえんだよ、人のことをぺらぺら喋るな!」
「ま、まあまあまあ・・・」

「うわあ・・・うわあ・・・!すごいすごい、幸村君の彼女さんだって、雲の上の人じゃん・・・!」
「出たよミーハー・・・」
「真理恵だって気にしてたくせに!」
「2人とも・・・」
「ちょっと?気になる気持ちはわからないじゃないけど、あくまで今日は皆で仲良く!お菓子を作る日であって、インタビューとかするわけじゃないのよ?気になるんなら、恋バナくらいにしときなさい。」
「恋バナ・・・」
「幸村精市君の彼女と・・・恋バナ・・・」
「もうっ!2人ともっ!」

氷帝組は、全員がマネージャーである。そのため、どうしてもテニス界隈の事に事情通になり、幸村の事を他校の同級生と思えないのだ。
何せあの立海の、ルーキーにしてエース。全国では何故かS3になっていたものの、その勝率を見れば実力はお墨付き。

言うなれば、脳内ですっかり「有名人枠」に入ってしまっているのである。
塩飽や小口がそうだったように、ファーストレディーに出会ったみたいな感覚。

「ほらもう、その話から早く離れてっ!こっちが春日紫希ちゃんだよっ!今日の先生ですっ!」
「はじめまして、春日です。」
「金町あかりです、よろしく。」
「新城真理恵です。あの・・・その・・・あの・・・う・・・」
「?」

新城はぐ、っと一呼吸おいて、紫希の手を取った。


「あの!私今日、絶対絶対、ちゃんと食べられるやつを、可愛く作りたいんです!」


「え、」
「本当は失敗したら何回でもやったら良いんだろうけど、部活あるし、そんなにいつもいつも時間は割けないし・・・だから、今日頑張らないといけないんです!ご指導、よろしくお願いします!」

(真理恵・・・・)

新城は本気だ。
此処に居る全員に、それが伝わった。

紫希は取られた手を握り返した。

「必ずできます。がんばりましょうね、新城さん。」
「・・・師匠!」
「し、師匠はちょっと・・・」
「師匠は師匠です!私頑張ります、師匠!」

「おー!すごいすごい、紫希ぴょんが師匠だってー!」
「めちゃめちゃ嬉しそうね。」
「あはは・・・まあ、うんっ。真理恵、もうずっと黒羽君のことばっかり考えてたしっ。やっとアプローチの機会が回ってきて、嬉しいんだと思うっ。」
「忙しいもの、ね。アプローチしようって言ったって、普段は限界があるし。」
「他校だしねー。全国終わるまで動けないよね、やっぱり。」

やっとやっと、やりたかったことができるターンが回ってきて、新城は本当に嬉しそうだった。

そしてその新城が、可憐には少し羨ましかった。